政変
モードネス家の三男だったエシュールが始祖となって築いた西の国は繁栄を続けていた。
それは精霊の身代わりである王印の力によるものだと、王家の人間は考えていた。
そして、王印が有る限り、末代まで続くと信じられていた。
そんな中、今の王が亡くなった。
あまりにも急な死だったので、暗殺されたのではないかと噂が流れたが、証拠は残っていなかった。
王の一人娘で正統な後継者である孫娘のアグナを女王にするべく、祖母のおお婆さまが準備をしていると、王の息子と自称するトカクが入って来た。
王が戯れに市井の女に産ませた子という肩書で、最近王館に入ってくるようになっていた。
「おお婆さま、言っておきたいことがある」
「何かの?」
「私が王になる。認めて欲しい」
「それはアグナに決まっているぞえ」
「私の方が先に生まれ、しかも男だ。王には私の方が相応しい」
「王妃に男子が産まれぬから、王は私の母を求めたのではないか?」
そう言って、おお婆さまの前で、舌を出してニヤリと笑う。
おお婆さまは、目が見えない。それを知っていて、わざとそうするのだ。
トカクの悪意を感じたおお婆さまは、しっかりとトカクに告げた。
「その辺りの事情は別にして、正統な後継者はアグナじゃ」
「頭の固いお婆さまだな」
「だが私が次の王になるぞ。それだけ言っておく」
そう言うと、トカクは部屋から出て行った。
トカクの気配が無くなったのを確かめて、おお婆さまはすぐにアグナを呼び入れた。
「アグナ、トカクが不穏な行為に及ぶかも知れない」
「今のお前には、彼奴に対抗できるだけの力は無い。時を待つしかないよ」
「東のオアシスの向こうにある北の国に向かって逃げなさい。あそこは我らの故郷だ。探せば手助けしてくれる者がいるかも知れない」
「オアシスで留まっていては駄目だよ。追手が来るかも知れないからね」
「オアシスが国境だから、必ず国境を越えるんだよ」
アグナの横に立っていた若い男の方に向かって、おお婆さまが指図する。
「チャーシ、お前にアグナの護衛を命じるよ」
アグナとチャーシは好き合っているのを知っていたので、一緒に逃がそうとしたのだ。
「でもそうなったら、おお婆さまはどうされるのですか」
「私たちを逃がしたとトカクさんが知ったらーー」
「私はこの通り、目が見えないからね。どちらにしても逃げるなんて考えられない」
「大丈夫だよ。トカクだって、流石に祖母である私を手に掛けることは無いだろう」
「それにーー」
おお婆さまはニヤリと笑った。
「王になるには、先祖代々続く王印を受け継ぐ必要があるのは知っているだろう?」
「王印を手にした者の名前が王印に認められて、王印に名前が刻まれて初めて、王と名乗ることが出来るのさ」
「ただし、王印がその者を王と認めなければ、名前は書き変わらないからね」
「いずれにしても、それ欲しさに、しばらくは王宮中の家探しが始まるんじゃないかね」
「王印が見つかるまで、私を殺すことなんて出来ないさ」
「私が時間を稼ぐから、その間に出来るだけ遠くに逃げなさい」
「東には砂漠が広がってはいるが、その向こうは我が家の先祖がいた地だ」
「そこで子孫を探し出して、援助をお願いしなさい」
「時間が無いよ。さあ、早く」
アグナとチャーシは顔を見合わせて、お互いの決意を確かめ合った。
「それでは、おお婆さま、ご無事で」
「ああ、お前たちもね」
部屋から二人が出て行った後、部屋に誰の気配も無いことを確かめると、おお婆さまは脇机に作られた隠し扉の中から、布に包まれた物を取り出した。
お婆さまは布を広げて、中に入っていた物を確かめるように指先で撫でる。
王印と指先の間に光が流れ、王印の表面に”アショカ”と刻まれた。
アショカとはおお婆さまの名前だ。今、人知れず、おお婆さまは王印に西の国の女王と認められた。
指先でそれをなぞったおお婆さまは安堵のため息をついた。
ーーやれやれ、すぐにでもアグナに渡しておきたかったのだがね。
ーー今は、私が持っていた方が安全だろうね。
ーーさて、私のものになったのなら、私の秘密の金庫にしまっておこうかね。
ーー長く使っていないから、使えるかどうかーー
数日して、兵隊を連れたトカクがドヤドヤとおお婆さまの部屋に入って来た。
「おお婆さま、王印がどこにあるか知らないか」
「息子の執務室にあるのじゃないかえ」
