シャークの驕り
ファーナたち一行がオアシスに着くと、そこには荷馬車の横で休んでいる一人の商人がいた。
人の気配に気づくと立ち上がって、にこやかに笑って歩み寄って来た。
「私は海の国のオーサーツ商会で商会長をしているトシーオと申します」
「私は南の国を治めているファーナです。あなたはここに何をしに来られたのですか?」
「これは、これは。思いも掛けず高貴なお方と知己を得ることが出来て幸せです」
いかにも商人らしい愛想のいい顔でファーナに頭を下げると、トシーオはしゃべり始めた。
「北の国までなら、何代も前から行っておりますが、南の国に住む方を見たのは初めてでしてな」
「西の国のサルーンは北の国人たちが建国したと聞いております」
ーーデノーテ義母さまがおっしゃっていた、北の国の三男のエシュールさんのことかしら?
ーーこうしてみると、モードネス家ってすごいんじゃない?
「その縁で、私どものオーサーツ商会は西の国と交易を行っております。今は西の国から海の国へ戻る途中でして、このオアシスで水の補給と休憩をしていたところなのです」
追っ手ではないかと物陰に隠れて不安そうにこちらを見ていたアグナが、相手がトシーオだと気づくと駆け寄って来た。
「トシーオさま」
「おや、アグナさまではないですか。どうしてこのオアシスへ?」
「トシーオさま、実はーー」
アグナは西の国で起きていることをトシーオに話して聞かせた。
そして今は、北の国と南の国の協力を得て、西の国へ向かっている途中だと語った。
「そうでしたか。王が亡くなられたことは聞いておりましたが、そんな事が起きていたのですね」
「道理でトカクさまの軍勢を町中で頻繁に見かけた訳だ」
「それについて、何か気がつかれたことはありませんか」
ファーナが尋ねた。少しでも情報が欲しかった。
「街の中は意外と平穏でしたな」
「おお婆さまのことは?」
今度はアグナが勢い込んで聞いてきた。
「噂は何も聞いておりません。今のところ、アグナさまが心配されるようなことにはなっていないと思います」
「ですが、私が街を離れて、すでに四日は経っていますので、救援に向かわれるのでしたら急がれた方がよろしいかと」
それを聞いたファーナはシャークを呼んだ。
「猶予は無いようです。急ぎましょう。シャークさん、休憩が済んだらすぐ出発しますよ」
「わかりました」
シャークが休んでいる兵たちの方に走って行った。
ファーナはしばらくそれを見ていたが、トシーオの方に向き直って尋ねた。
「ところでトシーオさん、オーサーツ商会のことは初めて知りました」
「南の国でも見かけたことはありませんね」
トシーオは肩を竦める。
「はい、南の国はサンクス商会の独占のようなものですからな」
「彼らは鮮魚も持って来るでしょう?私たちにはあんな芸当は出来ません」
「彼らは南の国と東の森、私らは北の国と西の国、自然とそういう住み分けになっております」
「ただ、北の国は景気が悪くてですな。この頃は伺っておりません」
ーーこの人は五年以上も、北の国を見たことが無いようだわ。
ーー北の国が農作物以外の物で困っているのはそういうことね。
「トシーオさん、最近の北の国の繁栄はすごいですよ。一度見ておかれることをお勧めします」
「砂漠の端で植林をやっているシャガルクさんを訪ねてみてください。ファーナに聞いたと言って」
「そうですか。では予定を変えて、北の国に向かってみることにします」
「良い取引が出来ることを祈ります」
トシーオと別れたファーナたちは西の国へ向かった。
意気揚々と先頭に立って西の国の都に入ったシャークは、戦いは避けられないだろうと身構えていたのだが、街にいる兵も城の兵も、戦う様子を全然見せなかった。
それどころか、アグナの姿を見た兵士たちは、武器を投げ出し、歓声を上げて迎えて来る。
折角の腕の見せ所と意気込んでいたシャークは、拍子抜けしてしまった。
城の広間には、数人の護衛に守られて王座に座っているトカクがいた。
広間に入ってきたシャークたちの姿を見ると、恐れたのか、護衛たちは陰に隠れてしまった。
シャークの目には、たった一人で広間の王座に座っているトカクしか見えなかった。
