第二二五話 技師
・前回までのあらすじ
『レジィナ・オランジュ』との仕合に際してエリーゼは、右腕左脚の麻痺をカバーすべく、全身に『強化外殻』の装備を決定、シャルル邸の中庭にて、テストを行う。ワイヤーを用いた攻撃にブロードソードを用いた攻撃、エリーゼは全ての挙動テストを問題無く終える。
「――テスト中の数値全て、異常ありません。レオン先生の体調は如何ですか?」
シャルルの邸宅に設けられた、芝生の広がる中庭。
ガゼボの下でベンチに座るカトリーヌは『小型差分解析機』の出力結果を確認している。
エリーゼの『神経網』を保護すべく、レオンの右義肢に内蔵された『知覚共鳴処理回路』による過負荷は無いかと気遣ったのだ。
レオンは義肢に繋がるケーブルを取り外しながら答えた。
「大丈夫だよ、何も問題無い。これは『強化外殻』の影響ですか? ヨハンさん」
傍らに立つヨハンが頷く。
「ああ。エリーゼ君の『強化外殻』は筋力による制御じゃないからね。外殻と直接繋がり、外殻を直接制御している。だから身体的な負荷が軽い。『神経網』に掛かる負荷は変わらないが、そこは『強化外殻』とドロテアが、上手く調整している筈だ」
カトリーヌの隣りに座るドロテアは、その言葉を受けてレオンの方を振り仰ぐと、誇らしげに親指を立てて見せた。
その頸椎には、複数のケーブルが繋がっている。
レオンは軽く微笑み謝意を示すと、ドロテアの頸椎より伸びるケーブルを回収する。
そこへ白銀の鎧――『強化外殻』を装備したエリーゼが歩み寄る。
ヨハンが振り向き、声を掛けた。
「どうだった、エリーゼ君。全身に『強化外殻』を装備した感想は」
「手脚の挙動、身体操作、指先に至るまで万全かと。ありがとうございます」
言いながらエリーゼは右手を軽く持ち上げ、指を開閉して見せる。
次いで左脚を軽く曲げ、足首を動かす。
『シスター・マグノリア』に刺突され、未だ麻痺の残る手脚だ。
『強化外殻』側から、完全に制御出来ているという事なのだろう。
「そうか――僕としては、あと数キロ軽量化したかったんだが」
エリーゼの全身を包む『強化外殻』の総重量は、五〇キロほど。
『モリブデン練成合金』を置換錬成したエリーゼの体重が、七〇キロ超である事を考えれば、闘技場で仕合を行うエリーゼの総重量は一二〇キロを超える。
今までの仕合で見せた様な、逆立つ刀剣の上に立っての攻防は不可能だろう。
しかしエリーゼは軽く首を振り答える。
「いえ、現状での最適解を探ります。モルティエ様に用意して頂いた『強化外殻』――これ以上のバランスは、恐らく望むべくも無いでしょう」
確かに軽量化を図れば、防御面に綻びが出る可能性は否めない。
実際、総重量五〇キロという数値は、全身を覆う『強化外殻』としてはかなり軽量だ。
故に現状のまま、この装備に相応しい立ち回りを模索するという事か。
ヨハンもその辺りの兼ね合いは理解している、エリーゼの言葉に無言で頷いた。
レオンはエリーゼの『強化外殻』外部装甲の、除装に取り掛かる。
外部装甲を取り外せば、繊細な内装パーツと外殻を制御する機構パーツが剥き出しとなるが、その取り外しは工房へ戻ってから行う予定だった。内装パーツと機構パーツを装備した状態なら、エリーゼの右手左脚は動く。移動等の利便性を考慮した結果だ。
腕に脚、胸部、背中の装甲が次々に取り外され、蛇腹状に組み合わさる内部装甲が露わになる。時折、調整用の気圧弁より白い蒸気が溢れて漂う。
レオンは休む事無く作業を続ける。
およそ一五分ほどで外部装甲が取り外され、金属のケースに収納される。
白いローブを抱えたカトリーヌが近づき、エリーゼの肩へ掛ける。
エリーゼは、ありがとうございますと謝意を伝えつつ袖を通す。
その傍らで、シャルルはレオンに言った。
「挙動テストはこれで終了だな。あとは工房へ戻って再チェックか? レオン」
「ああ……それと、エリーゼの『再錬成』措置もギリギリまで行うつもりだ」
レオンは『強化外殻』の納まった金属ケースを施錠しつつ答える。
シャルルは頷くと、次いでカトリーヌに質問する。
