第二二九話 出撃
・前回までのあらすじ
『グランギニョール』再編トーナメント決勝戦当日。円形闘技場に入場したところで、決勝戦の相手であるマルセル達と邂逅したレオンは、複雑な想いを胸に抱いたまま控え室へ向かう。そのまま決勝戦の準備に取り掛かったところでエリーゼが、マルセルに対して感じていたこれまでの違和感について語り始める。マルセルは自身にとって有益な情報を得るべくレオンに、情報窃取機能が内蔵された『差分解析機』を提供しているのではと推察する。
闘技場のバルコニー席から、前座の仕合を確認していたシャルルが控え室に戻った。
メインの仕合まで残り三仕合、あと一時間ほどで入場だろうと告げた。
シャルルの報を受け、レオンはソファに腰を下ろすエリーゼへ声を掛ける。
「そろそろ外殻を装着しよう」
頷き応じたエリーゼが立ち上がろうとすると、すぐにカトリーヌが手を貸した。
衝立奥の診察スペースへ移動し、エリーゼの脱衣を手伝う。
ワンピースドレスを脱いで肌を晒したエリーゼは、簡易ベッドの縁に腰を下ろす。
ドロテアが金属製のキャリーケースを運んでくる。
レオンがケースを開き、ケース内に納まる『強化外殻』のパーツを確認する。
そのままカトリーヌと共に、外殻の装着を開始する。
腰部から脊椎、肩、腕部、脚部に沿って、可動式の金属フレームが取り付けられる。
腰部のフレームには体内の濃縮エーテルを圧縮して蒸気と化す小型炉が存在し、フレーム関節部にはフレームを可動させる為のシリンダー群と無数の歯車が、更にはエリーゼの身体とリンクさせる為の接続用プラグが幾つも設けられていた。
それらプラグをエリーゼの身体に埋め込まれたソケット部へ固定する事で、金属フレームを自在に操作する事が可能となる。
可動位置を調整しつつフレームの接続を終え、次いで内部装甲パーツを取り付ける。
内部装甲は捻りや歪みにも対応出来る様、薄い装甲板が蛇腹状に組み合わさっており、その繊細な構造は質の高い美術品の様にも映った。
各部位ごとに丁寧に、レオンは小型のラチェットレンチを用いて装備する。
程無くしてエリーゼの小さな全身は、爪先から指先まで鈍く光る装甲板に包まれる。
ここまでの作業を終え、傍らに跪くレオンが声を掛ける。
「状態はどうだ、エリーゼ」
真っ直ぐに起立するエリーゼは、軽く指先の動きを確認する。
次いで脚を持ち上げ、両腕で折り畳んだ膝を胸に抱え上げる。
更に肩を回し、ストレッチする様に腕をクロスして伸ばす。
「可動、挙動、共に問題ありません」
短く答えたエリーゼは、再び元の姿勢に戻る。
腰部から白い蒸気が漏れ、肩甲骨周辺を覆うシャフトと装甲が微かに震える。
背中の中央部は装甲に覆われておらず、白い背中が露出している。
そこは特殊武装『ドライツェン・エイワズ』を装備する為のスペースだ。
「このまま外部装甲も装着する」
レオンはそう告げると、白銀の外部装甲をエリーゼに取り付け始める。
滑らかな曲面で構成された装甲は薄くとも強固であり、単純な斬撃などは通さない。
また、全てのパーツが軋み擦れる事無く配置されており、稼動時も驚くほどに静かだ。
これほどの精度を誇る『強化外殻』は二つとあるまい。
外殻を錬成したヨハンの腕が、余人の及ばぬ高みに到達している事を示していた。
この圧倒的とも言うべき完成度の外殻を、レオンは正確に装着してゆく。
ミリ単位の狂いも無く丁寧に、慎重に、ただし手早く装甲板を組み上げてゆく。
程無くしてエリーゼの全身は、白銀に鈍く光る甲冑に包まれる。
一見、中世代の騎士が装備した甲冑を髣髴とさせるが、しかしその外観は流麗だ。
エリーゼのしなやかな肢体に沿って連なる曲線構造は、妖艶とも思えた。
最後にレオンは、特殊武装『ドライツェン・エイワズ』を用意する。
機械式時計を彷彿とさせる、重さ八キロの重厚な金属円盤だ。
天面部は強化ガラスで覆われ、内側で組み合わさる幾つもの歯車が確認出来る。
その側面部にはバイオリンネックにも似た小型の金属アームが八本。
八本のアームそれぞれから、フック付きの特殊ワイヤーが紡ぎ出される仕組みだ。
レオンはカトリーヌの手を借り、身を屈めたエリーゼの背中へ慎重に武装を装着する。
『ドライツェン・エイワズ』を装備したエリーゼは、八本の金属アームを自在に動かし、神経接続の具合を確認する。
