第二二二話 考察
・前回までのあらすじ
『レジィナ・オランジュ』との死闘に敗れた『コッペリア・ナヴゥル』は、エリーゼに伝えるべき事があると言って聞かず、無理を推して車椅子に乗せられた状態で、ラークン伯と共に、レオンの工房を訪ねて来る。
ナヴゥルはエリーゼと対面し、自身が『レジィナ・オランジュ』との戦闘で体感した、理不尽な『能力』について語った。
未だ仕合の傷が癒えぬナヴゥルは、エリーゼとの対話を行う中で体調を崩していた。
眼鏡を掛けたお抱え技師の一人が、車椅子に座るナヴゥルの青褪めた表情を伺う。
傍らに膝を着いて付き添うラークン伯に、もう一人の技師が背後から声を掛ける。
状態の悪化を伝えたのだろう、ラークン伯は頷くとナヴゥルに告げた。
「ナヴゥルよ、ここまでにしよう……」
◆ ◇ ◆ ◇
お抱え技師二人が、ナヴゥルの車椅子を押して撤収を開始する。
ラークン伯は『錬成用生成器』内のエリーゼに謝意を伝える。
「時間を取らせて申し訳無かった、エリーゼ嬢。こちらから無理に頼んだ事ではあるが、ナヴゥルとの面会が何かの参考になったなら幸いだ」
「貴重なお話をお聞かせ頂けた事、感謝致します、ラークン伯」
エリーゼは希釈エーテル製剤の中で、胸元に右手を添えて返礼する。
ラークン伯は目礼にて応じ、レオンの方へ向き直った。
「この度の面会、ありがとうございます、マルブランシュ先生。再三に渡りご協力頂き、このラークン、受けた恩は決して忘れませんぞ」
恐縮するレオンにラークン伯は、鷹揚な笑みで応じる。
次いでカトリーヌに話し掛ける。
「そしてシスター・カトリーヌ、貧民街の土地問題に伴う『ヤドリギ園』移設の件、我々は現実的な対応策を『衆光会』と『ヤドリギ園』、そして『グランマリー在俗区会派』に提出致しておりますゆえ、ご確認、ご検討のほどを」
「ありがとうございます、伯爵様」
カトリーヌも恐縮しつつ頭を下げるが、伯爵は片手を挙げて制しつつ首を振った。
「いや……もしも私が損得を超えて、最初からこういう判断が可能な人間ならば、シスターの礼を受ける権利もありましょうが、哀しいかな私はそういう人間では無い。ナヴゥルの件が無ければ、この判断に至る事も決して無かったでしょう」
「……」
返答に窮するカトリーヌに、ラークン伯は続ける。
「それにシスターの願いを全て叶えた提案でも無い、妥協点を探り、双方に一定の得があると判断した結果なのです。故にあまり恐縮せんで下さい。ともあれ……今日はありがとうございました」
そして右手を胸元に沿えると、微笑みと共に会釈した。
◆ ◇ ◆ ◇
ラークン伯とナヴゥルが工房を去ったのは、午後七時を過ぎた頃だった。
そのタイミングで入れ違う様に、ヨハンが工房を訪ねて来る。
エリーゼが装備する『強化外殻』の調整を終え、届ける為だった。
「ダミアン邸に事前連絡は入れておいたんだが、来客中だったらしいな」
上着を脱ぎながらヨハンはそう言った。
ヨハンの背後には、巨大な金属製のキャリーケースと共にドロテアが控えている。
『強化外殻』が納まるキャリーケースだった。
「ええ、ラークン伯が『コッペリア・ナヴゥル』を伴って訪ねて来たんです」
レオンの返答に、ヨハンは驚きの表情を浮かべる。
「ほう、ラークン伯自ら足を運ぶとは、ナヴゥルに何か問題があったと?」
「そうですね……詳しい話は奥でしましょう、ヨハンさんの意見も伺いたい」
首肯してレオンは、右手で工房の奥を示した。
◆ ◇ ◆ ◇
鋼鉄で作られた巨大な門の如くに聳え立つ『蒸気式精密差分解析機』。
その隣りで稼動するのは、円筒形の水槽と錬成機器で構成された『錬成用生成器』。
希釈エーテル製剤で満ちた水槽内には、治療中のエリーゼが白い肌を晒して浮かぶ。
その周囲には、レオンとカトリーヌ、ヨハンが集まっている。
ドロテアのみ椅子に座り、ケーブルを介してエリーゼの身体状況を確認している。
