カーニャの悩み
一息入れて、話はカーニャの研究室に戻る。
「おい、カーニャ!お前、マルセルを死なせたのか?あの小説はあれで終わってしまうのか?」
「まさか、まだこんなに羊皮紙の束が残っているんですよ」
「それに、あれは小説なんかじゃありません。歴史書ですよ」
そう言って、カーニャは床の上に積まれた羊皮紙の束を指差す。
ちらっとそこに目をやった所長の目に安どの色が浮かんだ。
「そ、そうか。それなら良かった」
「マルセルが死んでしまったから、これでこの物語は終わったのかと思ったよ」
そしてすぐに、人を見下したような顔つきに戻る。
「続くなら、まあいい。研究所にも金が入るし、あのスポンサーも金を出すだろうからな」
ーーこの人は本当にお金にしか興味が無い。
ため息をついたカーニャがつっけんどんに返した。
「お金と言えば、私の申請した探検の話はどうなりましたか」
「申請? ああ、あれか」
所長は首の後ろを掻く。
「まあ、その、何だ。却下と言うことだ」
「却下ーーですか」
「仕方ないだろう。上が認めんのだ」
「この先の話を続けるには、資料が足りないんですよ」
「前の探検で洞窟の水の中に箱のようなものが幾つか沈んでいるのを見ているんです」
「あの中にも羊皮紙が入っているのは間違いありません」
「あれを引き上げることが出来ればーー」
「お前の頭の中に沈んでいるものを引き出せばいいだけじゃないのか?」
小馬鹿にしたようにそう言い残すと、所長は後も見ず部屋を出て行った。
カーニャはマルセルが亡くなった直後の話を探していた。
残っている羊皮紙には、その直後の話が書かれていない。
何事も無かったように次の話に進んでいるのだ。
運ぶ途中に落としてバラバラにしたので、どこかに紛れているのかと探してみたのだが、それらしいものはまだ見つかっていない。
ーー絶対に没後の話も幾つかあるはずだわ。もしかして、あの水の中に見えた箱、あの中に有るのでは?
あの時は時間が迫っていて、全ての遺物を探し出して持ち帰ることは不可能だったので、仕方なく簡単な調査だけしてきた。
その時に見つけた箱を回収したいと所長に相談するのだが、まるで相手にしてくれない。
いつも顔を合わせる度に言い争いになってしまう。
「足りないところは、お前の空想で補えばいいじゃないか。そこで何が起きたか知っている奴は、もう誰もいないんだ」
「ですが、私は歴史の研究者なんです。空想小説家ではありません」
「お前がこれまで書いてきたことは全て実際にあったことだと、本当に言えるのか?」
「ですから資料をーー」
「お前の言う資料とやらが全て揃うのはいつなんだ?完全な歴史書が出来るのはいつだ?」
「いえ、それはーー」
「そうれ見ろ」
勝ち誇ったように所長が持論を展開し始めた。
「残っているものは所詮、点にしか過ぎんのだ」
「歴史を紐解こうとしたときに、それが偶々線でつながったように見えることがある。すると歴史家は歴史を読み解いたように言うがな、点と点は直線でつながっているとは限らんのだ」
「解釈は幾通りも出来ると言うことだ。紆余曲折と言うだろう」
「多くの点をつないだとしても、点の集まりである以上、点と点の間をどう進んだのかは、後の人間が知ることは叶わん」
「ましてや、どう考えてそうなったかなんて、わかるはずもない」
「書かれていることは皆、後世の作り話で、それを読んだ多くの人がそれに賛同したから残ったに過ぎん」
「たとえ、書かれたことが本当であったとしても、突拍子もないものは受け入れられん。皆、自分の中の常識でしか判断できないのだよ」
「読む側にして見れば、面白ければいい。書いた側にすれば金になればいい。それだけだ」
「結局、点と点の間は面白可笑しく空想で埋めるしかない。事実か事実でないかは関係ないのだ」
「ですから、その点とやらの数をもっと増やせば、事実に近づくじゃないですか」
「そのことで、お前と議論するつもりは無いよ」
「早く、次を書くんだな」
話はいつも、そこで途切れてしまう。
「彼奴は、何故あんなに渋るのかねぇ」
カーニャがため息をついていると、急に後ろで声がした。
カーニャが驚いて振り向くと、皆が”父ちゃん”と呼んで慕っている、古株のスマイラが立っていた。
「聞く気は無かったが聞こえたんだ。彼奴は金を儲ける事しか興味は無いようだな」
「だが、奴の言うことにも筋は通っている。書いたものを後世に残そうとすれば、売れないと話にならないからな」
「それは、わかっています。ですが私は、売れなくても真実に近づきたいんです」
「そこまでやりたいことがあるなら、出来るだけ早く、彼奴から離れた方がいい」
「まあ、その時は相談してくれ。力になってもいい」
カーニャは光を見た気がした。
前回の探検では多大な遠征費を使った。
スポンサーがいたとは言え、研究所の後押しがあったからこそ、実行できた。
その恩があるからと思い、研究所に残って研究発表をしてきた。
それは研究所に相当な利益をもたらしているはずだ。
それでも所長は前回と同じように、カーニャに遠征の許可を出してくれない。
ーースマイラさんの言うように、独立を考えた方がいいのかもね。
それには資金が必要になる。研究所を辞めてしまえば、スポンサーがついてくれるかはわからない。
この年代記を書いているうちに資金を貯めよう。
傍らに積まれた下書きに目を向ける。
ここにある話は、少し離れた場所での話が多いので、マルセルがいなくなった後の様子を間に挟みたいと思い、資料探しをしたいと所長に相談していたのだ。
ーーそんなに時間がずれているわけじゃないから、ここから始めてもいいよね。
カーニャは机に向かい、ペンを走らせ始めた。