それを見たシャークは先祖からの言い伝えを思い出した。
ファンドーラ、アステラの二人の聖女たちが北からの侵入者を峠の結界石まで追い込んだ時、先祖は最後まで抵抗した敵将の一人と一対一の決闘をして彼を倒し、北の軍勢を追い払うことに成功した。
その功を以て、ウイルドン家は歴代の宰相の地位を得ていたのだ。
ーーこの状況は、私の功績を創るに相応しい舞台だ。
余りの嬉しさに酔ってしまったシャークは、あろうことか、トカクに決闘を挑んだ。
「私と一対一の決闘をしていただきたい」
「それで、決着をつけようではないですか」
「おう」
トカクはそれに応じたが、戦いにおいては、日ごろから猛訓練を続けているシャークに敵うはずがない。
ほんの二、三合打ち合っただけで息が上がり、トカクは倒れ込んでしまった。
倒れたトカクに歩み寄った時、シャークは自分が先祖と同じ功を上げたと、高揚した気持ちを抑えられなかった。
それでも、落ち着こうと大きく息をして、剣を突き付けてトカクに降伏を促した。
「これで、終わりですな」
「まだ終わっておらん」
そう言って、トカクが手を挙げて合図をした。
ドスッという鈍い音がして、胸に痛みを感じたシャークが自分の胸に目をやると、胸から矢じりが突き出ていた。
背後からトカクの伏兵が矢を射たのだ。
「これはまたーー卑怯なことを」
「勝てばいいのだろう」
「皆の者、こいつらを蹴散らせ」
叫んだトカクがよろよろと立ち上がる。
シャークは腰に下げていた短剣を抜き、二の矢をつがえようとしていた兵に向かって最後の力を振り絞って投げつけると、そこで力尽きて倒れた。
短剣は兵の持っていた弓に当たり、その弾みで、兵のつがえていた矢が弦を離れた。
力無く飛んだ矢が、立ち上がったばかりのトカクの太腿に刺さる。
「うわっ」
一部始終を見ていたファーナはキッとトカクを睨みつけた。
「あなたには、人の上に立つ資格はありません」
「長、かねてよりの手を使います」
「おうさ」
ファーナが右手の平を広げてトカクに向けると、叫んだ。
「”神罰”!」
すると長がファーナの肩に手を触れ、ファーナの右手の掌から光がトカクに向けて走った。
それはファンドーラとアステラが北の国の襲撃から敵を追い払った力だった。
光りが消えた後には、トカクとその取り巻きたちが気絶して倒れていた。
「今のうちに縛っておきなさい」
兵たちに言い残して、ファーナはシャークの元に駆け寄った。
「シャーク しっかりして」
シャークが目を開けてファーナを見た。
「ああ、ファーナさま 私はもう駄目のようですな」
「こんな時、チュールが居てくれたらーー」
「長、何とかなりませんか」
「残念じゃが、ファーナや儂には”治癒”の力は無い。お前の娘たちならシバー家のーー」
シャークが長の話を遮って、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
「これも運命ですよ。ファーナさま」
「愚かにも、自分をご先祖の働きに重ねてしまいました」
「結局のところ、私にはウイルドン家を継ぐ資格は無かったということを改めて知らされたようなものです」
「それを勘違いして、一時でもあなたのことを疎んじたことがあったことを、この場をお借りして、お詫び申し上げておきます」
「にもかかわらず、これまでのご配慮有難くーー」
「ごふっ」
シャークの口から血が溢れる。
「今さらそんなことを言わなくてもーー」
シャークが大きく咳き込むと、大量の血が胸を濡らした。
「ジャンヌにーー」
「悪いが先に行くとーーお伝え願えますか。これまで有難うーー本当に愛していたと」
「伝えますよ シャーク」
それを聞いたシャークは安心したように笑顔を見せて息絶えた。
すぐにシャークを国元に戻す準備が行われた。同時に先触れの伝令も走らせた。
シャークの亡骸を収めた棺を国に戻す一行を見送ると、ファーナはアグナを先頭に立てて、城下の制圧を始めた。
すでにトカクが捕獲されたことが知らされており、トカクを快く思っていない人々が多かったため、城下は時を置かずに制圧された。
危機が去ったことを確認したファーナは、アグナとチャーシと一緒に、おお婆さまの部屋に向かった。
