解決の道すじ
北の国の改革はマルセルが約束した最後の五年目に入った。
最初の年こそ、南の国からの食糧支援が大量に必要だったが、何と二年を経ただけで多少の備蓄が出来るまでになった。
南の国の人たちにとっても予想外のことで、食糧支援を減らすと報告を受けた時には国中が、喜んだ。
これはマッケン爺さんの適切な指導と、それに快く従った北の国の人々の努力の賜物だった。
農作業の手が空き始めると、シャガルクはマッケン爺さんに相談し、余った人手を住まいの修復や環境整備に振り替えていった。
そして四年目には、立派な街や道路まで出来上がっていた。
五年目に入る頃には、南の国の学園を卒業した若者たちが次々に戻ってきた。
彼らは学んだ技術と知恵を駆使して協力したので、復興はさらに加速し、国としての体裁を万全なものに整えていった。
五年目が始まってしばらくして、マルセルは来年について話がしたいと言って、シャガルクとカングを呼んだ。
マルセルの前で並んで神妙な面持ちの二人を前にして、マルセルが宣言した。
「今年の収穫祭が終わったら、私は代王を返上します」
「ですから、これまで収穫祭の後で行ってきた来年以降の計画は、北の国の皆さんで進めてください」
「よい国になることを望みます」
そう言うと、マルセルが頭を下げた。
計画よりもずっと早く、全てが良い方向に動いてきたのを目の当たりにしていたシャガルクとカングは、今年を最後にマルセルが北の国を去るのは間違いないと思っていた。
そして予め、皆と今後について相談をしてあったので、マルセルの言葉を聞いても迷いは無かった。
二人はマルセルの前に片膝をつくと、カングが感謝の意を述べた。
「五年もの間、私どもの国を支えてくださり、ありがとうございました」
「この国の今後のことですが、国を解体して貴国の属領となると皆の意見をまとめております。今後は貴国の領官をもって治めていただきたいと思っています」
それがまるで必然だったかのように、マルセルは驚きもしなかった。
「そう望まれるなら、それで構いません。ファーナ女王と協議した上で、進む方向を決めてください」
「それまでは、カングに領主としての全権を委譲しておきます」
マルセルならそうするだろうと思っていたので、二人は何も言わず頭を下げ、カングが声を上げた。
「拝命いたします」
「カング、私が去った後のこの国を頼みますよ」
「私はこいつが請うてくれば、相談役でも引き受けてやろうと思っております」
シャガルクが続けた。
「何を言っているんですか、父さん。まだまだ教えて欲しいことはあります。頼りにしてますよ」
「そ、そうか。お前に請われれば、断るわけにはいかんな」
頼りにすると言われれば、シャガルクも嬉しい。顔がにやける。
北の国から帰国して来たときに、カングは一人の女性を連れて帰って来ていた。
トールとジェミーの娘のシェーンだ。
今日はカングの後ろに控えていた。
目聡く、マルセルが気づいた。
「あら、カング!隅に置けないわね。どこで知り合ったのかしら。ねえ、シェーンさん?」
「あ、あのーー学園で」
俯いたシェーンの顔が赤くなる。
「カングは学園に何をしに行ってたのかしらね」
「マルセルさん、誤解です。ちゃんとやることはやってます」
シャガルクの息子のカングは、留学生の中でも一番の成績を上げ、かつ指導力の優れた若者だった。
「ふーん、確かにやることはやってきたようね。それならついでに結婚式も済ませちゃいましょう」
カングの領主への就任と二人の結婚の祝いを済ませると、マルセルはマッケンや庭師たちに引き上げの準備を命じた。
そして北の国の今後について、シャガルクやカングともう一度話し合った。
マルセルにはまだ引っ掛かかっていることがあった。西の森のことだ。
工事が始まったばかりの運河と砂漠の緑化の計画に加えて、西の森の木の伐採について時間が割かれたが、時には言い争いにもなった。
彼らにとって、西の森にある木材は必要不可欠だった。
精霊を知るマルセルにとっては、あの大木は精霊の拠り所のようなものだった。切らせたくないという信念があった。
