墓所の呪い
南の森から帰ってきたマルセルは、ファーナを連れてモードネス家の墓所に行き、管理人のカールに呼びかけた。
「カールさん、お願いがあります」
呼ばれて出て来たカールは、前と同じように、むっつりとした表情を変えず、何も言わない。
鍵を開ける合図を待っているようだ。
マルセルは気にも留めず、語りかけた。
「あなたはカールさんとおっしゃったのですね」
「南の森の”二の兄”さまから、あなたと話すよう言われました」
”カール”と呼ばれた精霊は口元に笑いを浮かべた。そう呼ばれることが余程嬉しかったのだろう。
引継ぎ以外で口を聞いたことの無かったカールが口を開いた。
「兄貴の頼みだというなら、話を聞いてやろう」
「ありがとうございます。ではあちらの屋敷までご足労願えますか」
モードネス家のデノーテのお気に入りだった、今はファーナの居間に場所を移そうとしたが、カールが拒んだ。
「悪いが、この池を越えるのは勘弁して欲しい」
「あら、初代さまとは書斎で相談されていたと聞き及びますが」
「あいつは墓所が完成したらすぐ、池に架かっていた石造りの橋を外してしまったのだ」
「その方が墓所に神聖さが増すと言ってな。それに儂もーー」
「管理人になってから、墓所から出たことは一度も無いので、儂も知らなかったのだ。」
「最近、精霊は水に触れると石になるらしいと知った」
「南の湖に女の子と一緒に落ちた精霊が石になったと風の噂に聞いたのだ」
「儂は別の世界に行きたいと願ってはいるが、石になりたいわけじゃない」
「ここをずっと守り続けている理由もそこにある」
「わかりました。ではこの島に席を設けましょう」
ファーナの指図で島にテントが張られ、テーブルと椅子が置かれた。
皆が席に着き、お茶の準備が整うと、カールが問いかけてきた。
「それで、儂に何が聞きたいと言うのだ?」
「まずは、カールさまとモードネス家の関りから教えてください」
「そんなことかーー」
儂は兄貴たちと別れてから、この丘に住むことにしたのだが、平穏に時を過ごしていくうちに流石に飽きがきてしまってな。何か面白いことは無いかと常々思うようになった。
そのうちに、この丘に人間が住み始めたのだ。
彼らはモードネスと言っておった。
大きな屋敷を建てて暮らしていたが、ある時、娘が生まれた。
その鳴き声に魅かれて、儂は暇つぶしのつもりでその赤子を見に行った。
可愛い子でな。アストラーダと名付けられておった。黒髪と黒い瞳の赤子じゃった。
儂はその可愛さに、つい赤子の額に触れた。
驚いたことに、その赤子は儂の精霊の力を吸い取り始めたのよ。
儂も初めてのことだったので、どうすればいいかわからず、何も出来ずに、なされるがままだった。
その間、赤子は白い光に包まれておった。
しばらくして光が収まった時、儂とその赤子の間に、何か繋がりが出来たのを感じた。
それ以来、儂は出来るだけその赤子のそばに居るようにしたのだ。
その赤子は成長するにつれ、儂と同じような力が使えるようになった。
儂が使い方を教えたようなものかも知れんの。見よう見まねで使えるようになっておった。
赤子が光るのを目撃した両親や使用人たちは、その赤子は聖女だと大騒ぎしての。それ以来、子供が光ると精霊の力を授かるということになったのじゃ。
「その頃、聖女と呼ばれた方は四人おられましたよね。その方たちもカールさまが?」
マルセルが口を挟む。
「確かに、聖女と呼ばれる娘が四人おったがーー」
「兄弟が移って行った他の丘でも、儂らのように人と精霊の間に何らかのつながりが出来ていたようじゃな。儂がどうこうした訳じゃない」
「その四人の聖女が力を合わせて北の国の兵を追い払ったというわけだ」
「そうして、この四人の中で一番精霊の力が強い娘のいる家を王家としようと決めたようだの」
「儂の見るところ、モードネス家のアストラーダが一番強かった」
「儂は、人間が儂らの力を使って結界を張ったことに興味を持っての、アストラーダに委細を聞いてみようとモードネス家の屋敷に入り込んだのじゃが、その時に面白い奴に出会うた」
「街中の人間どもが集まって、誰を王にするか騒いでいる時に、もう王になったつもりで一人で王都の地割を始めていたのだ」
それはマルセルとジャンヌが尖塔で見つけた本にも書いてあった。
「それって、モードネス家の初代様のことですね?」
マルセルが問う。
「アストラーダの父親を、お前たちはそう呼んでおるのか。儂は彼奴の秘密の部屋に一緒に籠ってみた」
「ああ、あの書斎ですね」
「彼奴はいろんなものを考え出しておったよ。儂らには考えが及びもつかないものばかりじゃった」
カールの目が昔を懐かしむように細くなった。
