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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第三十一章 決戦直前
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第二二八話 漏洩

・前回までのあらすじ

『グランギニョール』再編トーナメント決勝戦当日。全ての準備を整えて、レオン達は『グランギニョール円形闘技場』へ向かう。しかし駆動車にて敷地へ乗り入れて下車したところで、あろう事か決勝の相手、マルセルたちと遭遇してしまう。

レオンとマルセルは過去の因縁を踏まえた上で、対立姿勢を崩す事無く互いに反発し合い、そしてオランジュはレオンとの思い出について語り、ベネックス所長は短く別れの言葉を口にするのだった。

 『グランギニョール』序列再編トーナメント、決勝戦。

 序列一位『レジィナ・オランジュ』との仕合を、数時間後に控えた闘技場の控え室。

 エリーゼは診察台の縁に腰を降ろし、外殻除装作業を受けながら言う。

 詳細な交戦記録を得る為に、マルセルは自分とレオンを引き合わせたのでは無いかと。


「……交戦記録を得る為?」


 エリーゼの言葉を、レオンは低く繰り返す。

 二人の会話に耳をそばだてていたカトリーヌは、不安げな表情を浮かべる。

 傍らに立つヨハンが口を開いた。


「確かにマルブランシュ氏は『グランギニョール』の立役者だ、毎回エリーゼ君の仕合を観戦していたと思うし、彼ほどの優れた錬成技師なら当然、そこから何かしら得るものがあるだろう。殊更に違和感を覚えるほどの事では無いと思うが……」


 ヨハンの意見には、レオンも同意出来た。

 ただ、エリーゼの思惑は違うのだろう。

 エリーゼは小さく頷き、すぐに返答した。


「ご主人様との会話でお父上は『十二分に満足出来る情報が得られた』と、仰いました。それが言葉のあやだとしても、自身が有する『オランジュ』と私の仕合を観る前に『十二分に満足出来る情報が得られた』と発言するかどうか――そう感じたのです」


「……」


「仮に『オランジュ』の圧勝を予想しての言葉なら、そもそも私に関する『満足出来る情報』など端から不要……なぜなら私の『複製』であり同種同質の『オランジュ』が、既に完成しているのですから」


 言われてみれば、その様に感じる。

 或いは仕合後『オランジュ』に戦闘経過を確認すれば、観戦以上の情報も得られる。

 勝利すればという前提はあれど、敗北を想定して仕合に臨むまい。

 なんにせよ、エリーゼとの直接対決を軽視する態度は奇妙だ。


「では……エリーゼ君は、どういう方法と考える?」


 再びヨハンが問う。

 その表情は幾分険しい。

 エリーゼは淡々と応じる。


「仕合を確認するまでも無く、満足に足る情報が既に得られている、そう仮定するなら――仕合を通じて情報を得てはおらず、別の方法で情報を得ている、その様に感じます」


「別の方法?」


 レオンが尋ねる。

 エリーゼはレオンを見つめて答えた。


「例えば――ご主人様が所有する『工房』、そして『蒸気式精密差分解析機』は、お父上より譲渡されたものを利用していると……その様に以前、お聞きしました」


「……」


「それとは別に、『神聖帝国ガラリア』では、モルティエ様のお父上の尽力で『電信』『電話』の技術が、他国を凌ぐほど発展していると聞き及びます」


「……」


「その発展は『コッペリア・グレナディ』との仕合で強く感じました。『電信』『電話』技術を経て辿り着いた『千里眼』の能力は、私の想像を大きく超えており……更にその技術を独自に解釈、応用し、ご主人様は『知覚共鳴処理回路』を開発しました」


「……端的に言って欲しい、どういう意味かね」


 ヨハンが低く問い掛ける。

 エリーゼはヨハンに告げた。


「例えば……ご主人様が使用する『蒸気式精密差分解析機』に、『電信』的な錬成機器が、密かに仕込まれているのだとするなら――」


「なっ……」


「――『コッペリア・グレナディ』、『ドロテア』、ご主人様の『右義肢』、いずれも内蔵される情報交換用の錬成機器は驚くほど小さなもの、これが『蒸気式精密差分解析機』内部に取り付けられているとしたなら……」


