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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第三十二章 決闘遊戯
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第二三二話 魔法

・前回までのあらすじ

闘技場にて相対した『グランギニョール』序列第一位の『レジィナ』オランジュと、全身を『強化外殻』で覆ったエリーゼ。同一存在である二人は、二人にしか解らぬ己が魂の在り方を示し、共に必勝を誓うのだった。

 仕合開始を告げる声が、円形闘技場内に響き渡る。

 その声に合わせて観覧席の貴族達も、一斉に歓声を上げようとする。

 が、それは叶わなかった。

 エリーゼとオランジュ、対峙する二人のコッペリアが共に動かなかった為だ。

 仕合開始の声を受けて、いずれも一気呵成に踏み込む事無く、静止している。


 オランジュは左右の双頭双槍を構えつつも、ごく自然に起立したまま。

 エリーゼに至っては、白銀の鎧に包まれた両腕を下方へ垂らしたまま。 

 まったく動こうとしない。

 

 とはいえ、こういう状況が珍しいという事は無い。

 命を賭けた必殺の仕合だ、慎重な立ち上がりになる事もある。

 居並ぶ貴族達も、この状況を訝しみ、歓声を上げなかったのでは無い。

 むしろ、動かぬ二人の間に満ちた苛烈な緊張感に圧倒され、黙しているのだ。

 

 どの様なタイミングで動くのか。

 互いに相手の隙を伺っているのか。

 どちらが先手を取るのか。

 様々な想いを孕んだどよめきが、観覧席に広がり始める。

 どよめきに不満の色は無い。

 濃縮された興奮が、漏れだしたどよめきの中に充満していた。

 

 ――と、その時。

 エリーゼが静かに動いた。

 両脚を揃えて立ち、背筋を伸ばしたまま、両の腕を左右に大きく開いたのだ。

 早くも無く、遅くも無く。

 その佇まいも相まって、白鳥が緩やかに羽根を開く様子を想起させた。

 

 しかしそんな優美なイメージは、耳鳴りの如く幾重にも連なる風切り音が掻き消した。

 高く低く不穏に響き、周囲に無数の矢が降り注いでいるのかと錯覚しそうなほどだ。

 当然そうでは無い。

 エリーゼの背中に装備された円盤状の特殊武装――『ドライツェン・エイワズ』。

 その円盤に備わる八本の小型金属アーム先端部より紡ぎ出された、極細のフック付きワイヤーが、空間を縦横自在に駆け巡る音だ。

 軽やかに踊るエリーゼの両腕と指先が、八本のワイヤーを操作している。

 目を凝らせば、煌めく幾筋ものワイヤーの閃きが見える筈だ。


 そして何時しかエリーゼの周囲には、輝きを帯びた半透明の球体が浮かんでいた。

 数にして八つ。

 それらはエリーゼの大腿部を覆う『強化外殻』のスロットより抜き取られた武装――スローイング・ダガーだ。八本のスローイング・ダガーを、八本のフック付きワイヤーで抜き取り、そのまま空中にてジャグリングの様に高速旋回させる事で、浮遊させていた。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 西側入場門脇に設けられた、介添え人達の為の『待機スペース』。

 闘技場のエリーゼを見守るレオンは、自身の身体に負荷が掛かるのを感じていた。

 鉛の様に重く冷たい掌で、両肩を抑えつけられている様な感覚だ。

 理由は、はっきりしている。

 エリーゼが初手から八本ものスローイング・ダガーを使用した為だ。


 左義肢に内蔵された『知覚共有処理回路』を介して、神経に負荷が掛かっている。

 とはいえ、これまでの様に、眩暈や吐き気を覚えるという事は無い。

 背後のベンチに控えているドロテアとシスター・カトリーヌのおかげであり、そしてヨハンが用意した『強化外殻』のおかげだ。

 二重、三重に施された対策によって、レオンに掛かる負荷は適切に制御されている。

 また、エリーゼ自身に掛かる負荷も『強化外殻』を装備した事で軽減されている。


 しかしエリーゼが仕合開始と同時に、八本ものダガーを用いるのは初めての事だ。

 相対するオランジュが、それほどの相手であるという事か。

 いや当然だろう、相手は一〇年無敗の序列第一位――『レジィナ』だ。


 そして何よりも警戒すべきは、オランジュが有する特殊な『能力』にある。

 『体内エーテル』の『錬成的概念』を利用し『時間』と『可能性』に干渉する――

 この真贋定かならぬ恐るべき能力が、事実であるとするなら。

 接近も交錯も危険であるという事だ。


 故に八本ものダガーを用いた波状攻撃を選択したか。

 確かに負荷は掛かるが、この選択が最良だろう。

 離れた位置での攻防に徹したなら、オランジュの『能力』を制限出来るかも知れない。

 レオンは鉄柵を掴んだまま、エリーゼの姿を見つめていた。


 ◆ ◇ ◆ ◇


「それがお姉様の編み出した『魔法』――」


 エリーゼの前方六メートル。

 ダークグレイのドレスを纏ったオランジュが呟く。

 左の双頭槍を肩に担ぎ、右の双頭槍を背に沿わせ、その構えは脱力している。

 