「シスター・カトリーヌはどうする? 連日レオンの工房に泊まり込みでは、疲れも取れないだろう。うちの客室を提供しても良いし、『ヤドリギ園』まで送迎しても良いが」
その申し出を断ろうと、カトリーヌは口を開き掛ける。
――が、シャルルの言葉を引継ぎ、レオンが続けた。
「シスター・カトリーヌ、今日はゆっくり休んだ方が良い。明日の仕合、シスター・カトリーヌのサポートが必須だ。万全の状態で臨んで欲しい。エリーゼの『再錬成』措置も、ここまで来れば万が一の状態に陥る事も無い。僕だけでも十分に対応出来るよ」
レオンの言葉は正しく、否定し難いものだった。
自分がエリーゼの傍にいたいという想いは感傷からなのだろう――カトリーヌは思う。
不安や寂しさはあったが、それを理由に異を唱えるほど子供でも無い。
カトリーヌは頷いた。
「解りました――ダミアン卿のご厚意に甘えてさせて頂きます……」
シャルルは、何も気を遣わなくて良いよと言って快諾する。
その後、全ての撤収準備を終えると、シャルルは帰りの駆動車を手配した。
◆ ◇ ◆ ◇
工房へ帰り着いたレオンは、エリーゼの身体を覆う内装パーツと機構パーツを取り外す。
次いでエリーゼの瘢痕を保護すべく塗布した『有機ケイ素系ラバー』を剥がす。
エリーゼは診察台の上へ伏せるように横たわり、それらの作業を受けている。
パーツ類と繋がっていた全身の接続ソケットは、皮膚から露出したままだ。
レオンは複数のケーブルを用意すると、露出した接続ソケットに繋いでゆく。
ケーブルを繋ぎ終えると、次は昇降用ストレッチャーの準備だ。
片腕片脚が動かぬエリーゼに手を貸し、ストレッチャーへ移動させる。
酸素吸入器を装備し、ストレッチャーを用いて『錬成用生成器』の水槽へ移送する。
エリーゼの納まる水槽内が薄紅色の液体に満たされたところで、レオンは口を開いた。
「特に問題が無ければ、全身洗浄と『再錬成』措置を行う」
「何も問題ございません」
エリーゼの声が伝声管越しに聞こえる。
レオンは『差分解析機』を起動させ、音響効果を用いた洗浄と『再錬成』を開始する。
このまま明朝まで『再錬成』を続けたとして、万全の状態に戻るとは言い難い。
しかし、可能な限り身体のダメージは取り去っておくべきだろう。
「――食事はとらないのですか? ご主人様」
レオンはエリーゼから声を掛けられた。
『差分解析機』の前、タイプアウトされる用紙に視線を落したままレオンは応じる。
「ああ……食欲が無くてね。気にしなくて良い」
「シスター・カトリーヌがいないと、ご主人様はすぐにそうなりますね?」
そんなエリーゼの言葉に、レオンは顔を上げる。
水槽の中からエリーゼは、レオンを見つめながら続けた。
「食事をとって下さい、ご主人様。ダミアン卿が用意したパンと、レンズ豆のサラダがある筈です」
「……シスター・カトリーヌみたいな事を言うんだな。解った、食べるよ」
そう言ってレオンは苦笑した。
◆ ◇ ◆ ◇
古新聞の上には三分の一サイズにカットされた、硬そうなバゲット。
その隣りには、小さな白い陶器のポットに詰められたレンズ豆と玉葱の酢漬けサラダ。
そしてブリキのカップに注がれた熱いコーヒー。
トレイに並ぶ晩餐を、レオンはテーブル代わりの診察台に乗せた。
丸椅子を引き寄せて腰を降ろし、コーヒーカップを手に取る。
「僕だけ食事をとるというのは気が引けてね……確かに『希釈エーテル製剤』から栄養摂取は可能だろうが……」
「お気になさらず。明日の仕合を思えば治療を優先すべきでしょう。シスター・カトリーヌも、きっとそう仰います」
「そうか……そうだな、食事させて貰うよ」
「はい、ご主人様」
レオンはコーヒーカップに口をつける。
カップの取っ手を摘まむ右手は、鈍く光る義肢だ。
次いでバゲットを手に取り、齧って頬張る。
エリーゼはその様子を静かに見つめていたが、やがて小さく尋ねた。
「ご主人様の右手……痛みや不便はございませんか?」
レオンは齧ったパンを、コーヒーで流し込むと答えた。
