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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第三十一章 決戦直前
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第二二六話 出陣

・前回までのあらすじ

『グランギニョール』再編トーナメント決勝戦前日、『強化外殻』のテストを終えたレオンとエリーゼは、久しぶりに二人だけで決戦に備えて最終調整を行う。その様な中で『アーデルツ』の想いに影響を受けているエリーゼは、レオンに対して自分の今までの行いを謝罪するのだが、レオンは自身の選択と行動全てに納得しており、楽しかったのだと打ち明ける。

 『グランギニョール』序列再編トーナメント――決勝戦当日、午前一〇時。

 カトリーヌはシャルルが手配した駆動車で、レオンの工房を訪ねた。

 仕合開始時刻まで、九時間以上の猶予があった。

 

「遅くなりました、レオン先生」


「いや、ちょうど準備に取り掛かったところだよ」


「ダミアン卿は朝から『衆光会』へ出向く用事があって、少し遅れるそうです」


「そうか。準備は僕らで整えよう。それとシスター・カトリーヌには、エリーゼの髪を纏めて欲しいんだが、頼めるかな?」


「はい、お任せ下さい」


 白衣を纏ったレオンが、カトリーヌを工房へ招き入れる。

 カトリーヌはレオンの後に続き、工房の奥へ向かう。


「おはようございます、シスター・カトリーヌ」


 工房奥の施術台に腰を下ろしたエリーゼが、目礼と共に声を掛ける。

 灰色の施術着姿であり、プラチナのロングヘアが腰の辺りで揺れている。

 麻痺が残る右腕は三角巾で胸元に吊られている、邪魔にならぬ為の応急措置だ。

 カトリーヌが近づくとエリーゼは、右脚一本で床の上へ降りる。

 右腕と同じく左脚にも麻痺は残ってる。

 それでもエリーゼは、苦も無く傍らの丸椅子へ座り直す。

 エリーゼが片脚でもある程度動ける事は、先日のテストで確認済みだ。


「おはようエリーゼ。少し遅れちゃった、ごめんね?」


 挨拶を返しつつカトリーヌはエリーゼの背後へ回り、同じく丸椅子を引き寄せて座る。

 そしてエリーゼの艶やかな銀の頭髪を、そっと指に絡める。 


「それじゃあ、髪を纏めるね?」


「はい、お願いします」


 エリーゼが応じると、カトリーヌは丁寧に髪を編み始める。

 エリーゼの髪を編む作業は、カトリーヌの担当だ。

 長年『ヤドリギ園』に集う子供達の髪を編んできた。

 エリーゼの後ろ髪を左右に分け、細く長い三つ編みを複数作ってゆく。


「エリーゼ、昨日は良く眠れた?」


 髪を編みながらカトリーヌは尋ねる。

 オートマータが自然睡眠をとらない事は、カトリーヌも知っている。

 共同生活を送る中で、何度も繰り返したやり取りだ。

 エリーゼは何時も、良く眠れましたと答える。

 その返事を聞いてからカトリーヌは、自分が見た夢の話をしたりする。

 そういう会話を繰り返して来た。

 ただ、今日の返事は何時もと違っていた。


「――また、夢を見ました」


「夢を?」


 夢を見たとエリーゼが答えるのは、これで二度目だ。

 一度目は先日、レオンが問い掛けた時だ。


「またって事は……『アーデルツ』って女の子の夢?」


 カトリーヌは尋ねた。

 エリーゼは頷き答える。


「はい。以前見た夢と、良く似ておりました」


「ええと、亜麻色の長い髪で、青い瞳だったっけ?」


「はい。同じ様に太陽の光が差し込む窓辺で、椅子に腰掛けておりました」


「何か話したりした?」


 会話を続けながら、カトリーヌは手の中で六本目の三つ編みを完成させる。

 エリーゼが質問に答える。


「はい。先日の件ですが『ご主人様』と『ダミアン卿』の事を、私に頼まれても困ると」


「え? エリーゼが『アーデルツ』って子に、そう言ったの?」


「はい。その様に恨み言を申し上げました」


 冗談の様なエリーゼの返答に、カトリーヌはコロコロと笑った。

