すれ違い
カールと別れて北の国に戻ってきたマルセルは、すぐにシャガルクたち、西の国の主だった者を集めた。
「森の精霊と話をつけて来ました。自由に西の森を通ることが出来るようになりました」
意気揚々とマルセルが精霊の作った結界を消したことを報告し、次に進むべき道を相談しようとした。
「これは最初の計画には無かったことですが、思いのほか計画が進んでいるので、湖から西の森を抜る運河を造ることを先に進めましょう」
「西の砂漠の際を通るように造れば、そのうちに周りに木や草が生えて、今以上の砂の侵入を防ぐことも出来ると思います」
「よし、今でこそ荒れ地だが、昔は湿地で肥沃な場所だったんだ」
「水さえ通せば、良い畑になるかも知れない。いや、いい畑にするんだ」
「やろうぜ」
予想通りの皆のやる気を見て取ったマルセルが、満足気に切り出した。
「お願いしたいことがあるのです。私の一存で決めましたが、森の精霊に約束しました」
「運河を通す場所以外は、出来るだけ木を残すようにお願いしたい」
これまでなら、一も二もなくマルセルの言うことを受け入れていた彼らだったが、何故か彼らの歯切れが悪い。
「しかしなぁ、今は家を建てる木も不足しているんだ」
「森へ入れるなら、ほら、ああいった大木も切り倒したいよな」
その指の先には、精霊の住む洞のある大木があった。そこがマルセルの一番守りたい場所だった。
これまでマルセルは、自分の言ったことは必ずやり通してきた。
多少の反対もあったが、話せば相手は理解してくれて、最後は自ら協力してくれるようになった。
だが、今、彼女の前で繰り広げられている会話は、マルセルの思いなど微塵も考えてない内容だった。
マルセルはほぅっとため息をついた。
「人の欲というものは、はたから見ると見苦しいものですね」
「それでは改めて、ここまでという結界を私が作り直しましょう。それでよろしいですか」
マルセルの怒りに近い感情を見て取ったシャガルクが慌ててマルセルを手で制した。
「マルセルさん、そんなつもりじゃないんだ」
「だが儂らも、皆が皆、マルセルさんと同じ考えでいるわけじゃないのはわかってくれ」
「来年になったら、マルセルさんたちはここを引き上げるのだろう?その後は儂らだけでやっていかないといけない」
「後のことを考えると、儂らの意志の方がより重要になるのだ」
「それはわかっています。森の長と取り決めをしたのは私の独断ですしーー」
ーーここは一旦引いて見せれば、向こうから寄り添ってくるでしょう。
「わかりました。どう進めていきたいのか、明日にでも皆さんの考えを聞かせてください」
「それによって、どう動くべきか、改めて考えようと思います」
「それについては、もうしばらく時間が欲しい」
マルセルを良く知っているシャガルクでさえ、マルセルに素直に従う意思を示さなくなっている。
西の森の結界を解いただけでも、北の国の未来は明るかったはずだ。
北の国のために最後の大仕事を完成させたつもりだったマルセルは、まるで凱旋将軍のような気持で北の国に戻ってきていた。
だが、彼らはそれをまるで当たり前のように受け取っているばかりか、マルセルの些細な願いに耳を傾けようとしない。
マルセルの心に怒りに近いものが湧き上がってきたが、辛うじて抑えた。
ーーこの人たちは巣立ちの時を待っているのだわ。
ーー私が強く指図することは、その妨げになるかも知れないわね。
ーー彼らは南の国に従うのであって、私に従わないといけないわけじゃない。
ーー私が譲歩するべきね。
ーー譲歩すれば、彼らも少しは折り合って、私の意見を聞いてくれるでしょう。
「そうですか。ではシャガルクさん、取り敢えずは運河のことだけに力を注いでください」
「それだけでもかなりの木を倒すことになります。あの大木の周辺の木を伐採するのは最後の手段と考えてください」
「いつまで奴らを抑えるか約束できんが、やってみよう」
自分では譲歩したつもりだったが、シャガルクの曖昧な返事にマルセルが切れた。
ーーこんなにあなたたちのことを考えているのに!
ーー私のささやかな願いを聞いてくれない!
マルセルは立ち上がり、これまでに無く強い口調で声を上げた。
「私の了解無しにあの大木に手を出した場合は、水路回り以外の森に結界を張り直します」
「代王という地位をいただいても、これまであなた方に命令をしたことはありませんでしたが、これは代王としての命令です」
マルセルの発した言葉に、情けを感じさせない強い語気を感じ取ったシャガルクは驚いた。
ーー彼女の心は北の国から離れ始めているのか?
ーー確かに、儂らも彼女がいなくなった後のことを考えて動き始めてはいるが。
ーー彼女が去るまでは、波風を立てないようにしないとな。
「わかった。ちゃんと言い聞かせておくから安心してくれ」
シャガルクに背中を押されて、ブツブツ文句を言いながら出て行く男たちの後姿を眺めていたマルセルは考え込んでしまった。
だが、マルセルの思いはシャガルクの思いとは違っていた。
ーー今まで私がやりたいと思ったことは何の問題も無く進めることが出来たわ。
ーー今度のように、反対する意見が出て、しかも私の思うように決まって行かないのは何故なんだろう?
「ねえ、ジョセ 私が慢心しているのかしら?」
そばにいたジョセの方に振り返って、マルセルが問いかけてきた。
ジョセはマルセルの言葉に驚いた。
ジョセは、マルセルはいつも前だけを見ていると思っていた。それがマルセルの強みなのだ。
それなのに、弱みを見せた言葉を使った。
それよりも驚いたのは、シャガルクたちの前で、北の国特有とも言える、力で支配する感情でマルセルが声を発したことだった。
ーーマルセルがあんな感情を見せたことは一度もないのに、どうしたんだろう?
ーー待てよ?そう言えば最初にシャガルクさんと話していた時のマルセルはこんな感じだったな。
ーー「あなた方のこれまでの蛮行を罪に問わねばならないこともあるでしょうね」だったか?
ーーマルセルがあんなに強く言うのは、北の国へ来てからだな。何故だろう?
ジョセは考え込んでいた。
マルセルも考えていた。
ーー精霊の作った結界を壊したり、精霊を消したりしたことが良くなかったのかしら?
ーーお前は一つ解決すると、二つ問題を抱えてくると言われたけど、本当にそうね。
ーーそうなりそうな雰囲気を感じると、何故か苛々が募るのよね。
ーーここにいると、爆発しそうだわ。
マルセルはブラーニャの屋敷に向かうことにした。




