”二の兄”の庇護
「儂の気配を悟っておったようだの。少し不安を浮かべただけじゃったのにのう」
「気がつかねば、そのままにしておこうと思っていた」
長は満足そうに頷いた。
「話しておきたいと思ったのはーー」
「大したことではないが、お前たちの明暗に関わるかも知れんと思ってな」
「この南の山の向こうにも人が住んでいるのは知っておろう」
「はい、そこから、年に何度か商人がやってきますから」
「儂はあの商人の先祖に、南の山の溶岩洞窟の結界を抜けて、この平原に出る許可を与えた」
「ただし、主人になった者だけしか通れないようにはしておるがな」
「それでいつも一人だけでやって来ていたのですね」
マルセルは何故サンクス商会がいつも一人だけでやって来るのか不思議だったのだが、長の言葉で納得できた。
「この平原に最初に足を踏み入れたのは、あの洞窟を通って来た彼の先祖じゃったしな」
「本来なら、この平原はサンクス商会の持ち物になっていたかも知れんしの」
「ただ、奴にはそんな欲は無かったようで、たまたま出会った儂とも気が合ってな。奴が平原に来た時には必ず立ち寄って、話し相手になってくれた」
「じゃが、結界を解いたとなると、誰もがそこを通り抜けることが出来るようになるということだ」
「お前たちにはそれが脅威になるかも知れんと言うことだ。北の国との境のようにな」
「結界が解けた後のことを、よく考えておくといい」
「はい、わかりました。有難く心に留め置きます」
「すでに南の森の入り口には関所を設けてありますが、それに加えてどう対策するか考えます」
「うむ、先んずれば憂いなしじゃ」
「まあ、結界が解けたからと言って、簡単に通り抜けられるわけでもないがの。中は迷路のようなものだからな」
「そこを迷わず通れるのは、サンクス商会の主だけだ。とは言え、まぐれということもあるしの」
今度はマルセルが口を開いた。
「ついでにと言うのは失礼と思いますが、伺いたいことがあります」
「聴こうか」
「精霊の力を得た人間が、その力を使い切ってしまうと死んでしまうのはわかりました」
「力を使い切ってしまった後も、死なないようにすることは出来ないのでしょうか」
精霊はじっとマルセルを見つめていたが、静かに話し始めた。
「無理じゃろう。精霊の力を受け入れた者は精霊と同じ体質を持つようになる」
「一旦受け入れた力を全て使い切ると人は死んでしまう。それは人間に力を与えた精霊が、全ての力を使い切ってしまうと消えてしまうのと変わらん」
「これを正すことは儂にも出来ん」
「人にはお前たちのように、精霊の力を受け入れる器のようなものを持つ者がおる。その者が精霊から力を受け取るときに光るので、”聖女の証”を得たと大騒ぎするらしいが、これは精霊が力を失って消える瞬間に光るだけのことだ」
「その器の大きさで、受け入れられる精霊の数が決まるのだが、言い換えれば、器が大きければそれだけ多くの精霊を消せるということだ」
精霊の長はマルセルの方を向くと、もっと真面目な顔になった。
「さっきも言ったが、お主やファーナはこれまでどれだけの数の精霊を消したのだろうかの」
そして、マルセルの様子をじっと見つめた。
マルセルも、長の目をじっとみつめたままだ。
すると、長は急に楽しそうな顔に変わった。
「儂が思うに、お前さんが生まれた時には、お前さんの周りにいた精霊の半分は、一瞬に消えたと思うぞ」
「それが私の場合は光らなかったらしいですよ。そのせいで、シフォン家での問題が始まったわけだから」
「ふむ、お前さんの場合は、生まれ出る前から少しづつ貯まっていったと言った方が正しいのかも知れん」
「よほど、母親の精霊の力が大きかったのだろうよ」
「それでも、お前さんは受け入れる器が大きい。まだまだ入るだろう。残念ながら、それを満たせるだけの精霊が儂ら三人以外にはもうおらん」
「いや、もう二人になってしもうたの」
「あの娘、ファーナと言ったか、あれもなかなか面白い器を持っておるようじゃなぁ」