「――『伝承』通りなら、お姉様は『魔力』のみで大軍勢を討ったのだとか」


 微笑みを口許に湛えたオランジュは、構えを解く事無く、ゆっくりと歩き始める。

 ドレスの裾が僅かに波打つ程度の、春の野原を行くかの如き軽い足取りだ。


「でも『この世界』でそれは叶わない……何故なら『伝承』を実現する術が無いから」


 不意に、鮮烈な風切音が響いた。

 音はオランジュの言葉を断ち切るかの如く、高く、低く、不穏に流れる。

 見据える先では白銀の鎧を纏うエリーゼが、両腕を大きく躍らせている。

 羽ばたく様に腕を撓らせ、慰撫する様に指を波打たせている。

 気づけばエリーゼの周囲に浮遊していた八つの光球は、八本の光る帯と化し、空中に危険な刃のラインを描き上げていた。


 次の瞬間。

 八本のラインは一斉に、歩み寄ろうとするオランジュ目掛けて殺到した。


 最初の一本は胸元へ。

 次いですぐに眉間へ。

 更に左右から弧を描いて三本ずつ、脇腹と大腿部目掛けて放たれていた。

 ごく僅かずつタイミングがズレているのは、纏めて薙ぎ払われぬ為か。

 いずれにせよこの攻撃は、身体の八か所へ立て続けに撃ち込まれる光線に等しい。


 かつて対戦した相手は、エリーゼの多重波状攻撃に対し、いかに対処したか。

 ナヴゥルは周囲に漂わせた『エーテル』を利用して、ダガーの動きを把握していた。

 グレナディは圧倒的な『視覚』を武器に、飛来するダガーを全て弾き飛ばしていた。

 シスター・マグノリアは研ぎ澄まされた『勘』と『経験則』を以て捌き切っていた。

 ならば『レジィナ』オランジュは、どの様に対応するのか。


 オランジュは、背に沿わせていた右の双頭槍を半回転させると、前方へ差し出した。

 決して素早い動きでは無かった。

 ただ、驚くほどに正確な動きではあった。

 その先端で、小さく火花が散った。

 オランジュの胸元へ向けて放たれたダガーに、穂先で触れたのだ。

 刹那、オランジュの周囲で立て続けに火花が飛び散り、後方へと流れて消えた。

 火花の数は八つ。

 いったい何が起こったのか。

 その様子を、エリーゼの眼は全て捉えていた。


 まず、胸元を狙うダガーに槍の穂先が差し伸べられた。

 切っ先と穂先が接触するや否や、ダガーは火花と共に上方向へと弾けた。

 勢い良く弾け飛んだダガーは、眉間を狙って飛来する二本目のダガーに接触する。

 硬質な音が響き、火花が明滅し、接触した二本のダガーは左右へ弾け飛んだ。

 弾けた先には左右より三本ずつ――計六本のダガーが迫っていた。

 ――が、これらダガーに弾けたダガーが接触。

 その接触が呼び水となり、更に二本、三本と接触が連鎖する。

 途端に複数の火花が飛び散ると、ダガー六本の軌道が次々と逸れてゆく。

 つまり放たれた八本のダガーは全て如何ともし難く、飛散したという事だ。

 右手の槍を前方に差し伸べた姿勢で立ち止まったオランジュには、掠りもしない。


 一連の流れはドミノ倒しの様でもあり、しかし有り得ぬほどの偶然に彩られていた。

 そう――狙って行える事柄の上限を超えた現象だ。

 つまりはこれが――


「――解るかしら? これが『伝承』を実現させた私の『魔法』なの」


 オランジュは愉しげに告げた。

 その美貌には、穏やかな木漏れ日の如き微笑が浮かんでいた。

・オランジュ=マルセルが錬成した最強のコッペリア。『レジィナ』の称号を持つ。

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。


・レオン=孤児院「ヤドリギ園」で働く練成技師。エリーゼの後見人。

・カトリーヌ=グランマリー教のシスター。レオンのアシスタントを務める。

・シャルル=貴族でありレオンの旧友。レオンよりアーデルツを預かっていた。

・ヨハン=シュミット商会の代表。マルセルの再来と呼ばれる程、腕が立つ。

・ドロテア=ヨハンが錬成したオートマータ。エリーゼのサポートを行う。


・マルセル=達士アデプト、天才と呼ばれる錬成技師。レオンの実父。

・ベネックス所長=レオンの古い知人で実の姉。有能な練成技師。

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