 笑いながら複数の三つ編みを丸く束ねる。

 後頭部の左右にそれぞれ一つずつ、形を整えてピン留めする。

 これで仕合前の準備に際して、髪が邪魔になる事は無い。

 もちろん、仕合で身体を激しく動かしても問題は無いだろう。

 カトリーヌは背後から、エリーゼの肩に両手を添えて言った。


「よし、しっかり纏めたよ。これで大丈夫」


「ありがとうございます」


 エリーゼはカトリーヌに謝意を伝える。

 そこにレオンが、施術用ワゴンを押しながらやって来る。


「髪を纏め終えたみたいだね、ちょうど良いタイミングだ」


 ワゴンにはガラス製の万能ツボと、医療用スパチュラの並ぶトレイが置かれている。

 万能ツボには、仄白い軟膏の様にも見える粘度の高い素材が蓄えられている。

 調色済みの『有機ケイ素系液状ラバー』だった。

 これを皮膚に塗布すれば、数分で薄い皮膜となる。

 エリーゼの瘢痕を隠し、未だ皮膚の再生が完全では無い箇所を保護する為の備えだ。


 本来なら負傷箇所の『再錬成措置』に一週間の猶予があれば、皮膚程度は全て再錬成可能だと考えていた。しかし『シスター・マグノリア』との仕合で受けたダメージは想定より深く、皮膚の完全再生も儘ならぬ状態で、仕合当日を迎えていた。

 故に『有機ケイ素系液状ラバー』の使用は、苦肉の策と言えた。


 エリーゼは椅子に腰を下ろしたまま、灰色の施術着を脱いで肌を晒す。

 レオンとカトリーヌは手分けして、エリーゼの瘢痕にラバーを塗布する。

 半ば判別出来ない程度の小さな傷は無視し、目立つ傷跡をカバーして行く。

 喉元と頬に残った傷痕はカトリーヌが担当し、丁寧にスパチュラを用いて隠した。

 目立つ傷を隠し終えて数分、ラバーはすぐに被膜となって定着する。

 ラバー定着後、レオンはエリーゼの下半身にのみ、『強化外殻』の内装パーツと機構パーツを装備する。

 闘技場内を移動する際、脚の不調を周囲に気取られるわけにはいかない。

 外殻の装備を終えたところで、カトリーヌが片腕の利かぬエリーゼを着替えさせる。

 着脱の容易さを考慮して用意した、シンプルな灰色のワンピースドレスだ。

 移動の際にはオーバーコートを羽織り、脚と腕を隠す事で対応する。


 その時、工房入口の呼び鈴が鳴らされた。

 シャルルが到着したのだろう。


「俺だ、レオン。遅くなった」


「ああ、今開ける」


 レオンは工房の入口を開け、フロックコート姿のシャルルを迎える。

 シャルルは工房へ立ち入りながら言った。


「――『ヤドリギ園』の『ゲヌキス領』移設、ラークン伯爵と『衆光会』の間で、正式に契約を交わす事となった。事の発端となったルイス卿は、もともと土地を売る気満々だったし、揉める事は無いだろう」


「そうか、懸念材料がひとつ減ったな……」


 レオンは『ヤドリギ園』の問題が解決しつつある事に安堵する。

 が、シャルルの表情は冴えない。

 更に言葉を続けた。


「ただ……『衆光会』本部で『マリー直轄部会』の司祭と会ったよ」


「……『マリー直轄部会』の司祭だと?」


「ああ。今日の仕合、エリーゼの身柄を補償する為の『司法取引』を成立させたいなら『レジィナ・オランジュ』の確実な損壊を成す様にと、念押しされた」


「……」


 『ヤドリギ園』周辺の土地問題に関しては決着しつつある。

 ラークン伯と『衆光会』、双方が歩み寄りの姿勢を示した結果だ。

 これによりエリーゼは『ヤドリギ園』が抱えた負債を返済する為に、仕合を行う必要は無くなった。

 しかし、それでもエリーゼは『グランギニョール』の舞台から降りる事が出来ない。

 エリーゼに内蔵された違法な錬成アイテム――『タブラ・スマラグディナ』。

 その使用を確認すべく『マリー直轄部会』より、エリーゼの身柄引き渡しを要請されたのだ。

 これを回避する手段として提示されたのが、同じく『タブラ・スマラグディナ』の使用が疑われる『グランギニョール』序列第一位のオートマータ『レジィナ・オランジュ』を闘技場にて討ち果たし『マリー直轄部会』に引き渡す機会を設けよ――そういう内容だ。

