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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第三十二章 決闘遊戯
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第二三一話 開始

・前回までのあらすじ

エリーゼとの決戦に際して、これまでとは違う装備と武装にて臨むオランジュ。勝利した暁には更なるステージを目指すとマルセルに告げる。

エリーゼも全身に『強化外殻』を装備した姿で闘技場に姿を現し、観覧席の貴族達を驚かせる。

 左右に大きく開け放たれた巨大な鉄扉。

 その奥より続く通路から、目も眩むほどの美貌を誇る娘が歩み出て来る。

 優美さと妖艶さが混在する豊満にしてしなやかな肢体は、輝くほどに神々しい。

 ブロンドのロングヘアが、煌めきながら優雅に波打つ。

 ゆっくりと歩を進める姿は、一個の芸術作品として完成していた。


 円形闘技場『グランギニョール』に於いて一〇年無敗の序列第一位。

 至高のコッペリア――『レジィナ・オランジュ』の入場だった。


 貴族達は椅子から立ち上がると、大歓声にて『レジィナ』を迎え入れる。

 が、その歓声の半分はどよめきであり、驚愕の色で染まっていた。

 それは、仕合に臨むオランジュの姿を見ての事だった。


 今までの仕合は全て、白いシュミーズドレスを纏い、木の棒を装備して入場していた。

 しかし今日の仕合は違う、初めて見る衣装と装備だ。

 美々しい肢体を包むのは、紅い刺繍の施された光沢を放つダーク・グレーのドレス。

 足元も素足では無く紅い革ブーツ、くびれたウエストには紅い革ベルト。

 胸元は紅色のバック&ブレストの革鎧で覆われている。

 何よりも眼を惹くものは、両手に一本ずつ携えられた、鋼鉄製の槍だ。

 それも柄頭が無く、両端共に穂先となっている双頭槍。

 紅い槍と鋼色の槍の二本。

 双頭双槍を装備しての入場だった。


 この装備の変更が何を意味するのか、貴族達は興奮し切った頭の片隅で妄想する。

 エリーゼを強敵とみなしての対応か。

 或いは、圧倒的な力の差を見せつける為の装備か。


 様々な憶測が飛び交う闘技場内に、再び強烈な熱が満ち始める。 

 オーケストラ・ピットの管弦楽団も、新たな旋律を紡ぎ始める。

 更に青いドレスを纏うマスク姿の女が、高らかに声を発した。

 

 出でよ! 冠絶の『レジィナ』!

 出でよ! 卓絶の『レジィナ』!

 闇斬り裂きしは至高の一閃! グランマリーの威光を示さん!

 神の意思秘め臨みしは死線! グランマリーの威信を示さん!


 天より差し込む光の如くに眩いソプラノ・ヴォイスが、貴族達の耳を惹きつける。

 その歌声に導かれ、貴族達もまた陶然とした表情で歌い始める。


 嗚呼、聖女・グランマリーよ! 我らに彼の者遣わせし御業に感謝を捧ぐ!

 嗚呼、聖女・グランマリーよ! 我ら伏して聖なる汝の御業に感謝を捧ぐ!

 出でよ! 冠絶の『レジィナ』!

 出でよ! 卓絶の『レジィナ』!

 闇斬り裂きしは至高の一閃! グランマリーの威光を示さん!

 神の意思秘め臨みしは死線! グランマリーの威信を示さん!


 降り注ぐ混声大合唱の中、レジィナ・オランジュは悠然と歩き続ける。

 普段とは違う装備ではあっても、普段と変わらぬ自然体のままに歩を進める。

 程無くして円形闘技場中央に辿り着き、エリーゼと相対したところで立ち止まる。

 向かい合う二人の距離は、およそ六メートル。

 オランジュはエメラルドグリーンの瞳にエリーゼを映し、嫣然と微笑んだ。


「待たせたかしら? お姉様」


「御構い無く」


 エリーゼと視線が交錯する。

 と、オランジュは微かに眉を顰めた。


「その『強化外殻』――先の仕合で負った傷は、やっぱり癒えてなかったのね?」


「問題ございません」


 投げ掛けられた問いに、エリーゼは短く返答する。

 オランジュは寂しげな笑みを浮かべたまま続けた。


「出来る事なら『伝承』通りのお姉様と闘争を愉しみたかった」


「……」


「そう、戦場に於いては『独足の馬』を駆り、『深紅の衣』を纏い、圧倒的な『魔力』を用いて敵を討つ……そんなお姉様とね?」


「――『この世界』に、その様な『伝承』はございません」


 エリーゼの返答は先ほどと同じく、やはり短い。

 ただ――その声に滲む僅かな抑揚は、或いは寂寥の色であったかどうか。

 オランジュは軽く首を振り、息を吐きながら言った。


「そうね……お姉様の言う通り『この世界』には無いのかも知れない。でも私は、お姉様との仕合を終えてから、己が力で『神話』を綴ろうと思う――」


 言いながらオランジュは、右手に携えた双頭槍を軽く旋回させ、肩に担ぐ。

 次いで左手の双頭槍も旋回させ、自身の背後にて垂直となる形に構え直す。


「――偽る事無く、作法を踏まえさせて貰うわ。私は『オランジュ』。前世は水辺で憩う鳥、ヴァッサフォーゲルに非ず……異界の戦場にて千の破壊と万の殺戮を司りし『モリグナ』。いずれこの世を戦火に染め上げる『三柱』が一人」