そうは言っても、森の結界は既に無くなっているので、このままだと、どうしても開発が進んで、森林破壊につながり易くなる。
出来れば西の森だけは残したいと考えていたマルセルは、最後まで運河周りだけの伐採をと願っていたが、それだけでは国の整備が追いつかないのも現状だった。
マルセルが懇願すればするほど、マルセルを見る彼らの目が厳しくなっていくのがわかる。
ある日、悩んだマルセルが、以前西の森の”三の兄”が住んでいた大木の下に行くと、ファーナといっしょにいるはずの南の森の”二の兄”が洞の中に座っていた。
「”二の兄”さま、どうされたんですか?ファーナとケンカでも?」
マルセルが冗談っぽく聞くと、”二の兄”と呼ばれた長はジロッとマルセルを一瞥して横を向くと、神妙な顔つきになってつぶやいた。
「お前さんがずいぶん苦労しとるようなので、その心配を無くしてやろうと思っての」
「森のことで悩んでおるようだが心配せんでいい。西の森の木を一本切ったら、代わりに苗を何本か、その周りに植えておいてくれればいい」
「植えた苗木の成長を早める手助けを儂がしてやろう。数年で役に立つだけ成長するだろう」
「やらなければ、お前さんたちの子孫が困るだけのことよ」
確かに、永遠に生きられる精霊たちにとっては、荒れ地になった森が復活するまでの時間は瞬時に等しい。
それをわざわざ人間のために速めてくれると言う。
マルセルの顔がパァっと明るくなった。
「植林をしろとおっしゃるのですね!わかりました。ご配慮感謝します」
「気にするな。”三の兄”の願いを叶えてくれたお返しじゃ」
喜びで満面の笑顔を浮かべているマルセルを見ていた長が問いかけた。
「それよりも、お前さんはもっと別な悩みを抱えておるだろう?」
「お前さんが北の国の住人との間で抱え込んでいる悩みは、お前さんの心の中に潜む問題だと儂は思うぞ」
”二の兄”が急に話を変えたので、マルセルは驚いた。
「それは、どう言う意味ですか?」
「聞けば、人には大きく分けて、善と悪の感情があるらしい」
”二の兄”は問われたことには答えず、話し始めた。
「だが、心が清ければ善という訳でもない」
「すぐ力に頼るから悪という訳でもない」
「そこに関わる人のためになるかならないか、それでも人の受け取り方次第で善か悪かに分かれる」
「お前さんの場合、これまで南の国では誰もが善だと思っていたお前さんの行いが、北の国の彼らには、悪とも取れる芽となって芽吹いてきたと言うだけのことだ」
「お前さんがやっていることは同じにも関わらずな」
「北の国では何故かそういうことが表われ易いように見受ける」
「だから、お前さんにとっての最善の策は、一刻も早く、この国から出ることだ」
”二の兄”の言葉を聞いて、マルセルは吹っ切れたような気がした。
気懸りだったモードネス家の呪いも解決の目途がついた。サーニャやその子孫に被害が及ぶことは無い。
西の森のことも、”二の兄”のお陰で、マルセルの心配は消えそうだ。
北の国はもうマルセルの手を必要としない。だから、自分がいつまでもここに未練を残す必要は無い。
最大の懸念だったファーナと彼女の三人の娘のことは、”二の兄”が引き受けてくれている。
南の国に戻っても、マルセルの力を必要とするものはもう無くなっている。
残るのはーー未だに結界を張り続けている峠の結界石をどうするかだけだ。これを最後の仕事にしよう。
「”二の兄”さまのおかげで、私のやるべきことは全て終わらせることが出来るようです。ありがとうございます」
「全て終わらせるーーと言うのか」
「残った大きな仕事を一つ終わらせて、それで最後にしようと思っています」
「そうか。儂が後押しをしてしまったようだの」
「えっ?」
「では細やかだが、後押しついでに、お前に餞別を送っておこう」
そう言って、少し憂いを見せた”二の兄”は、それ以上は何も言わず、マルセルの前から消えた。
西の森から帰ったマルセルは、シャガルクたちに”二の兄”の言った言葉を伝えた。
