サーニャの相続
南の国に戻ったはずのマルセルが、三日も経たないうちに北のモードネス家の館に姿を現した。
「お早いお帰りですね!すぐにお茶の用意をしますわ」
一人で館を守って心細かったサーニャは、喜んでマルセルを館に引き入れようとした。
だがマルセルは、すぐに旅の支度をするようにと、サーニャを急かしてきた。
「今から南の国に行きましょう。一週間ほどの旅になるから、必要なものをカバンに詰めてちょうだい。待っているから」
訳もわからないまま、急き立てられるように南の国へ連れていかれたサーニャが立ったのは、今は迎賓館として使われているシャンツ家の館の正面にある、大きな玄関扉の前だった。
目を見張るサーニャを促して、マルセルは扉を押し開いて中に入って行った。
マルセルの後から恐る恐る入って行ったサーニャは、そのエントランスホールの広さに驚いた。
しかも、元は王館として使われていただけあって、堂々とした荘厳な造りだ。
腰の引けたサーニャの手を掴んだまま、ホールを横切って行ったマルセルが、広間の彫刻で飾られた扉を開けると、そこには既に大勢の人が待ち構えていた。
扉のそばで待っていたジャンヌが進み出て来ると、マルセルからサーニャの手を受け取って、広間の中央に連れて行く。
部屋の奥の一段高くなっている王座にはファーナが座っていた。
ファーナが王座から立ち上がり、サーニャの前まで下りてきた。
「北の国で一度お会いしましたが、改めて名乗りましょう。南の国の女王、ファーナです」
「サーニャです。これはどういうことでしょう?」
ーーえっ、彼女は知らないの?
ファーナがマルセルを見た。マルセルが横を向いて肩をすぼめてみせる。
ーーやれやれ、誰に対するサプライズのつもりなのかしら。
「実はね、あなたに正式にモードネス家の跡継ぎになって欲しいと思っているのです」
「あなたのお婆さまであるブラーニャさまが、まだ元気でおられる時に、この話をしておきたかったのだけれど、あんな形でブラーニャさまは亡くなられてしまったから、あなたに白羽の矢が立ったのですよ」
マルセルがその後を継ぐ。
「この南の国は、北の国から出て行ったモードネス家、シャンツ家、シフォン家、シバー家の四家が協力して興したの」
「ここにいるのは、皆その子孫たちというわけ」
そう言うと、手を伸ばしてサーニャの手を取り、皆の前に連れて行った。
順に一人一人に紹介していく。
握手とカーテシーをするだけで精一杯で、サーニャは何も受け答えが出来なかった。
アスクの前にサーニャが立った。
マルセルがサーニャに耳打ちをする。
「南の国で、今唯一とも言えるモードネス家の血筋にあるお方よ。デノーテ義母さまの息子さんになるわ」
アスクが一歩前に出て来て、手を差し出した。
サーニャがぎこちなく、その手に自分の手を重ねる。
「私は南の国のモードネス家を最後まで守ってくれたデノーテ母さまの一人息子のアスクだ」
「こちらが妻のミッシェルと三人の息子たちだ。よろしく頼むよ」
「サーニャさま、初めまして」
ミッシェルが美しいカーテシーを見せると、サーニャも慌ててカーテシーを返す。
そのぎこちなさを見て取った、ジャンヌの目がキラリと光った。
サーニャは改めてアスクの家族たちを見た。
北のモードネス家の人間はもう探し出すのも難しいほどしかいない。
サーニャもそんな中から探し出され、ブラーニャの世話をすることになったのだ。
南の国にはまだモードネス家の血を引く人たちがいると知ったサーニャの目から安堵の涙が流れた。
挨拶が一通り終わると、マルセルに手を引かれて、ファーナの前に戻って行く。
そこには三人の椅子が並べられており、中央の椅子にファーナが座ると、会場にいた者たちも自分たちの椅子に座った。
マルセルがサーニャを促して席に座らせる。
ちょっとしたざわめきが静まるのを待って、マルセルがサーニャに語り始めた。
「まず、モードネス家のことを説明するわね」
「南の国のモードネス家は、デノーテ義母さまが亡くなられた後は、私とファーナが管理しているのだけれどーー」
「ファーナは、シャンツ家とシバー家の血をひいている」
「私は、シバー家とシフォン家の血をひいている」
「つまり、ファーナと私には、モードネス家との血のつながりは全く無いの」
「血のつながりで言えば、デノーテ義母さまの一人息子のアスクさんの家系なのだけど、アスクさんは当主としてシフォン家を継いでいる」
「それで、ここからが本題なんだけどーー」
「だから、モードネス家を残すとなると、北のモードネス家の血縁であるあなたに継いでもらうのが最善なのよ」
「引き受けてくれないかしら?」
「私にどうしろと?」
「当面はブラーニャさまの館を守って欲しいわね」
「それくらいなら、お引き受け出来ますわ」
「良かった!じゃ、シャガルクに言ってモードネス家の屋敷を改築してもらわないとね」
「いえ、私はあの館の一角に住まわせてもらえば十分です」
「何を言っているの。あなたの肩にはモードネス家の未来が掛かっているのよ」
「今、館を守ればそれでいいっておっしゃったじゃないですか」
「当面と言ったでしょ。それに私はあなたにモードネス家を継いでくれとも言ったでしょ。これはセットよ」
「そんな」
ジャンヌがサーニャの前に立つと、低い声で、だが皆に聞こえる声でサーニャに言った。
「諦めなさい。この人は”人たらしのマルセル”と言われているのよ」
そこにいた全員が笑った。納得の笑いだ。
笑い声が収まるのを待って、マルセルが何事も無かったようにサーニャに言った。
「そのために学ぶこともたくさんあるわ」
サーニャはもう反論する気は無く、黙ったままだ。
それを了解と受け取ったマルセルが改めてサーニャを皆の前に連れて行った。
「改めて紹介しておくわ。あなたの先生たちよ」
「まずファーナとサックス。南の国のモードネス家で、国を動かすための教育をやっているわ」
「こちらがジャンヌ義姉とシャーク義兄。ウイルドン家でメイド教育をしている」
「こちらがミッシェル義姉。シフォン家でアスク兄さんとレストラン経営をしているわ」
「この子は私の妹でチュール。シバー家で治療院をやっている」
「最後に、ジョセ。私の夫で、ファーナの兄よ。シフォン家の横の尖塔で子供の学校を開いているの」
「ジャンヌとミッシェルと一緒に、どう勉強を進めるか決めてちょうだい」
「どれくらい長くいないといけないんですか?」
「この二人が合格を出したら、北の国に帰ってもいいわ」
そこにジャンヌが口を挟んで来た。
「ええ、任せてちょうだい!」
「だけど、さっきのあのカーテシーは何なの?モードネス家当主として恥じないように、徹底的に鍛えてあげるわよ」
マルセルが”あちゃ、ジャンヌに火をつけてしまったか”と笑顔になりかけたが、すぐに気を引き締めて、サーニャに向かって言った。
「私はこれから北の国に行くけどーー」
「一年後、私が北の国から戻って来るまでに、あちらに帰れるようになっておいてちょうだい」
「ーーはぁ」
サーニャの肩がガクッと下がった。




