新女王
トカクが捕まって西の国は落ち着きを取り戻し、後はアグナが女王になるだけだったが、アグナは女王になることに躊躇っていた。
王家の血筋にあった者は殆どトカクの手によって殺されるか行方不明になっており、手を尽くして探しても、継承権を持っている者はアグナしかいなかった。
渋々王になることを決意して、アグナはおお婆さまの所に報告に行った。
実は、王になる宣言をするだけでは済まない大きな問題があって、その相談をしたかったのだ。
おお婆さまの前で、アグナはまずファーナと交わした話をした。
それを踏まえた上で、自分が女王になった後に進めようとしていることを、おお婆さまに説明し始めた。
「私の女王即位についてですがーー」
「南の国のファーナさまは王国は一代限りで、その後は民の代表に政を任せるとおっしゃってます」
「私もそれに倣うつもりでいます」
話を聞き終えたおお婆さまは、見えないはずの目でアグナをしっかり見つめて、満足そうな笑顔を見せた。
「アグナ、お前もずいぶんと思い切ったことを考えるようになったものだね」
「立派に王の風格を備えている。私はお前を支えるよ」
「ありがとうございます。おお婆さま」
「それで、どう進めるつもりだい?」
「私の命は、トカクの手を逃れてオアシスで過ごした数日の間に失われていても仕方なかったと思っています」
「あの時、北の国と南の国の助けが無ければ、この国はトカクが王位についていたはずです」
「もう、自分の気持ちだけで動くつもりはありません」
「北と南の両国は、近い将来に連合国となる予定で、すでに若い学生たちが、それに備えた教育を受けているそうです」
「その方法も詳しく教えてもらいました」
「私は、南の国との連合に加わるよう、今から準備を始めたいと思います」
「今のうちに彼らと連合することを進めておく方が、これからの西の国に良いものをもたらすと確信します」
じっとアグナの言葉に耳を傾けていたおお婆さまは、得心の行った顔になる。
「そうかい、わかったよ。しばらくはお前を支えてやらんといけないかと思っていたのだがね」
「それなら、古い体制を支えてきた私らは、ここら辺で引き下がって幕を引くべきだね」
おお婆さまは、そばに仕えていた者たちに目を向けて言った。
「お前たちもそうするがいい。お前たちの代わりを務めることが出来る、これぞと思う若い者がいたら、推薦しておくれ」
誰も反論する者は無く、意に従うことに同意を示すため頭を下げて声を上げた。
「御心のままに」
それを聞いたおお婆さまは、一人一人に顔を向けて満足そうに何度も頷いた。
「今までありがとう」
そう言って彼らに向かって頭を下げると、アグナに向き直った。
「お前はまず、彼らから推薦を受けた者たちと話して、お前の支えになると思う者を選びなさい」
「適わぬと思った者がいたら、自分で探しなさい。遠慮することは無い」
「それを見届けたら、私はオアシスのそばで隠居するよ」
おお婆さまには生きている限り自分のそばにいて欲しいと思っていたので、アグナはおお婆さまの言葉に驚いた。
「おお婆さま、お一人でですか」
「心配しなくていい。”一の兄”が帰ってきてね。これから先ずっといっしょにいてくれるそうな」
「あの精霊がそばにいてくれるなら、私の目は見えるも同然だから、うれしかったよ」
おお婆さまはにこやかにわらっていたが、急に真面目な顔になって、声を落としてアグナに聞いた。
「ところでーーートカクやその家族の処分はどうするつもりだい」
矢傷を負って捕らえられたトカクは、彼の屋敷に家族と共に監禁されていた。
「このまま放っておくと、間違いなく、これからの王制にとって大きな棘になるよ」
「王と王妃を殺した男の一族ですから、生かしておくべきではないと皆は言うのですがーー」
「私は、北の国のサーニャさまのお世話をさせたいと思うのです」
「あの方は、私たちと同じモードネス家の主筋におなりになりました」
「そこには今回の騒動の一因となった”一の兄”の半身もおられますし」