それでもマルセルの気持ちとして、せめて精霊の生まれた大木の周囲だけは残してくれるよう、今度は頭を下げて頼んだ。
それでも、シャガルクたちがどう進めるかは気にしないことにした。
シャガルクたちも民の要望にどう答えたらいいか迷っていたところなので、マルセルの提案を快く受け入れた。
実はマルセルが頼んでいたにも関わらず、西の森に入って大木を切ろうとした者がいた。
ただそこには神域とも言える永久的な結界のようなものがあって、手を出そうにも出せなかった。
それを聞いた北の国の者たちは、マルセルが先の会議の時、怒って”自分が結界を張る”と叫んでいたのを思い出した。
マルセルが怒って結界を張ったのだと思ったのだ。
自分たちの撒いた種とは言え、目の前にある豊富な資材を調達する目処がつかなくなってしまったと思うと、自然にマルセルに対する思いに、恨みの気持ちが芽生えていく。
マルセルが最近感じていたのは、その感情だった。
精霊が植林を保証してくれるなら、西の森の深部に拘る必要は無い。
これでようやく、マルセルと北の国の民との間で折り合いがついた。
しばらくして、西の森の木を切ろうとしたが失敗したと言う話を、頭を掻きながら釈明するシャガルクの報告を聞いて、それが”二の兄”がくれた餞別だったとマルセルは気づいた。
ーーもう、この国に未練を残さなくて済むようにして下さったのね。
やるべきことは、後一つ。マルセルは気を引き締めた。
マルセルから植林の話を聞いたシャガルクは、すぐにマッケン爺さんの所に行って教えを乞い、植林のための苗木を育て始めた。
ある日、カングが久しぶりに訪れ、苗木に水をやっているシャガルクの前に立ち、苗を指差して言った。
「父さん、この苗木を西の森から伸ばして、運河と砂漠の間にも植えていったらどうだろうか」
「それが根づいたら、砂漠側にまた植えれば、砂漠を後退させられるかも知れない」
「そのうち、先に成長した木を切り倒して、そこを畑にすれば、農地も広がって行くんじゃないかな」
「なるほど!切った木で家も建てられるしな」
「それまで何年かかるかわかりませんが、森の伐採を少しでも止めることが出来るかも知れません」
「じゃがそれは、儂だけじゃなく、お前にも関わる大事業になるぞ」
「はい、孫のためにも」
「孫?」
「はい」
「儂のか?」
「はい、おじいさん」
「でかした!それを先に言えよ!」
シャガルクはカングと共にマルセルを訪れ、二人が考えた運河と砂漠の開発計画を説明した。
いづれ森が無くなるのは仕方ないと諦めていたマルセルだったが、砂漠の植林の話を聞くと喜んだ。
「ええ、間違いなくそれは成功します。成功させないといけません」
マルセルは晴々とした顔つきになり、大きく息をした。
「もう、ここでの私の出る幕は無くなりましたね」
「さあ、皆さん。帰国しましょう!」
マルセルの号令で、帰国の準備が始まった。
既に、大方の引継ぎは終えられていた。
結界が解けて、湖に出られるようになってからは、船での往来が出来るようになっていたので、荷物を港に運ぶのが仕事になった。
そして帰国の準備が整うと、引き上げを始めた。
五年もの月日の中で、中にはこちらで妻帯した者もいた。
それらを引き連れての移動になったので、来た時よりもはるかに多い人数になっていた。
足腰が弱ったマッケン爺さんや女性、子供は船で帰ることになっていた。
峠にはマルセルとジョセを先頭に若者たちと見送りのシャガルクやカングが続いた。
峠にはファーナやジャンヌが迎えに来ていた。
サーニャもその中にいた。
彼女の横に、アスクの三男のケーシーが並んでいるのをマルセルが見つけた。
「あら、サーニャ。ケーシーと一緒になるのね」
「はい、一緒に北の国に来てくれるそうです。ご両親に許しを頂きました。それにーー」
「ジャンヌも認めてくれたのね」
「ええ、もう用は無いから北の国へ帰れと言われましたわ」
そこにいた皆は大笑いをした。
しばらくそこでシャガルクやカングたちと別れの挨拶を行った後、北と南に別れて人々が下って行ったが、マルセルとジョセはそこに残ったままでいた。




