第二二三話 推理
・前回までのあらすじ
『レジィナ・オランジュ』に敗北した『コッペリア・ナヴゥル』は、自身が体感した不可解な『レジィナ・オランジュ』の『能力』について、エリーゼに語る。エリーゼはその話を基に考察を続ける中で『レジィナ・オランジュ』が有する『能力』は『エーテル』の錬成概念に由来するものでは無いかと思い至る。
冷たく光る水槽の内側で、エリーゼは自身の気づきについて話した。
エリーゼが浮かぶ円柱型の『錬成用生成器』を見上げながら、ヨハンは応じる。
「その学説は知っている……『エーテル』が有する『練成的概念』は、複数の矛盾を孕んでおり、生物無生物に関わらず状態の安定と劣化、加速と遅延を生じさせる。これは『エーテル』の『練成的概念』が『時』や『可能性』に働き掛けている可能性が高い――と、する説だな。まだ決定的な証拠は無いが」
レオンは頷く、ナヴゥルの言葉を思い出していた。
――全ての『可能性』は私の物であり、あなたの『可能性』は確定した……
ナヴゥルが語っていた、オランジュの言葉だ。
「なるほど……『オランジュ』の言葉か。しかし、そんな事が可能なのか?」
遅れてヨハンも、エリーゼが言わんとしている内容に気づく。
とはいえ半信半疑という面持ちで口を開く。
「そうか、そうだな……とはいえ『エーテル』の『練成的概念』に関する研究は、未だ深まってはいない。仮にそれが事実だとして、実現可能かどうかは別問題だ」
二人の疑問に対し、エリーゼが答える。
「今回参加しているトーナメントの一回戦、私はベネックス所長が錬成したオートマータ――『ベルベット』と仕合を行いました。その際に『化学熱傷』を負っています(※)」
レオンとヨハン、そしてカトリーヌも思い出す。
確かにあの仕合を終えたエリーゼの肌には『化学熱傷』の痕跡があった。
『ベルベット』との仕合で負傷したと感じたが、その原因について深く考察する事無く、エリーゼの治療を優先した。
エリーゼは続ける。
「あの『化学熱傷』……『ベルベット』の返り血を浴びて負ったもの、或いは『酸』に因るものかとも考えたのですが、いかに特殊な構造のオートマータといえど、血中に『酸』を仕込むというのは、些か無理があるというもの。また『酸』ならば、私の皮膚に付着した時点ですぐに浸食を開始したはず、しかしあの仕合、浴びた返り血が皮膚を浸食するにあたって、幾許かのタイムラグがございました」
「……」
「自身の体内では『酸』として機能せず、対峙した者の身体に付着して後、タイムラグを経て浸食が生じた謎。想像出来る事は複数あれど、妥当性には疑問が残りました。ですが話に聞いた『レジィナ・オランジュ』の『能力』と併せて考え、共に『時』と『可能性』への干渉が可能であると仮定するなら――」
「……」
「――例えば、オートマータの身体を構成する『モリブデン練成合金』、これを『ガリウム錬成合金』といった、粘性と浸食性を有する金属に置き換えたなら如何でしょう。その上で体内を巡る『濃縮エーテル』を用いて『時』と『可能性』に干渉したなら、あながち不可能では無い……その様に感じたのです」
エリーゼの言葉にヨハンは疑問を投げ掛けようとする――が、先にレオンが口を開く。
「マルセルと、ベネックス所長が繋がっている……か」
そういう事だ。
以前『コッペリア・グレナディ』と仕合を行う直前の『喜捨投機会館』で、その事実を知った。
エリーゼの魂が刻まれた『タブラ・スマラグディナ』を巡り、二人は繋がっていた。
『タブラ・スマラグディナ』――神聖帝国ガラリアでは御禁制の品だ。
そんな違法な代物を、二人は共有していた。
その危険性と違法性が、二人の距離の近さを示している。
エリーゼもその様に感じたのだろう、レオンの言葉を引き継ぎ続けた。
「――はい。ご主人様とベネックス所長の関係性や会話を思い起こせば、お父様とベネックス所長は、長期に渡り交流を続けていたのでは無いかと……ならば『ベルベット』と『レジィナ・オランジュ』に、類似する技術が用いられている可能性もあるのでは、その様に考えました」
二人の話を聞き終えたヨハンは、眉根を寄せつつ疑問を呟く。
「――『エーテル』の『練成的概念』を利用しているとして、なぜ『レジィナ・オランジュ』は『ナヴゥル』の『時間』や『可能性』に干渉出来た? 対峙した時点で、相手の『時間』と『可能性』に干渉出来るのだとしたら、それはもう……」
勝ち目が無いと言い掛け、ヨハンは言い澱む。
エリーゼは僅かに首を振り、否定の意を示した。
「それはどうでしょう。『レジィナ・オランジュ』は『ナヴゥル』との攻防にて、頬に擦過創を負っています。また、決着までに複数回の交錯を要しました。もしも対峙した段階で他者の『エーテル』に干渉し、その『時間』と『可能性』を操作出来るという事なら、僅かほどの傷も負う事も、複数回の交錯も無用のはず」
「どうしても仮定に仮定を重ねる事になるな、情報が不足しているから仕方無いが……。だとするなら、その理由はなんだ? 序盤の交錯では互いに被弾せず、しのぎを削る攻防が行われ、決着の瞬間になって『ナヴゥル』が『勝利』を体感しながら、回避もままならず『敗北』した……その理由は?」
応じるヨハンの表情は冴えない。
圧倒的とも思えるオランジュの『能力』を考察するのに、確実な証拠が無い状況だ。
不安なのだろう。
対するエリーゼは澱み無く続ける。