 残酷なほど整い尽くした美貌に浮かぶ笑みが深まる。

 エリーゼはオランジュを見据えたまま、作法に応じた。


「私は『エリーゼ』。前世は夜鳴ウグイス、ナハティガル……求道者を惑わせし精霊にございます」


 これまでと変わらぬエリーゼの言葉に、オランジュは小さく頷く。


「……良いわ、『真名』は名乗らずとも良い。私だって未だ何者でも無いに等しい、異界の伝承通り、この世を『戦乱』の宴へ導いてこそ、私は『モリグナ』足り得るもの」


 互いに言葉を交わす間も、管弦楽団の演奏と貴族達の合唱は終わらない。

 円形闘技場内に満ちた熱を、片時も下げたくないと感じているのかも知れない。

 しかしオーケストラ・ピット脇の演壇に、司会進行を務める初老の男が駆け上ると、響き渡る演奏と共に、貴族達の歌声も搔き消える。

 が、辺り一帯に立ち込める熱気と狂喜の気配は消えない。

 貴族達の期待と熱望が、ボルテージの低下を拒否しているのだ。

 初老の男が、演壇上の伝声管に向かって叫んだ。


「お待たせ致しました! 只今より、ガラリア皇帝陛下・第二皇子! エリク・ドミティウス・ドラージュ・ガラリア様が主催! 序列再編・特別トーナメント決勝戦を! 執り行います!」


 絶叫にも似た宣言に、観覧席の貴族達も喜色満面の笑顔で応える。

 男は額に汗を滲ませながら、貴族達の興奮を煽る様に叫び続ける。 


「まずは、西方門より出でし戦乙女っ! 強敵難敵全て退け! 連戦連勝不敗の娘! 遂に頂点へ手を掛けるか!? 魔法の如き刃の閃きは縦横無尽! 今宵は白銀の鎧にその身を包んでの登場! グランギニョール戦績四戦四勝! 衆光会代表! エリィイイイイゼェエエッ!!」


 エリーゼの名が高々に告げられると同時に、貴族達の大歓声が爆発する。

 顔を紅潮させ、口を大きく開き、何千という貴族達が腹の底から絶叫している。

 その狂乱を更なる高みへ誘うように、演壇の男は腕を振るうとオランジュを示した。


「――そして、東方門より出でし戦乙女! 極限の美と威を以て『グランギニョール』の頂点に君臨し続ける無敗無敵の女王! グランギニョール戦績四十五戦無敗! マルブランシュ研究所所属! オォラァンジュゥウウウウッ!」


 明確に大気が震え、闘技場内の熱が更に上昇する。

 大歓声は大瀑布の勢いで、闘技場の円蓋天井に乱反射して木霊する。

 司会の男は演壇に両手を着き、伝声管に向かって、改めて叫んだ。 


「トーナメント決着は次の三つ! 損壊沈黙即敗北! コッペリアによる敗北宣言! 介添人による敗北宣言! この三つを以って決着となります!」


 熱に浮かされた様な貴族達だったが、このアナウンスを受けて次第に鎮静化し始める。

 皆、知っているのだ。

 決着に関するルール説明が終われば、すぐに仕合が開始される事を知っている。

 故に貴族達は皆、仕合開始に備えて口を噤むのだ。

 沈黙の状態を敢えて受け入れ、熱狂という解放の瞬間まで焦れて待つのだ。


「それでは、お互いに構えて!」


 静けさを取り戻した円形闘技場に、司会進行を務める男の声が響く。

 開始直前を示す言葉だ。

 その言葉を受けて会場内全ての貴族達は、完全に沈黙する。

 闘技場内に満ちる沈黙は、驚くほどの熱に満ちていた。

 不用意に近づけば、肌が焼けるほどの熱を帯びていた。


 粘着質な熱気の中、オランジュとエリーゼは六メートルの距離を挟み、対峙している。

 構えという声が聞こえているのかどうか、互いに自然体のまま起立している。

 白銀の鎧に身を包むエリーゼは、両腕を左右にゆったりと垂らしたまま動かない。

 ダークグレイのドレスを纏うオランジュは、右の双頭槍を肩に担いだまま動かない。

 いずれも構えず、しかしこれが構えであるという事か。


 否、これまでの仕合もそうだった。

 エリーゼも、オランジュも、共に身構える事無く仕合に臨んでいた。

 その事は、観覧席に居並ぶ貴族達も知っている。

 身構える事無く、それでもあらゆる攻防に即応する。

 それがエリーゼとオランジュであると、その様に認識していた。


 今宵もまた二人は、身構える事無く構えている。

 己が意を表す事無く、その瞬間に備えている。


 その瞬間を見逃さんと、観覧席の貴族達も、固唾を飲んで見守っている。

 渾身の力でギリギリと引き絞られてゆく、鋼で造られた弓の弦を見守るかの様だ。

 闘技場内の空気が、緊張感に満ちて行く。

 極限まで緊張の糸が、張り詰めてゆく。


 エリーゼが先手を取るのか。

 オランジュが討って出るのか。

 いずれが勝利するのか。

 いずれが地に伏すのか。

 次の瞬間、司会の男が絶叫した。


「始めエッ……!!」


・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。

・レオン=孤児院「ヤドリギ園」で働く練成技師。エリーゼの後見人。

・カトリーヌ=グランマリー教のシスター。レオンのアシスタントを務める。

・シャルル=貴族でありレオンの旧友。レオンよりアーデルツを預かっていた。

・ヨハン=シュミット商会の代表。マルセルの再来と呼ばれる程、腕が立つ。

・ドロテア=ヨハンが錬成したオートマータ。エリーゼのサポートを行う。


・マルセル=達士アデプト、天才と呼ばれる錬成技師。レオンの実父。

・ベネックス所長=レオンの古い知人で実の姉。有能な練成技師。

・オランジュ=マルセルが錬成した最強のコッペリア。『レジィナ』の称号を持つ。

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