ある日、彼奴が珍しく悩んでおったのでな、どうしたのかと机に広げてある紙を見ると、白い石で出来た扉のある小さな墓が池の小島の上に立っているスケッチじゃった。
儂らには墓と言う概念は無いから、何に悩んでおるのかわからんかった。
どうも、池の中の小島に墓所を造るにしても、狭すぎるというのが悩みじゃったらしい。
王家として子孫、末代までの墓をそこに集めたいというのじゃから、面白いことを考えるものよ。
深く穴を掘るとか、池の下全部に地下空間を作ってみようとか、いろいろ考えておった。
絵に描いた餅というのは余程うまく見えるのか、儂も取りつかれたようになっての、つい彼奴の耳元で囁いてしまったのだ。
ーー”聖女の力を使って精霊と契約すれば、限りなく広い墓所が造れるぞ”
儂もまだ若かったでな。
冗談のつもりだったのだが、彼奴は本気で考え始めた。
儂の助力もあって、彼奴の娘の、この平原で聖女の力が最も強いと言われていたアストラーダの精霊の力を使って、墓所を完成させたのだ。
儂は出来上がったばかりの墓所をねぐらと決めた。
だがその工事には大そうな精霊の力を使ったので、娘にはもう並の力しか残らんかった。
まあ、死なずに済んだだけ、良かったのかも知れん。
それはそれで良かったのだが、彼奴は墓所に管理人を置きたいと思い始めた。
そこで儂が管理人になってやろうと申し出たのよ。どうせそこに住み着いておるのだからの。
その代わり、管理料をよこせと言ってやった。娘の持つ、残った精霊の力を。
それから娘は、身体から常に精霊の力を儂に抜かれるようになった。
冗談のつもりでやったことなので、儂としてはアストラーダが生きている間だけのはずだったのだ。
だがアストラーダが亡くなって初めて、管理者が次の娘に引き継がれているのを知ったのだ。
アストラーダと儂がこの世からいなくなって初めて、墓所はただの墓地になる。
儂が生きている以上、人の命は短いので代々引き継いで行くしかない。
精霊の寿命は永遠のようなものだからの。
結局これが墓所の管理人となった者に引き継がれることになってしまった。
モードネス家の聖女にとってみれば、母親から管理を受け継いだとたん、我が身の精霊の力が、まるで垂れ流しのように消えていく”呪い”のようなものだ。
しかも女の子が途絶えたとしても、モードネス家の血が入った女子が生まれると、それまで途絶えていた分の精霊の力がいっぺんに持って行かれてしまう。
モードネス家の聖女がすぐ死んでしまうというのは、そういうことよ。
儂がそれに気付いた時には、もう止めることが出来んかった。
どうしたら止められるか、わからんかったからの。
いや、わかっておったが、それは無理というものじゃった。
カールは下を向いて何も言わない。
やや、間があって、先にマルセルが口を開いた。
「あなたが消えるしか、”呪い”を解く手は無かったのですね?」
「そうじゃ。だが、誰がそれを出来ると言うのだ?」
「島から出て、それが出来る娘を探そうにも、彼奴は墓所が出来ると橋を壊してしまっておったのだ」
「儂はただ黙々と呼び出しを受け、亡骸を運び、娘が死ぬと墓所の鍵を作り替えることを繰り返して過ごしてきた」
カールはそこまで話すと、マルセルをじっと見つめた。その目は悲しみに溢れていた。
カールは悩みと一緒に今までを過ごしてきたのだ。マルセルには返す言葉が無かった。
カールがまた話し始めた。
「昔から精霊には寿命などというものは無いとされていた。人から見れば、羨ましいことだろうな。不老不死なのだぞ」
「だが実際にその中に身を置いたらわかるが、退屈も永遠に続く。季節の変化とかに興味を持てるのは最初だけのことよ」
「何百回も、ヘタをすれば何千回も、同じ春夏秋冬を過ごさねばならんのだ。欲しいものがあっても、自分より先に壊れていくので意味が無い。子孫を増やすことなど考えなくていい。おまけに精霊は物を食わんでもいい」
「人の言う、美味しいとか不味いとかいうこととも無縁だ」
「飲んで食って騒いでいる人間を見ていると、自分の生き様が如何に味気ないことだと思うようになった」
「この絶望ーーいつまで続くのかーーだがそれは突然表れたのだ」
「誤って人に触れた精霊が光を放って消えてしまった」
「それを見て、人の身体に手を触れるだけで消えることが出来るとわかった時の精霊たちの喜びようったらなかったぞ」
「儂も、モードネス家の管理人をどうしたら止められるか考えている時に、一度だけ人に触れて消えようとしたことがある」
「じゃが触れた途端に、その者は死んでしもうた」
「それから後は、自ら人に触れようと思ったことは無い」
カールのため息が聞こえてくる。
