ブラーニャの死
モードネス家の呪いは解くことが出来ると確信しているマルセルは、シャガルクたちと別れると、ブラーニャの館に向かった。
ただ、北の国で自分のした交渉が決して自分にとって満足出来るものではなかっただけに、足取りは重かった。
それでも、北の国のモードネス家の直系であるブラーニャとサーニャに降りかかるかも知れなかった呪いが無くなることを知れば、ブラーニャも安心するだろうと思い、足を速めた。
ブラーニャの館の扉を叩いたが、何の反応も無い。
しばらくすると扉が開き、サーニャが顔を出した。
その目は泣き腫らして真っ赤になっている。
ブラーニャに何かあったと感じたマルセルが口を開いた。
「お婆さまはーー」
その問いを遮るようにサーニャが声を押し出す。
「先ほど、亡くなりました」
驚いたマルセルは、戸口で泣き始めたサーニャを押し退けて家の中に入って行った。
ブラーニャの部屋のベッドに近寄ると、ベッドの上には一人の老婆が横たわっていた。前に会った時には四十歳位だったが、どう見ても、百歳はとうに越えているように見える。
「これは一体、どうされたのですか」
「お婆さまがおっしゃるにはーー」
「お婆さまについておられた精霊が、遠くに行かれて戻って来ないからだとか」
「マルセルさまたちがこの家から帰られてすぐ、見る間に老けていかれました」
そうして話している間にも、ブラーニャの身体は皮膚が崩れ、白い骸に変わっていく。
それも見る間に、まるで砂で出来た山が崩れるように、一塊の白い灰の塊に化していった。
精霊によって止まっていたブラーニャの時が、四百年の時を一気に進んだのだ。
その状況を見たマルセルに、精霊の力が得られなくなったときのファーナを想像させた。
ブルッと身震いをしてマルセルは気を引き締める。
ーー私にもどうにも出来ないことが起こり始めている。
ーーすぐにでも恒久的な対策をしておかないといけないわね。
「サーニャ、お婆さまを葬ってあげましょう」
驚きで動けなくなり、床に座り込んでいたサーニャの肩を揺すり、サーニャを立たせた。
ようやく口が利けるようになったサーニャが山の氷河を指差して声を絞り出した。
「お婆さまはあそこで精霊と会ったとおっしゃってました」
「精霊が帰ってきた時のために、あそこに葬ってあげたいです」
二人はシーツでブラーニャの灰を包むと、氷河の麓に運んだ。
連絡を受けて駆けつけてきたシャガルクたちが、すぐに穴を掘り、墓室を造り始めた。
「少し前までは元気だったのだがな。見た目もお前たちが来たころと、そんなには変わっていなかった」
「こんなに急変するとは思わなかったぞ」
石を積んで墓室を造ると、シーツに包まれたブラーニャの身体を収め、その上に石を重ねて塚を造り、墓標を立てた。
サーニャの願いで、墓標に文字が刻まれた。
”精霊の友ブラーニャここに眠る”
「こうしておけば、精霊も帰って来た時には必ず気づくでしょうから」
埋葬を終えてみんなが去るのを見送ったマルセルが、サーニャに向き直る。
「今日はね、モードネス家のあなたたちに朗報を持ってきたはずだったの」
「でもブラーニャさまに罹っていた呪いは、モードネス家の呪いよりもっと強力だったようね」
「モードネス家の呪いですか?」
「ええ、ショックを受けるかも知れなかったので、あなたには話さなかった」
「ブラーニャさまにだけは伝えておいたわ」
「でも、それは回避出来る見込みが立ったので、今日はそれを知らせに来たの」
「先にこちらに向かっていれば、生きているうちにお会いできて、安心していただけたのにね」
「だから、あなたはもうそのことを気にしなくていいのよ。私が解決出来るわ」
そうは言っても、マルセルは悔しさでいっぱいだった。
ーー何で最近は、うまくいくことばかりじゃないんだろう?
ーーちょっと手順が変わっただけなのに。
マルセルが考え込んでいる横で、サーニャがポツリと言った。
「お婆さまが亡くなるなんて、思ってもみなかった。私の方が先に死ぬはずだったのに」
ーーそうだ!悔やんではいられないわ。サーニャのこれからを考えないといけないわね。
「そんなことよりサーニャ、あなたはこれからどうするつもり?」
「私には身寄りが無かったのでお婆さまのお世話をさせていただきましたが、お婆さまが亡くなられた後は、どうすればいいのかわかりません」
「そのことについては私に任せてちょうだい。それまでは今まで通り、この館を守っていてくれないかしら」
「わかりました」
「あなたも急に一人になるのは寂しいでしょうから、ニ、三日ここに私を泊めて欲しいわ」
「喜んで!」
数日後、サーニャに送られてマルセルは山を下り、シャガルクに会った。
「私は南の国に行って、北のモードネス家の今後の話をしてきます」
「その間、サーニャの面倒を見ていただけませんか」
「婆さまには儂にも恩がある。まかせておいてくれ」
シャガルクが快く了承したので、安心したマルセルは峠に向かった。