「精霊の力を使えるが、精霊の力を貯めることは出来ないようじゃ」
「それは、使えないのと同じじゃないですか」
「いや、精霊の力を持つ者がそばにいれば、その力を使うことが出来る。先ほどのようにな」
「もし、国中の聖女を、あの娘が束ねることが出来れば、全聖女の力を、あの娘は使うことが出来る」
「最後の一滴までな」
「その時はーー」
「手を貸した者全員は、間違いなく死ぬがの。そうすればーー」
「あの娘も死ぬ」
長があっさりと言う。
「それはまた、怖いですね。」
「じゃが、逆にーー」
「誰にも精霊の力をその娘に与え続けることが出来ないとなるとーーすぐさま精霊の力が枯渇して、あの娘は死ぬしかない」
「やはり、そうなりますか。今話された精霊と人間の関係を何とかして打ち切りたいと思っているのです」
「精霊の力を持つ者が、それを使うと自分の命を縮めるなんて、そんな馬鹿な話はありません」
「聞けば、精霊は新しい世界に移ることを望んで消えることを選ぶと言われましたが、人は精霊からみれば一瞬に過ぎない、たった一度だけの人生を全うしたいのです。それでもあなたたちの百分の一にも満たないのです」
話しているマルセルの目にはだんだん涙が溢れて来た。
「望んで精霊の力を使って命を縮めるのは覚悟の上のことですが、知らず知らずのうちに精霊の力で命を縮めることは、あってはならないのです」
「今の私にとって、早急に解決したい問題はファーナです」
「長のおっしゃるように、あの子は精霊の力を最大限に引き出すことが出来ますが、彼女自身には力を貯める器がありません。とっくに死んでいても不思議は無いのですが、彼女はまだ生きています」
「これは推測ですが、彼女は誰か、精霊の力を持った人から、生きていくのに必要な最小限の力を得続けて来たのではないかと思っています」
「その通りじゃ。誰からじゃと思う?」
「多分、ファーナのお母さまであるエレノア様」
「エレノア様が亡くなられた後は、養母となられたデノーテさま」
「デノーテ様が亡くなられた後は、養母の役を継いだ私にーー」
「そこにファーナの三人の娘が加わりました」
「ですから、今でも私の力を少しづつファーナに分け与えているのがわかります」
「私には、自分に残された力を使ってやるべき仕事がまだ残っています」
「ですが、これを成し遂げた後に、精霊の力は残らないかも知れません」
「いえ、自分の命のためにと理由をつけてまで残したくないのです」
「そうなるとファーナまで道連れにするんじゃないかと、それを常に案じて恐れていました」
「そして今、あなたがそうだと断言された」
「私が北の国の改革を決断できたのは、ファーナの三人の娘が”精霊の証”があると証明され、彼女たちにファーナを託すことが出来ると確信したからです」
「お陰で、私は自由にやりたいことが出来ました」
「ですが逆に、ファーナ親子には大きな制約が残ってしまいました」
「いずれ、あの中の誰かが、悲惨な運命に晒されるかも知れません」
「その後のことを他の人に頼めるにしても、人間の寿命は短く、いつまでそれを続けることが出来るかどうかわかりません。そんなことは繰り返したくないのです」
「先ほど、ファーナに力を貸していただいてなお、まだ余力があると言われました」
「大変身勝手なお願いになりますが、ファーナの命が尽きるまで、あなたの精霊の力を送り続けることを承知して頂けませんか」
マルセルは、精霊の長に向かって、深く頭を垂れた。
「シバー家の血を引くお前なら、いずれはファーナを助ける運命であったと思うぞ。シバー家は”祝福”の力が強いからの」
「お前がここまで育ったのは、ジャンヌの献身の力もあるが、目には見えずともミネルバの”祝福”が掛けられていたからだ」
「やはり、そうですか」
「加えてデノーテからもなーーじゃが、デノーテのあれは心底本物の愛から行われたものであってーー」
「彼女には多大な負担が掛かっていたと思うぞ」
それを聞いたマルセルの嗚咽に精霊の長は声を止めた。