「これも仮定の話になりますが、言葉通り、情報の不足に因るものでは無いでしょうか。まず……仕合序盤『レジィナ・オランジュ』は、回避に重点を置いたのでしょう。『ナヴゥル』は対戦相手の『神経伝達』を読み切り、回避困難な攻撃を繰り出す、如何な特殊な『能力』を用いたとて、これを躱してカウンターを取る事は、容易な事では無いはず」
「……」
「故に『レジィナ・オランジュ』は、我が身に降り掛かる無数の『可能性』から最善手を選択、完璧な回避を行った。その行動は恐らく、自身の体内を巡る『濃縮エーテル』を用いたもの……つまり仕合序盤は自身の『可能性』にのみ、干渉したのだと考えられます」
「……」
「そこから三度の交錯を経て、互いに攻撃を回避し切れず、頬へ擦過創を負う……その際に『レジィナ・オランジュ』は、負傷した『ナヴゥル』の『濃縮エーテル』が絡む指先を『舐めた』そうです」
「……『濃縮エーテル』を『舐めた』?」
ヨハンは聞き返し、眼を細める。
確認する様に質問を重ねた。
「それは『ナヴゥル』の『エーテル』を摂取したと考えているのか。それが『ナヴゥル』の『時間』と『可能性』に干渉するトリガーだったと?」
「仕合の最中、『濃縮エーテル』を『舐める』という行為、威嚇や虚仮では無いはずです。そして『レジィナ・オランジュ』の言葉――互いに傷を負う『可能性』の中にしか勝機が見出せなかった、あらゆる『可能性』それら全てにあなたは対応した……。恐らく傷を負わせる前の段階では、互角の攻防だったのでしょう」
「……」
「ですが『ナヴゥル』に手傷を負わせ、指に付着した『濃縮エーテル』を摂取し――今の交錯で、あなたの『可能性』は確定した……『レジィナ・オランジュ』の発言はこの様に締め括られます」
ヨハンは息を吐き、傍らに立つレオンを見遣る。
レオンはエリーゼの言葉に考え込んでいたが、やがて低く告げた。
「対峙する者に手傷を負わせ、その『エーテル』を経口摂取する事で、対峙する者の『時間』もしくは『可能性』に干渉可能となる……仮説の上に重ねた推論だが、妥当性はあると思う」
ヨハンが言葉を引き継ぐ。
「にわかには信じ難いが……しかし一〇年不敗と、神懸かり的なカウンター攻撃の成功率、そして『ナヴゥル』の証言を併せて考えると、信憑性はそれなりに高いか……」
ここで一旦言葉を切ったヨハンはエリーゼに視線を移し、改めて言葉を続ける。
「そして今の考察が正しいとするなら……エリーゼ君は『レジィナ・オランジュ』との仕合に際し、ただの一度も被弾する事無く勝利する必要がある。今までの様に被弾を重ね、それを『策』として用いる様な真似は出来ないという事だ」
「承知しております」
懸念を口にしたヨハンに、エリーゼは端的に答える。
しかしエリーゼの返答を受けても、ヨハンの表情は険しい。
仕合に際して一切被弾する事無く、勝利を収める――容易い事では無い。
何よりエリーゼは過去全ての仕合に於いて、全身が紅に染まるほど被弾を重ねている。
そこに何らかの『策』や思惑があったにせよ、あまりにも被弾が多い。
だからこその懸念だ。
レオンも同様の想いを抱いているのか、顔色が冴えない。
そんな二人の様子に、カトリーヌがおずおずと口を開く。
「次の仕合、麻痺の残る手脚をカバーする為に、全身を『強化外殻』で覆うはず……そうなれば負傷の可能性も下がると思うんです。それに、エリーゼの武器は遠距離用だから、離れて戦うという方法を取れば……」
不安げな様子のカトリーヌに視線を送ったヨハンは、頷き応じる。
「……そう考えた方が建設的だな。エリーゼ君の『ドライツェン・エイワズ』は遠距離武装、本来なら接近する必要も無い。それは以前、ダミアン卿とも話し合った対策でもある。僕が今日、ここへ来たのも『強化外殻』の最終調整を行う為だ。シスター・カトリーヌの提言通り、被弾率の低下と負傷を抑える工夫……ギリギリまで考えてみるよ」
「差し出がましい意見を口にして、申し訳ありません」
恐縮した様にカトリーヌは俯く。
傍らでレオンが微笑む。
「いや、正しい意見だよ。悩んでいても埒が開かないからね。それじゃあサポートを頼む、シスター・カトリーヌ。『強化外殻』用のデータを改めて検証しよう」
「――は、はい!」
レオンの言葉にカトリーヌは顔を上げ、明るく応じる。
そのまま足早に『差分解析機』の方へ向かい、タイプアウトの準備に取り掛かる。
レオンはヨハンへ声を掛け、金属のケースに納まった『強化外殻』を確認する。
そんな皆の様子を、エリーゼは薄紅色に揺らめく水槽の中から見つめている。
口許が酸素吸入器で覆われている為、その表情は良く解らない。
ただ、煌めく紅色の瞳は、静かな光を湛えていた。
(※ベルベットの体液による化学熱傷・第一二三話)
・レオン=孤児院「ヤドリギ園」で働く練成技師。エリーゼの後見人。
・カトリーヌ=グランマリー教のシスター。レオンのアシスタントを務める。
・シャルル=貴族でありレオンの旧友。レオンよりアーデルツを預かっていた。
・ヨハン=シュミット商会の代表。マルセルの再来と呼ばれる程、腕が立つ。
・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。
・ナヴゥル=ラークン伯所有の非常に強力な戦闘用オートマータ。
・オランジュ=マルセルが錬成した最強のコッペリア。『レジィナ』の称号を持つ。