「探したが、見つからん。王宮中を探しているが、まだ見つからん」
「ほう、そりゃあ大変だ。お前、王にはなれんの」
「お婆さまが在り方を知っているんじゃないのか」
「お前も知っている通り、私は目が見えないんだ。そんな器用なことが出来るとお思いかい」
トカクの顔に失望の色が浮かぶ。
「とにかく、ここも探させてもらう。しばらく向こうに行っていてくれ」
「やれやれ、だからお前は王になれんと言ったじゃろうに」
「黙って、あっちへ行っててくれ」
「はいはい」
兵隊たちを指図して部屋の中を探していたトカクが、気がついたように周りを見回した。
「おお婆さま、アグナの姿が見えんが、どうした」
「街に買い物にでも行ったのじゃないかの」
「あっ、もしかして、あいつが王印を持っているのか?」
「おい、誰かアグナを知らないか」
廊下に飛び出すと、出会った者たちに誰彼なく聞いて回る。
誰も知らんと言い張ったが、一人の男が口を滑らした。
「ニ三日前に、東に向かわれたと門番から聞きました」
「それはオアシスの方角だな」
「追手を出せ。もし王印を持っていたらーー殺しても構わん。王印だけ持ち帰れ」
「おいおいトカク、アグナはお前の義妹じゃぞ。殺すなどと物騒な」
「あいつがいる限り、私が王になることに納得できない連中が収まらんからな」
「お前が王になると叫んでも、王印を持たんうちは、誰も納得せんと思うがね」
「だから、王印が見つかればと言う話だよ」
「見つからん時は、おお婆さまとアグナに私が王になると宣言してもらうさ」
「その後、私やアグナをどうするつもりかえ?」
「ーー」
「お前も知っての通り、あの王印は先祖がこの国の建国時に持ってきた物だ。精霊が宿っていると言われている」
「王に相応しい血筋の者が王印を持つと、印面にその者の名前が刻まれるという代物だよ」
「我が家の血筋に当たる者にとっては、王位を決める大切な家宝なんだがね」
「私はどうせ直系ではない。生まれた時から、その差は身に染みてわかっている」
「王印がどんな意味を持っていようと、それは私には関係ない。持っていればいいのだ」
「いざとなれば、盗まれたと考えてくれていい」
「それでは誰も納得しないだろう」
「私にはね、おお婆さま。強い味方がいるんだよ」
「おお婆さまは、あの王印に精霊が宿っていると言われたが、私にも精霊の後ろ盾があるんだ」
「私が王になるのは間違いないのだよ」
数日後、また、トカクがやってきた。
「どうした、トカク 元気が無いようではないか。王印はまだ見つからんのか」
「アグナもまだ見つからんようじゃな」
「ーー」
「頼みの綱の精霊とやらは、力を貸してくれんのか」
「どっかに行っちまいやがった」
トカクが苦々し気に吐き捨てる。
「おやおや、お前をけしかけておいて、無責任な精霊じゃの」
「どうすりゃぁいい?おお婆さま」
「私に聞くのかい?」
「お前が悔い改めて、王になることを諦めればいいじゃないか」
「それは出来ん」
「じゃ、抗うしかないのではないか」
「簡単に言ってくれるわ」
トカクはそう言うと、肩を落として部屋を出て行った。
トカクの気配が消えると、部屋にはおお婆さまが一人残った。
誰もいないのを感じると、おお婆さまが誰かに話しかけた。
「精霊さま、私にはトカクの姿がはっきり見えました」
「これがあなたのお力ですか」
「うむ、私がそばにいれば、見えるはずだ」
「ありがとうございます。それで、あなたさまは私に何のご用事で?」
「あのトカクと申す男には、儂の片割れの手助けがあったようだ」
「私はその片割れを追って、この国に来たのだが、それに気づいて逃げ出してしまった」
「すぐにでも追いかけたいが、お前は精霊の先祖の力を宿しているようだな」
精霊は、おお婆さまの持つ王印のことを言っているようだ。
「なぜか私は、お前のそばから離れてはいけないような気がする」
「しばらくはお前と一緒にいよう。そうすれば、私が見るものは、お前にも見えるだろう」
「はい、生まれてこの方、目で物を見ることは無かったのですが、目が見えなくとも、こんなにはっきりと周りが見えるようになりました。感謝します」
「ああ、私といる間は、私と共に時間を過ごそうではないか」
「はい、いつまででも」
この誓いが何を意味するか、おお婆さまにはまだ分かっていなかった。