「待ってくれ! そんな事は突拍子も無さ過ぎる……僕は納得出来ないよ、エリーゼ君」


 遮る様に反論するヨハンの声に、微かな怒気が滲む。

 怒りを覚えるのも無理は無いとレオンは思う。

 ヨハンは『シュミット商会』設立に際し、マルセルの援助を受けている。

 ただ、その事以上にヨハンは、常日頃から錬成技師マルセルを高く評価し、敬意を払っていた。レオンとの対立、エリーゼの存在を知った後も、その姿勢は変わらなかった。

 だからこそエリーゼの考察は、マルセルに対する重大な侮辱と感じたのだろう。


「――いえ、私の考え過ぎかも知れません、失礼致しました」


 ヨハンの想いにエリーゼも配慮したのか、謝意を示し眼を伏せる。

 だが、レオンはエリーゼの言葉を否定し切れない。

 マルセルの順法意識の低さと倫理観の欠如を、知っているからだ。

 もし先の話が事実だった場合、恐ろしい問題が浮上するのではと考える。


 マルセルが行っている『錬成科学』発展の為の支援事業。

 才気溢れる新進気鋭の錬成技師に対してマルセルは、『錬成機関院』にも協力を要請し、高額な『蒸気式精密差分解析機』を無償提供するといった、破格の慈善活動を行っている。

 過去、マルセルより『蒸気式精密差分解析機』を贈られた錬成技師は四〇名以上。

 ヨハンの『シュミット商会』に対して行われた支援も、この事業によるものだ。

 故にヨハンが不快感を示すのも解る、解るがしかし。

 レオンはエリーゼが示した可能性を否定出来なかった。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 エリーゼは灰色のワンピースドレス姿のまま、ソファに腰を下ろしている。

 左手で鋼鉄のスローイング・ダガーを、手慰みに弄んでいる。

 伸ばした人差し指の先にダガーを乗せて、親指で弾いては回転させる。

 エリーゼの指先で回転するダガーは、半透明に煌めく円盤と化す。

 その様子を黙したまま、紅い瞳で見つめている。

 思えば仕合直前の控え室で、エリーゼは時折、この手遊びを繰り返していた。

 その様子をレオンは覚えている。

 口許に微笑みを浮かべながら、指先のダガーを見つめていた気がする。

 ――が、今日のエリーゼは微笑みを浮かべる事無く、ダガーを弄んでいる。

 これまでの仕合とは状況が違う為か。

 それとも『アーデルツ』の想いが関係しているのか。


「エリーゼ君、少し良いかね?」


 その時、傍らに立つヨハンがエリーゼに声を掛けた。

 エリーゼは回転するダガーを、親指と人差し指に挟んで止めると顔を上げる。


「はい、モルティエ様」


「今回、僕が用意した『強化外殻』は、現時点での最高品質だと自負している。そしてエリーゼ君は幾人もの強敵をこれまでも退けている、だから僕は、今回もエリーゼ君の勝利を確信している。間違い無く戦勝して戻る、これを確信している」


 ヨハンは右手を自身の胸元に沿え、宣誓するかの様に告げた。

 更に続ける。


「だから、敢えて仕合後の話をしたい。仕合後、先ほどエリーゼ君が示した事柄について、考察の余地が欲しい。もし許されるなら、エリーゼ君が……そしてレオン君が知る、マルブランシュ氏についての情報を聞かせてくれ」


 ヨハンの面持ちは真剣であり神妙だった。

 先ほどの態度が、頑なだったという反省もあるのだろう。

 同時に、マルセルの行動にある種の疑念が生まれたか。

 或いは仕合直前のエリーゼに、心理的な負担を残したく無いと考えたか。

 

 エリーゼはヨハンの言葉に穏やかな笑みを浮かべる。

 そして――解りました、お心遣い感謝致します……そう答えた。

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。

・レオン=孤児院「ヤドリギ園」で働く練成技師。エリーゼの後見人。

・カトリーヌ=グランマリー教のシスター。レオンのアシスタントを務める。

・シャルル=貴族でありレオンの旧友。レオンよりアーデルツを預かっていた。

・ヨハン=シュミット商会の代表。マルセルの再来と呼ばれる程、腕が立つ。

・ドロテア=ヨハンが錬成したオートマータ。エリーゼのサポートを行う。


・マルセル=達士アデプト、天才と呼ばれる錬成技師。レオンの実父。

・ベネックス所長=レオンの古い知人で実の姉。有能な練成技師。

・オランジュ=マルセルが錬成した最強のコッペリア。『レジィナ』の称号を持つ。

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