ややあって、意を決した様子で長が静かに話し始めた。
「頭を上げるのじゃ。マルセル」
「まさか、儂にそんな依頼をしてくるとは思わなかった」
「お前の依頼を受けるとなると、少なくとも五十年ほどは、儂も消えるわけにはいかんということになるの」
「今にでも消えたいと思うとるのに」
「まあ、良いわ。承知した。五十年など、あっという間よ」
「それに、西の森の弟が言っていた、北の国から西の国に移った精霊とやらも気になるでの」
「その理由がわからんうちは、北の国に何か起こらんとも限らんからの」
「その責任は精霊の誰かが取らんといけんじゃろうて」
「お前の依頼を受けるとなると、儂はここを出てファーナについておる方が良いじゃろう。善は急げじゃ、さあ行こうか」
「本当ですか!ありがとうございます。でもここを離れてもよろしいのですか」
「守るべき結界は消えておる。ここにいても意味が無いではないか」
「それに、そろそろ儂も別なところに居を構えたい」
モードネス家に戻ったマルセルは、ファーナと三人の娘たちに南の森の精霊を引き合わせた。
マルセルはファーナに長と森で話したことを説明し、長がファーナの守護者になってくれることを伝えた。
「お陰で、楽しみが増えたというものじゃ」
そう言って、嬉しそうにファーナの三人の娘たちを見る。
彼女たちも長のそばを離れない。
「モードネス家の墓所についてじゃがーー」
喜ぶマルセルとファーナを前に、長が唐突に話し始めた。
「モードネス家の墓守は、儂の弟にあたるーーいや、生まれた順番がじゃよ。精霊には親など、おらんでな」
「奴は儂らには”三の兄”さんと呼ばれておったが、ここの初代と仲が良かったらしく、初代からはカールと呼ばれて喜んでおった、少々変わり者だ」
「あいつは名前をもらって墓守になったことに、大そう誇りを持っておったからの」
「当分辞める気は無いと思うぞ」
「儂らの言う”当分”は千年位かの」
「四百年、あそこの墓守を続けたということは、精霊としての力も大きいということだ」
「儂ほどでは無いがの」
「つまり、並の聖女じゃ太刀打ち出来んじゃろうて」
マルセルを指差した。
「お前さんでも、少し役不足かもしれんな」
今度はファーナを指差して言った。
「お前さんしかおらん」
「そうさな、お前さんがカールと手をつないで、「消えてちょうだい」とでも言ってみろ」
「カールの力は皆、お前さんに吸い取られてしまい、消えてしまう」
「うん、間違いない」
「そうすれば、精霊の墓守の居ない墓所の管理を続ける必要が無くなる」
「その代わり、今までのように精霊の助けを借りて墓所に棺を納めることは出来なくなるがの」
「ただの墓地になるということだ」
その言葉に皆がホッとしたが、精霊の長はファーナを見て続けた。
「ただ、お前さんは身体に精霊の力を残すことが出来ないようだから、彼奴が消えると同時にお前さんも死ぬことになるかも知れんぞ」
「少しでも、寿命を全うできる位の精霊の力が残せれば、問題ないのじゃが」
マルセルが身を乗り出して、長に言う。
「実は、峠の結界は私の力を使って、ファーナに再構築してもらいました。」
「その後もずっと、エレノア元王妃の代わりに、私がファーナに”祝福”を送っているのです」
「今はこの彼女の娘たちもその役目を担ってくれています」
「ですから私の力を使えば、それは問題ないでしょう」
精霊の長はふっとため息をついた。
「つくづく、お前さんは人のことしか考えておらんのう」
「わかった。ついでじゃ。モードネス家の墓所とやらの管理も、カールが消えた後は儂が引き受けよう」
「じゃから、モードネス家の呪いとやらに苦しんでおる者は安心すればええ」
「それに、まだ消えてしまいたい精霊が残っておるなら、ファーナに取りつくようにとも言っておこう」
「火のついた木くずを湖に投げ込むようなものじゃ、誰も被害は受けん」
「ファーナが精霊の力を使いたいときは、遠慮なく儂を使ってくれ」
「常にそばにおるでの」
「心配せんでも、儂の力はすごいでのう」