その間にレオンはソファセットへ近づき、卓上の革ベルトを手に取る。
先ほどエリーゼが手慰みに弄んでいた、スローイング・ダガーの納まる革ベルトだ。
エリーゼはレオンからベルトを受け取ると、スローイング・ダガーを取り出す。
そして左右の大腿部に、八か所ずつ設けられた専用スロットへ収納する。
最後にエリーゼはキャリーケースより、長さ六〇センチのブロードソードを手に取る。
その時、控え室出入口のドアがノックされた。
レオンが応じると『衆光会』の職員が顔を覗かせ、入場時刻である事を告げる。
「行こうか」
入場要請を受け、レオンは振り返ると皆に声を掛けた。
カトリーヌは頷き『小型差分解析機』を抱える。
ドロテアもヨハンと共に、ソファから立ち上がる。
エリーゼは腰の接続部位にブロードソードを装備しながら答えた。
「はい、ご主人様」
そのまま控え室のドアへ向かって歩き出す。
レオンとカトリーヌが後に続く。
「僕はエリーゼ君が勝利する様子を、ダミアン卿と観覧席から見守るよ」
ヨハンは背後から、その様に声を掛ける。
更にドロテアへ、レオン君とエリーゼ君のサポートを頼む――その様に伝える。
立ち止まったドロテアは首肯し、固めた拳を示して見せるとエリーゼ達の後を追った。
◆ ◇ ◆ ◇
エリーゼとレオン、カトリーヌとドロテアは、仄暗い地下通路を歩き続ける。
程無くして闘技場の入場扉が見えて来る筈だ。
「――シスター・カトリーヌ、この仕合は」
「……えっ? うん……なに?」
不意にエリーゼが言葉を発した。
名を呼ばれたカトリーヌは、僅かに戸惑いつつも応じる。
エリーゼは続けた。
「この仕合は『マリー直轄部会』の要請により『決死決着』以外は認められぬ――その様に決定されております」
「……」
それはカトリーヌも把握している事柄だった。
本来ならばラークン伯との間に発生していた金銭トラブルが解決し、エリーゼは仕合に出ずとも良い筈だった。
しかし『マリー直轄部会』より、エリーゼの体内で機能しているであろう禁制品――『タブラ・スマラグディナ』の使用を指摘され、エリーゼの身柄を引き渡すか、或いは特例としての生存を認めて欲しければ、同じく『タブラ・スマラグディナ』使用の嫌疑が掛かる『レジィナ・オランジュ』を仕合にて討ち果たし、証拠を入手せよ――その様に申し渡されていた。それは『レジィナ・オランジュ』を確殺せよと命じられたに等しい。
これまでエリーゼは、カトリーヌと『ヤドリギ園』の子供達に『業』を背負わせぬ為、可能な限り不殺による勝利を目指していた。
それが叶わぬ以上エリーゼは、必殺の意志を以て仕合に臨む必要があった。
「どうか仕合の最中、闘技場をご覧になりませぬよう。全て私が事を納めます故――」
前を向いたままエリーゼは、自身の想いを口にした。
しかし、カトリーヌがその言葉を否定する。
「それは違うよ、エリーゼ」
エリーゼは足を止めて振り返る。
カトリーヌは振り返ったエリーゼの瞳を、真っ直ぐに見つめる。
「前にも一度言ったけれど……その時は覚悟が無かった。だからもう一度言うね?」
「……」
「私も一緒に『業』を背負うよ」
「……シスター・カトリーヌ」
「もう何があっても逃げない。エリーゼの隣りには、いつも私がいるからね」
カトリーヌは胸元に右手を添えて、そう言った。
エリーゼは微笑むと小さく頷き、再び歩き始める。
「これほどの誉、エリーゼは幸せ者にございます」
前方を見据えたまま静かに応えるエリーゼの瞳は、紅い宝玉の様に煌めいていた。
・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。
・レオン=孤児院「ヤドリギ園」で働く練成技師。エリーゼの後見人。
・カトリーヌ=グランマリー教のシスター。レオンのアシスタントを務める。
・シャルル=貴族でありレオンの旧友。レオンよりアーデルツを預かっていた。
・ヨハン=シュミット商会の代表。マルセルの再来と呼ばれる程、腕が立つ。
・ドロテア=ヨハンが錬成したオートマータ。エリーゼのサポートを行う。
・マルセル=達士アデプト、天才と呼ばれる錬成技師。レオンの実父。
・ベネックス所長=レオンの古い知人で実の姉。有能な練成技師。
・オランジュ=マルセルが錬成した最強のコッペリア。『レジィナ』の称号を持つ。




