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サザンヒルズ国年代記  作者: 白猫黒助
その後の出来事
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海の国にて

「さあ、着きましたよ。ここが我が家です」


 南の山と屏風のような山の間にある唯一の峠を越えてしばらく下ると、真正面に海の広がる景色の良い場所に、岩山を背にした一軒の大きな商家が立っていた。

 その向こうには幾つもの倉庫が立ち並んでいる。

 海に向かう緩い下り坂の両側には街並みが続き、その先に海岸の白砂が左右に広がっている浜が見える。

 浜の向かいには左程大きくない島があり、浜と島との間には橋が架かっていて、その両側には多くの船が泊まっていた。

 島の高い所には白い大きな館が建っているのが見える。


「あそこが海の国の王館です。一度、挨拶をされておくのもいいかも知れませんね」


 ダルウインが館を指差して言った。

 店の前でジャンヌとジャンツを馬車から降ろすと、二人を店の中に案内をする。


「港からは少し離れていますが、初代の頃から、私共はここに店を構えています」

「家の裏に、例のーー」


 ダルウィンは周りを見回し、誰もそばにいないのを確かめると、ジャンヌの耳元で小声で囁く。


「溶岩洞窟があります」


 ジャンヌがそちらを見たが、その周囲には厳重な囲いが設けられていて、中を窺うことは出来ない。

 大きな屋敷の長い廊下の先には、すでに二人の部屋が用意されていた。

 眼下に海の見える大きな窓のそばに置かれたソファで二人が寛いでいると、紙とペンが置かれたトレイを持って、ダルウインが入って来た。


「私はすぐに準備を整えて、南の国へ連絡に向かおうと思います。手紙を書いていただければ、お持ちしますよ」

「恐れ入ります。しばらく時間をいただけますか」

「焦らずにどうぞ。お待ちしておりますので」


 ジャンヌが手紙を書き始めると、暇を持て余していたジャンツが、部屋を出て家の中をうろうろ歩き回り始めた。

 倉庫の中に入ると、そこには大小の櫃が所狭しと並んでいた。

 ほとんどの櫃はカギが掛けられており、丁寧に紙で封印がされていた。

 その中で、鍵が開いていた櫃を見つけたジャンツが蓋を開けて中を覗いていると、不意に後ろから声が掛かった。


「あなた、誰? 見たことない子ね。何か盗むつもりかしら?」


 不意の声に驚いたジャンツが慌てて蓋を閉めて振り返ると、ジャンツと同じ位の年恰好の女の子が腰に手を当てて、ジャンツを睨め付けるようにして立っていた。


「いや、僕は櫃の鍵が開いていたから気になって覗いていただけで」


 女の子は櫃の方をチラッと見ると、目を細める。


「勝手に開けていると、盗みをしていると疑われるわよ」


 ぶっきら棒にそう言うと、店の中に向かって叫んだ。


「カンタ!」

「何だい?お嬢」


 奥から一人の少年が走り出て来た。


「この櫃の鍵が開いているわよ」


 櫃を指差して強い口調で叱りつける。


「あ、後でやろうとーー」

「中身の確認が済んだら、すぐに鍵を掛けて封をしろって言われているでしょう」

「ご、ごめん。すぐやるよ」


 慌ててカンタが櫃の封を始める。

 それを横目で見ていた女の子がジャンツの方に向き直った。

 ジャンツは何か小言を言われるかと、身をすくめた。


「ありがとう。おかげでカンタが怒られないで済むわ」


 女の子は笑顔でジャンツに頭を下げた。

 ジャンツがホッとしていると、女の子が、まるで姉が弟を心配するような口ぶりでしゃべり始めた。


「あの子、いつもああなのよ。商人には向いてないと思うんだけどーー」

「あの子の両親が私の入り婿にしたいって、いつも強引に言って来るので困ってるの」


 ジャンツが呆然として何も言わないでいると、気がついた女の子が頭を掻く。


「あっ、ごめんなさい。初めてのあなたに愚痴ることではないわよね」

「私も修業が足りないなぁ」


 そう言って、女の子は気合を入れる仕草をする。


「まだ挨拶していなかったわね。私はこの商会の娘でアスカ。ダルウィンは私の兄よ」

「ぼ、僕はーー南の国のーーウイルドン家のジャンツです」

「あら、貴族の方だったのね?失礼しました」


 アスカはうろ覚えのカーテシーを始めようとした。


ーーえっと、どっちの足を前にするんだっけ?