「いや、まったく違和感は無いな」
「左様でございますか」
「ああ……マルセルの腕は確かだって事だ、腹立たしいがね」
そう言ってレオンは微笑み、再びパンを頬張る。
食欲が無いと言っていたが、実際には空腹だったのだろう。
エリーゼはそんなレオンから視線を逸らし、小さく呟いた。
「その腕……私はご主人様に、謝罪では足りぬほどの事をしました」
レオンは顔を上げる。
エリーゼは俯いたまま続ける。
「私と出会いさえしなければ、ご主人様は『ヤドリギ園』で幸せに過ごせたのかも知れません。また『ヤドリギ園』の子供達も、シスター・カトリーヌも、こんな事に巻き込まれずに済んだのかも知れません」
エリーゼは最近時折、レオンやカトリーヌに対して謝罪の言葉を口にする様になった。
その理由がダメージに因るものか、疲労に因るものかは解らない。
もしくはアーデルツの想いが、エリーゼの内面に強く作用している為か。
レオンは穏やかな表情を崩す事無く、短く否定した。
「それは違うよ、エリーゼ」
口許のパンくずを指先で軽く払い、コーヒーを一口啜る。
束の間の沈黙を経て、改めて口を開く。
「僕の父親は『マルセル・ランゲ・マルブランシュ』だ。アイツは錬成科学発展の為なら他人がどうなろうが、全く何も気にしない。かつて君が察した通りの人間だ。僕はそんな父親が嫌いで……だけど嫌いだと思うだけで、何も変えようとせず、ただ全てを放棄して、逃げ出したんだ」
「……」
「――『ヤドリギ園』の件も同じだ。『ヤドリギ園』は、産業廃棄物だらけの貧民街に建てられた孤児院だ。遠からず、どういう形であれ、問題になった筈だ。だけど僕は、その事実に気づきながら何もせず、現実から眼を背けて過ごしていた――子供達と貧しい人々を救う、優しい医者のフリをしてね」
「……」
「僕が本当にマルセルと決別して、真っ当な医者として生きるつもりでいたなら……そういった事柄から眼を背けてちゃダメだったんだ。本当の意味で、救いを求める人々の為に行動出来るのが医者なんだよ」
「……」
「僕は医者のフリをしていただけだ、医者のフリをしながら『学習院』時代に申請した特許の収入で生活していた。或いは父親のマルセルが、特許申請時に何らかの便宜を図ったんじゃないかと疑いながらも……収入が得られる現実に甘えていた」
「……」
エリーゼは、透き通る紅い瞳でレオンを見つめている。
レオンは右義肢を軽く掲げ、そして言った。
「この腕は、僕が放置して逃げ出した色々な因果のツケだ、とはいえ安過ぎる代償だ、痛みも不具合も無い、だから心配しなくても大丈夫だ」
「……ですが」
異を唱え掛けたエリーゼに、レオンは軽く首を振る。
紅色に透き通る瞳を見つめ返し、静かに続けた。
「それに……僕はエリーゼと出会って、解ったんだよ」
「……」
「やっぱり僕は『錬成技師』なんだ。どうしようもなくね」
「……」
言ってからレオンは、少し気恥ずかしげに視線を逸らす。
が、すぐに口を開く。
「誤解を恐れずに言うなら……エリーゼは『闘争』が好ましいと言っていただろう? 僕も同じだ。僕も、心血注いで研鑽した『ピグマリオン』の技術を存分に振るえて、楽しかったんだよ、今となっては、それが間違いだったとは思えない」
「……」
「だから、エリーゼが謝る事は何も無い。僕は、僕が正しいと思う事をやったんだ」
エリーゼは目を伏せると、目蓋を閉じる。
そして言った。
「……ご主人様は初めてお会いした時から、最高の『ピグマリオン』でした」
・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。
・レオン=孤児院「ヤドリギ園」で働く練成技師。エリーゼの後見人。
・カトリーヌ=グランマリー教のシスター。レオンのアシスタントを務める。
・シャルル=貴族でありレオンの旧友。レオンよりアーデルツを預かっていた。
・ヨハン=シュミット商会の代表。マルセルの再来と呼ばれる程、腕が立つ。
・ドロテア=ヨハンが錬成したオートマータ。エリーゼのサポートを行う。