部屋の戸を開けてファーナが入っていくと、目が見えないと聞かされていたはずのおお婆さまが、まっすぐにファーナの前に来て、手を握った。
「この度は、アグナとチャーシを助けていただき、ありがとうございます。祖母のアショカと申します」
「南の国の女王を務めているファーナと申します」
おお婆さまはファーナの横にいる長の方に向き直った。
「このお連れの方は?」
ファーナは驚いた。
「アショカさまには長がお見えになるのですか? この方は、私の国の精霊の長です」
「今回のことに力を貸していただきました」
「それは、それは」
おお婆さまは長に向かって丁寧に頭を下げた。
「つい最近までは、私にも精霊の方がついていてくださったのですよ」
「そのため、目が見えなくても不自由はありませんでしたがーー」
「なぜか急にここから出て行かれました」
「その方は今、どちらに」
「わかりません。ご存じないですか、白いベールを着た女性なのですが」
「女性ですか? 精霊に女性の方がおられたのでしょうか」
「私にはそのように感じられたのです」
「長、どうなんでしょう」
「儂にもわからんが、そうかも知れんの。精霊は見る者の印象によるでな」
「おお婆さまは瞽でおられるで、そんな印象を持たれたのかも知れんの」
椅子とテーブルが用意され、お茶を振舞われると、西の国のこれからの話がされた。
話はトカクの扱いにも及んだ。
「トカクは、昔は優しい子だったのです」
「なんでも、東の方から精霊がやってきて、トカクといっしょにいるようになったらしいのですがーー」
「その頃から、人が変わったように凶暴さが増してきたようです」
アグナとチャーシに後始末を任せ、国が落ち着いてから改めて会う約束をすると、ファーナは帰路を急いだ。
シャークのことがあったからだ。
途中、オアシスで休憩を取ると、ファーナが長に言った。
「このオアシスにも”祝福”をかけましょう」
「おう、どうとでも好きにやってくれ」
「それぐらいでは、儂の力は無くならんでの」
ファーナは精霊の長の力を使って、オアシスに”祝福”を与えた。
すると、オアシスと峠の結界石の間の地面にかすかな光の筋が見えるようになった。
「長、面白いことをされましたね」
「閑じゃからのう、いろいろ考えるわ。マルセルの真似をしただけよ」
「お前のお陰で、出来るか出来んか、考えんでもいいしの」
「有難うございます。助かります」
その光を辿ることで、短い時間で帰りつくことが出来た。
峠の結界石の前には、知らせを聞いて駆け付けたジャンヌが待っていた。
その姿を見つけたファーナは駆け寄り、ジャンヌを抱き締めた。
「ジャンヌ義姉さま、ごめんなさい」
「私がついていながら、シャークさんを殺させてしまいました」
そう言って、ファーナは深く頭を下げる。
「ファーナ、顔を上げてくれる?」
「そのことは気にしないでちょうだい。シャークも覚悟の上の遠征だったのだから」
「名誉の二階級特進でウイルドン家のシャークとして胸を張れるとか思っているんじゃないかな」
「そうね、彼の名誉のために国葬の準備をしましょう」
それを聞いたジャンヌは、ファーナの手を取ると、目をきつくして言った。
「ファーナ、それはいけないわ」
「だって、考えてもごらんなさい。マルセルだって国葬はしなかったのよ」
「私はウイルドン家の家長として葬儀をしてあげたいわ」
「じゃ、せめて、マルセル義母さまと同じく、モードネス家の墓所に埋葬させてくれないかしら」
「いいの?」
ジャンヌの目が輝いた。墓所に入るのは彼女の憧れだったのだ。
「ええ、長が私といる間は、あそこに埋葬が出来るのよ」
「それはーー私が死んだら、あの墓所にシャークと一緒に入れると言うこと?」
「ええ、私が先に死なない限りはね」
「ファーナ、長!ありがとうございます」
「絶対に先に死なないでよ。ファーナ」
「私の方が十以上も若いのに、先に死ぬつもりは無いわ」
「あなたは無鉄砲だもの。でも、安心したわ。もうシャークには会えないと思っていたから。会えるのが待ち遠しいわ!」
「ジャンヌ義姉さま、長生きしてよ」