 そこにダルウィンが現れた。


「おや、アスカ もうジャンツ坊ちゃんと仲良くなったのか」

「しばらくうちに滞在されるから、お前が街を案内してあげな」


 恥をかかずに済んだアスカはホッとして笑顔を見せる。


「わかったわ」

「どこが見たいーーですか?」

「普通に話してよ。市場が見たいな」


 アスカの肩から力が抜けて、素に戻った。

 アスカの顔は、すでに最初に見た時のような、男勝りの顔に戻っていた。


「へぇ、貴族の坊ちゃんなら、服とか、靴とか、本とか」

「それに、ここでどんなことやっているか見せてもらいたいな」

「あんた、商人みたいなこと言うねぇ」

「ダルウィンさんが月に一度、南の国に来ていたけど、憧れだったんだ」

「あんた、見どころがあるわぁ」


 ドンッとジャンツの背中を叩いて、アスカは店の外に向かって歩き出した。


「行くよ」


 背中を叩かれたジャンツは、むせて蹲ってしまった。

 その手を引いて立ち上がらせたダルウインが、小声でジャンツに囁いた。


「ジャンツさん、アスカに気に入られたみたいだね。だがーー」

「あいつの相手をするのは大変だよ」

「彼女と同じぐらい頭が切れるか、カンタみたいに受け流すか」

「できたら前者でいて欲しいがね」

「そうすれば僕も心置きなくーー」


 その時、ジャンヌの声がした。


「ダルウィンさん、手紙を書き終わりました」

「はい、ではさっそく届けて来ましょう」


 ダルウインが奥に入って行くと、ジャンツの横で押し殺したような声がした。


「兄さん、あんたに何を言おうとしてたのかな?」


 いつの間にか戻って来ていたアスカが、顔を真っ赤にして立っていた。


「な、何でもない!さあ、街に連れてってよ」


 何日か経って、戻って来たダルウインが、向こうの様子を話してくれた。

 やはり、シフォン家では大騒ぎになっていたらしい。

 船を出して探そうにも、沖に漕ぎ出した舟は戻ってこれないのがわかっているので、誰もが尻込みをしてしまい、結局捜索は打ち切らざるを得なかった。

 シフォン家に残って気丈に振舞って様子を見ていたトスカだったが、領地の管理をおろそかにするわけにもいかない。

 後ろ髪を引かれるようにして領地へ戻って行ったらしい。

 自分の領地で起きた事故を申し訳なく思ったアスクが、毎日の湖岸からの監視と連絡を申し出てくれていた。

 数日が経っても何の情報も無いので皆が諦めかけていたころに、ダルウインがジャンヌの手紙を携えてシフォン家を訪れたのだ。

 ジャンヌとジャンツの無事がわかったシフォン家は大喜びで、すぐにウイルドン家に早馬を飛ばして知らせた。


「ウイルドン家からすぐに馬車の迎えを寄越すそうです。それまで、海の国を見て回っていてください」


 ダルウインはそう言って、ジャンヌを安心させた。


 海の国での生活が一か月を過ぎたころ、ウイルドン家からの迎えの馬車が到着した。

 馬車から真っ先に下りて来たのは、ジャンヌの娘のトスカだった。


「お母さま、大丈夫だったですか!」


 トスカが母に駆け寄り、抱きついた。


「ええ、大丈夫よ。それよりダルウィンさんにご挨拶しなさい」

「あ、すみません。御挨拶が遅れました」

「私はウイルドン家の長女のトスカと申します」


 トスカはダルウインの前で、見惚れるようなカーテシーをして見せる。

 本物のカーテシーを見て、ダルウインの後ろに立っていたアスカは、忘れないようにと、しっかり目を見開いていた。


「母と兄を助けていただいてありがとうございます」

「お二人を助けたのは私ではありませんよ。東の村のエルナさんです」

「そうですか。それでは帰りに東の村でお礼をしておかないといけませんね」

「トスカ、ダルウィンさんとアスカさんにはこの一か月の間、お世話になっているのよ」

「そうですよね。では今度南の国に来られた時に、改めてお礼をさせてください」

「お気遣いなく」

「ところでトスカ、あなた家を二ヶ月も空けることになるけど、家の方は大丈夫なの?」

「心配ないわ。すごく頼りになる人がいてね。勉強になるって言うから頼んできちゃった」

「家令のバクはそれを知っているの?」

「ええ、バクにも信頼されているみたいよ」

「それならいいけど」

「それより、お母さま」

「なあに?」

「もう海の国の王さまには会われましたか?」

「まだなのよ」

「では、一緒に私も紹介して欲しいわ」

「いろんな国の方と面識を持ちたいのだわ」


 そばで聞いていたダルウインが頼もしそうに笑った。


「ではもう少しこちらに留まって、お付き合いを進められるとよろしいですね。お家の方には私がお伝えしておきます」

「ありがとうございます」


 礼を言うと、トスカはジャンツの方に向き直る。


「さて、お兄さま 隣の方はどなたなのかしら?」

「か、彼女はーー」

「申し遅れました。私はアスカと申します」


 アスカは今見たばかりのトスカの仕草を思い出しながら、カーテシーをする。


「あら、私より年上なんだから、敬語なんて使わないで欲しいわ。トスカと呼んで」

「お兄さまも隅に置けないわね」

「ちっ、ちがーー」

「違わないでしょ? ねっ、アスカさん」


 ジャンツとアスカの顔が真っ赤になっていた。




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