「その、もう一人の”一の兄”とやらと一緒になって、また良からぬ企てを始めるとは思わないのかい」
「その”一の兄”は、自分が西の国でやったことが、結果として北の国のブラーニャさまの命を縮めたことに悔いて、氷河に逃げ込んでいると聞いています」
「その間に、そんな企てをやりたくても出来ないような国造りをしておきたいのです」
「ファーナさまの国造りの理想は、家格や精霊の力を頼りに国を治めるのは止めようということです」
「北の国を立ち直らせたマルセルと言う方が、常々そうおっしゃっていたということです」
「私達も精霊の力を家格や権力と見なすことは出来ないようにしないといけません」
「じゃあ、私や、私と一緒にいる”一の兄”も隠居して隠れるしかないね」
「明日にでも、オアシスに向かうよ」
「その方が、私におもねる者が減って、お前にも都合がいいだろう」
「お気遣いありがとうございます」
アグナは自分の心配が晴れたような気がして、やる気に満ち溢れた。
頭を下げて部屋を出て行こうとしたアグナに向かって、ふと気がついたように、おお婆さまが声をかけた。
「そうだ、お前に大事なものを渡すのを忘れていたよ」
「お前の口から、もっと面白いことを聞かされたからね」
おお婆さまは声を上げて笑い、アグナの前に歩み寄った。
アグナは戸惑った。
「何でしょう?」
「王の印だよ」
「えっ、王印が無いのに即位してもいいか、ご相談するつもりでおりましたのに」
「でも、先のトカクの起こしたクーデターの騒ぎに紛れて、無くなったとお聞きしていましたが」
それを聞いたおお婆さまが勝ち誇ったような顔をして、笑いで口をゆがめた。
「私は目が見えないからね。そう言えば誰もがすぐ信じたさ」
「トカクも、屋敷中を探し回っていたが、目の見えない私を詳しく調べようともしなかったね」
「見たわけじゃないが、王になることを宣言できなくて弱っていたのは感じることが出来たさ」
「そんな大切なものを、私が無くすわけがないじゃないか」
おお婆さまはアグナの耳元に顔を近づけると、小声で囁いた。
「女はね、秘密のバッグを持っているんだ。お前にも使えるよ」
そう言って、下腹をポンと軽く叩く。
「まさか、ここまで歳を取ってから、使うことがあるとは思わなかったけどね」
そう言って大笑いすると、胸元から王家の色である紫の布に包まれた王位の印を取り出し、アグナの前に差し出した。
「心配しなさんな、ちゃんと洗い清めてあるよ」
アグナは、おお婆さまの前にひざまずいて、王印を見た。
王印には”アショカ”と刻まれている。”アショカ”はおお婆さまの名前だ。
アグナは驚いて、おお婆さまの顔と押印を交互に見る。
「すでに、おお婆さまが王として認められていたのですね」
「あの時は私も驚いたよ。トカクには絶対渡すまいと思って、手にしただけなんだけどね」
「それでも王印は私を王であると認めてくれたようだ」
「その時に、もしトカクが私を殺して王印を奪ったとしても、トカクは王として認められなかっただろうと確信したよ」
「認めるようなら、息子が死んだときから認められたはずだからね」
「さあ、今度は、お前が王として認められるかどうかだよ」
アグナはおお婆さまの手から王印を受け取った。
アグナの手のひらに王印が収まるとすぐに、王印がボウッと白く光り始め、”アショカ”と刻まれていた印面の文字が消え、”アグナ”と刻まれた文字が浮かび上がってきた。
それを感じたおお婆さまは安堵した。
「認められたようだね。認められなかったら、この年寄りの身でどうしろというのかと心配してたさ」
「お前が新しい女王だよ。さあ皆に知らせておやり」
アグナは王の印を持って広間に控えていた人々の前に立つと、王印を高く掲げて宣言した。
「私がこの国の王になることを宣言します」
次の日、おお婆さまがトカクとその家族と共にオアシスに旅立つのを見送ったアグナは、触れを出して集めていた人々の前で王印を掲げ、王になると宣言をした。
すぐに国中に触れが回り、アグナの女王即位を喜ぶ声があちこちで揚がった。