 つまりは司法取引だった。


「エリーゼには伝えてあるのか?」


「ああ……先日、僕の方から伝えたが『シスター・マグノリア』との仕合を終えた時から、薄々状況は察していたみたいだ。『レジィナ・オランジュ』との仕合にも全力で臨むと、確認を取っている」


「そうか……」


 レオンの答えに、シャルルは神妙な表情で頷く。

 カトリーヌとエリーゼのやり取りを覚えているだけに、複雑な心境なのだろう。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 出発の準備は既に終えていた。

 全ての機材は金属製のキャリーケースに収納されている。

 エリーゼが使用する武器――ブロードソードとスローイング・ダガー。

 エリーゼが装備する特殊武装――『ドライツェン・エイワズ』。

 更に『強化外殻』と『小型差分解析機』。

 各種メンテナンス用具に施術用具、薬品類。

 それら全てを『衆光会』の職員とレオンが、スチームワゴンへ運び込む。

 機材を運び終えると、レオンはシャルルに声を掛けワゴンへ乗り込んだ。


「よし、乗ってくれ」


 シャルルの言葉を受け、エリーゼとカトリーヌは駆動車の後部座席へ乗り込む。

 後部ドアを閉めたシャルルは助手席に乗り込むと、運転手に声を掛けた。


「出してくれ」


 蒸気機関の駆動音が低く響き、シャルル達の乗った駆動車が走り出す。

 すぐ後ろには、レオンの乗ったスチームワゴンが続く。

 そのままゆっくりと三〇分ほど、二台の車は『特別区画』の居住区を走り続ける。

 貴族達のタウンハウスは装飾過多な物が目立つが、居住区自体は緑豊かで過ごし易い。

 ある種の落ち着きを感じさせる、閑静な街並みだ。

 そんな居住区を走り抜け、やがて駆動車は『特別区画』の市街地へと差し掛かる。


 タールマカダム舗装の車線が四つに増え、その両脇に連なる建物のサイズが変わる。

 天を突くほどに巨大な建造物はいずれも荘厳で、ゴート風の意匠が施されている。

 白亜の巨大円柱、鈍く輝くステンドグラス、薄ら青い空を鋭角に切り取る尖塔。

 小劇場に大劇場、ホテルにサロン、吹き上がる噴水の周囲に広がる壮麗な公園。

 行き交う黒塗りの駆動車が、エーテル式信号に従って列を成して停まる。

 着飾った男女が従者を引き連れ、悠然と横断歩道を渡る。

 煌びやかな街並みを十数分走れば『グランギニョール円形闘技場』が見えてくる。

 太古の遺跡を想起させる拭い難い威容は、闘技場という前時代的な役割を担う施設に相応しく思える。

 シャルル達を乗せた駆動車とスチームワゴンは、闘技場裏手の専用駐車場に滑り込む。

 仕合開始は五時間後、いつもより若干遅めの入場時刻だ。


 駆動車とスチームワゴンが停車し、レオン達は車を降りる。

 同じく降車した『衆光会』の職員達は、機材の納まったキャリーケースを運び出す。

 シャルルは職員達に、機材一式を闘技場の控え室へ搬入する様に告げる。

 顔をベールで隠したカトリーヌと共に、オーバーコートを羽織ったエリーゼも降車する。

 

 行こうか、レオンは皆にそう告げて振り向き、歩き出そうとする。

 ――が、一歩足を踏み出し掛けたところで、唐突に動きを止めた。

 後に続こうとしていたカトリーヌ達も、何事かと立ち止まる。

 動かぬレオンが見つめる視線の先。


 漆黒のフロックコートを纏った長身痩躯の男。

 ワインレッドのドレスに身を包んだ美貌の女。

 マルセルとベネックス所長だった。

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。

・レオン=孤児院「ヤドリギ園」で働く練成技師。エリーゼの後見人。

・カトリーヌ=グランマリー教のシスター。レオンのアシスタントを務める。

・シャルル=貴族でありレオンの旧友。レオンよりアーデルツを預かっていた。

・ヨハン=シュミット商会の代表。マルセルの再来と呼ばれる程、腕が立つ。

・ドロテア=ヨハンが錬成したオートマータ。エリーゼのサポートを行う。


・マルセル=達士アデプト、天才と呼ばれる錬成技師。レオンの実父。

・ベネックス所長=レオンの古い知人で実の姉。有能な練成技師。

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