「消えることは儂ら精霊の望みじゃったが、儂らほど力のある精霊は簡単には消えることが出来ん」
「その悩みの中で、ちょっとしたお遊びのつもりが、知らず知らずのうちに、儂はモードネス家を闇に引きずり込んでしまったのよ」
「お前たちの言葉を借りれば、儂は”悪霊”になったという訳だ」
精霊が黙りこくると、マルセルが聞いた。
「もし、あなたも消えることが出来ると言ったら、どうしますか」
「それが可能なら、すぐにでも消えたいのう。」
「そういうことであれば、その願い、かなえて差し上げられるかも知れません」
「でも、もう少しの間だけ、管理人を続けていただけますか」
精霊はマルセルを見たが、疑う風は無かった。
「あいわかった。その時を心待ちにするとしよう」
「お前が生きている間なんて、儂にとっては瞬きする間にすぎんでな」
精霊の顔が綻んだ。
「ところでさっき、”聖女が結界を張ったのを参考にした”とおっしゃいましたが、聖女さまたちはどうやってその方法を見つけたんでしょうか」
「儂はモードネス家のことしかわからん。あれはシャンツ家とシバー家の娘が張ったものだ」
「じゃが、あの時、森の長よりも昔からいた精霊が一人、この平原から消えたような気がする」
「いや、まだいるような気もする」
「ああ、思い出したぞ。儂よりも千年も前にこの平原に生まれた兄貴、”一の兄”のことだ」
「シャンツ家の丘に居ったが、確か、山が割れて峠に境界石が顔を出した後、滝が出来たころに滝つぼの裏の洞穴に住みついておったの」
「滝が消滅した後、四人の聖女が結界を張ったころに、西の方に向かったと思うが」
「たぶん、その兄貴が結界を張る方法を教えたのじゃないかな」
「でも、それならなぜ西に向かう必要があったのでしょう」
「そりゃ、本人に聞かんとわからんでの。気になるか?」
「ええ、もしそうなら、何の犠牲も無く峠の結界を解く方法がわかるかもと」
それを聞いたカールはマルセルをじっと見つめていたが、目をそらすとつぶやくように言った。
「儂が思うに、お前さんなら何とか出来るような気がするがの」
「私がですか?」
「ふむ、あの結界を張った時にはシバー家の聖女が手伝っておるでな」
「お前さんもシバーの血を引いておるのじゃろ?出来ると思うぞ」
「じゃ、ファーナに”浄化”の力が使えたのは、エレノアさまのシバー家の血も関係していたからだと?」
マルセルには精霊の力の秘密が見えてきたような気がした。
「それなら、それなら」
「私にモードネス家の墓所の鍵が作れたのは」
「モードネス家に手を貸したシフォン家の血を引いておったからじゃろうな」
「やはり!そうだったんだ」
「胸の内にあったものが晴れました」
「シフォン家に居た精霊さまはその後どうなったのでしょうか」
「つい最近まで意思を交わせておったがーーと言っても百年以上は前か?」
「この頃は、どこにいるかわからなくてな。あっちだったり、こっちだったり、居場所がはっきりせん」
マルセルは驚いた。
「もしかして、シフォン家のお祖母さまについておられたのでは?」
「まさか、お祖母さまと一緒に消えて行かれたのでは?」
「そうかもしれんな」
「間違いないわ! あの尖塔にも精霊さまが住んでおられたのよ」
「マルセル、どういうこと?」
「だって、あの尖塔の石畳や屋根裏部屋は、居るだけで癒しを与えてくれるような気がして不思議だった」
「あなたは、シバー家とシフォン家の血を継いでいるものね。精霊が二人も守ってくれてたということね」
「ファーナもシャンツ家とシバー家の血を引いているわ」
「おまけに、南の森の長とモードネス家のカールさまの加護まで受けることになる」
「ファーナ、あなたもアスクさんもミッシェルさんも、もう大丈夫よ。安心したわ」
「モードネス家にはーー」
それまで話を聞いていたカールが声を上げた。
「モードネス家には鍵がいた」
「儂がこの屋敷の書斎に入った時、そこには小さなガラス瓶が置いてあってな、何故か中に精霊が入っていた」
「儂らより、ずっと若い奴でな。アストラーダに魅かれて屋敷に潜り込んだはいいが、父親に見つかり、瓶に閉じ込められたらしい」
「その後はあの秘密の書斎で鍵の仕事をしていたと言っていた」
「ああ、それでしたら、デノーテ義母さまが解決してくださいました」
「あの書斎にあるものの鍵は全て外れています」
「そうなのか?じゃ、ガラス瓶の中の彼奴はどうなったのだ?」
「私たちが触っても、少し光るだけでした。どうしようも無かったので、あそこに置いたままです」
「なるほど、奴も力を使い果たしたのかも知れんな」
「私たちはどうすればいいでしょうか」
「そのままにしておけばいい。どうせ、当分の間は、奴も動けんだろうしの」