くぐもった声が『錬成用生成器』上部に取り付けられた伝声管より響く。
エリーゼの声だ。
先ほどナヴゥルが語った内容を、改めてヨハンに伝えている。
程無くして、エリーゼが全てを話し終えると、ヨハンは頷き呟く。
「――『レジィナ・オランジュ』の仕合は過去に何度か観た事がある。恐ろしく洗練されたカウンターを使うとは思っていた……まるで魔法だった。つまるところ、あれにはある種の『能力』が絡んでいると」
「ええ……『ナヴゥル』の話を聞く限り、戦闘技術の範疇は超えていると感じます」
レオンが同意を口にすると、ヨハンは僅かに眉根を寄せて言った。
「対戦した者の意見を併せて考えると……確かにな。しかし『オランジュ』の魂がどういった『妖魔精霊』の形を成しているのか、未だ謎なだけに厄介だ。自身の在り方を誇示するより、勝利を重視するタイプのオートマータ……ままいるタイプではあるんだが、手の内が探り難い。『妖魔精霊』の伝承を調べてアタリをつける事も出来んからな」
「ただ……思うところはございます」
そう答えたのはエリーゼだった。
眼を伏せたまま、薄紅色の薬液に長い髪を漂わせている。
「何か気づいた事があると?」
ヨハンは顔を挙げ、エリーゼに視線を送る。
エリーゼは小さく頷く。
「仕合終盤『オランジュ』は『ナヴゥル』に対し――全ての『可能性』は私の物であり、あなたの『可能性』は確定した――その様に告げたそうです。そして直後の交錯にて『ナヴゥル』は、勝利の瞬間を幾度も『体感』したと、発言しておりました」
「……」
「己が『能力』を詳らかにした『ナヴゥル』の言葉に、嘘や偽りは無いと思います。恐らく実際に、勝利の瞬間を、幾度も『体感』したのでしょう」
「……」
戦闘用オートマータである『ナヴゥル』にとって『能力』の機密は生命線だ。
それを開示してまで『ナヴゥル』はエリーゼに情報を提供した。
その意味と重さを踏まえた上で、エリーゼは考察している。
レオンとヨハンは、黙したまま耳を傾ける。
エリーゼの言葉が続く。
「ご主人様の仰る通り、これが戦闘技術では無く何らかの『能力』であるなら、それは当然、超常現象などでは無く『錬成科学』を用いたもの――」
「……」
「そして仕合時の『ナヴゥル』と『オランジュ』、二人の行動と発言から該当する現象を考察するなら……思い当たる事柄がございます」
「思い当たる事柄?」
レオンが尋ねる。
エリーゼはレオンを見遣り、次いでカトリーヌにも視線を送り、口を開く。
「以前――『ベルベット』との仕合に備え、メンテナンスを受けていた折、ご主人様はシスター・カトリーヌと、『エーテル』に関する最近の『研究成果』と『錬成概念』について、話をされていました」(※)
「あの……それはどんな話だったっけ……?」
そう尋ねたのはカトリーヌだ。
何となくしか覚えてない……と、カトリーヌは思う。
その時は、レオンの横顔ばかり眺めていた気がする。
気にした様子も無く、エリーゼは答える。
「要約するなら『エーテル』は一定の『練成的概念』を自ら紡ぎ出している、という話です。その上で『エーテル』が紡ぎ出す『練成的概念』とは、『時』或いは『可能性』に対する『干渉』ではないか――そういった学説があると、その様にご主人様は語っておられました」
(※エーテルと錬成概念の会話・第一一二話)
・レオン=孤児院「ヤドリギ園」で働く練成技師。エリーゼの後見人。
・カトリーヌ=グランマリー教のシスター。レオンのアシスタントを務める。
・シャルル=貴族でありレオンの旧友。レオンよりアーデルツを預かっていた。
・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。
・ナヴゥル=ラークン伯所有の非常に強力な戦闘用オートマータ。
・ラークン伯=ヤドリギ園一帯の土地買い上げを狙う実業家であり大貴族。
・二人の技師=ラークン伯お抱えの双子の技師。有能だが著名では無い。




