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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第三十章 千思万考
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第二二〇話 超越

・前回までのあらすじ

神聖帝国ガラリアのエリク第二皇子の要請により『グランギニョール』の序列を決め直すトーナメント戦が開催されていた。全ての仕合が熾烈を極める中、エリーゼも薄氷の勝利を重ね、トーナメントを勝ち上がり続ける。そんな仕合を繰り返す中で『ヤドリギ園』周辺の土地を巡る問題が偶発的に解決され、危険なトーナメント戦から逃れるチャンスが出来たものの、公安組織である『マリー直轄部会』にエリーゼの違法性を指摘され、やはり仕合を続ける以外の道が閉ざされてしまう。

そんな状況にあってエリーゼは、夢の中で自身の胸中に影響を与えるオートマータ――『アーデルツ』と出会ったのだと打ち明ける。夢の中で『アーデルツ』と対話したエリーゼは、自身の変貌がどういったものかを再認識し、その上で仕合に臨む事を告げると、再び眠りにつく。

レオンとカトリーヌ、そしてヨハンは、エリーゼ勝利の為に、どんな状況であってもそれぞれ出来る事に全力で取り組む事を誓うのだった。

 トーナメント戦・決勝を二日後に控えた日の午後。

 レオンは工房にてエリーゼの状態を確認しつつ、再錬成措置を続けていた。 

 仕合で負った傷は七割方癒えており、麻痺した腕と脚を除けば活動は可能だ。

 とはいえ未だ万全には遠く、仕合を行うには治療の継続は必須と言えた。

 

「レオン先生、『有機ケイ素系液状ラバー』が届いてます」


 そう声を掛けたのは、濃紺の修道服に身を包んだカトリーヌだ。

 シャルルに『シュミット商会』へ発注する様、頼んでおいた物だった。


「これは……エリーゼに使用するという事でしょうか」

 

「うん、負傷自体は癒えても傷跡が残る箇所もある。そこをウィークポイントだと思われたく無くてね。一週間で完全な再錬成は望めないが『有機ケイ素系液状ラバー』で皮膚を保護すれば、残った傷跡を隠せるだろう? 治療というより化粧に近いかな」


 続けて質問したカトリーヌにレオンは答えた。

 言葉通り『有機ケイ素系液状ラバー』は、瘢痕――傷跡のカバー等に用いられる素材だ。完全回復は望めなくとも、可能な限り仕合での優位性を維持するべく、レオンが考案した対応策のひとつだった。


「仕合当日に塗布する、濃度の調整と攪拌は明日行おう」


「はい、解りました」


 レオンの回答に、カトリーヌは微笑みで応える。

 ここ数日でカトリーヌは、元の明るさを取り戻していた。

 ただ、その様に振る舞ってくれているのかも知れない――とも、レオンは思う。

 それでも、敢えて無理をしていないかと確認する事は憚られた。

 その気丈さに敬意を払うべきだと、レオンは感じている。


 その時、工房内に備え付けの電話が、呼び出しベルの甲高い音を響かせた。

 シャルルからの通話だろう、レオンは受話器を手に取り応じる。


「レオンだ、シャルルか? 頼んでおいた素材は受け取ったよ、ありがとう」


「ああ、問題無く届いて良かった。それと――伝言がある」


 謝意を伝えるレオンにシャルルは答え、次いで連絡事項を口にする。


「……つい今しがた、ラークン邸より連絡があった。『ナヴゥル』が事ある毎にエリーゼとの対話を要求し、その心労からか状態が悪化しているらしい。可能ならエリーゼとの面会を頼みたいと、そう訴えて来ている」


 それは五日前、ラークン伯の工房で『ナヴゥル』より哀願された内容だった。

 仕合の敗北と負傷のショックから、一時的な錯乱状態に陥っている可能性も考えたが、あれから数日経過している以上、そうでは無いのかも知れない。


「しかし『エリーゼ』は未だ治療中だ、動かす事は避けたい。そちらの――ラークン伯側の判断で『ナヴゥル』を僕の工房へ移送出来るなら提案に応じると、その様に返答して貰えるか?」

 

「解った、その様に伝えておく。伝言は以上だ」


 レオンの答えにシャルルは了解し、電話を切った。

 受話器を置いたレオンは、ナヴゥルとのやり取りを思い出してみる。

 確かにナヴゥルは『伝えたい』事があると言っていた。

 『レジィナ・オランジュ』と仕合を行う中で『有り得ぬもの』を『視た』のだと。

 いったい何を『視た』のか、気になる事柄ではある。

 いずれにせよ、ナヴゥルの安定を図る為にも面会は必要なのかも知れない。


 程無くして、再びシャルルから電話が掛かって来る。

 レオンの提案を先方が受け入れたと、その様に告げられる。

 伯爵と技師がナヴゥルを伴い、夕刻に来訪する事で話は決まった。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 陽が沈む頃合いに、大型の黒い駆動車が列を成して工房の敷地に滑り込んだ。

 防弾処理が施されているであろう重厚な駆動車が二台、そしてスチームワゴンが一台。

 駆動車から降りたスーツ姿の男達が、ワゴン車へ近づき後部ドアを開く。

 ワゴンの奥から姿を見せたのは、車椅子に乗せられたナヴゥルと二人の技師、そして丸々と太った身体にフロックコートを纏うラークン伯だった。


「お待たせしてしまい申し訳ない、マルブランシュ先生、シスター・カトリーヌ。そして、この機会を設けて頂けたこと、心より感謝します」


 ワゴンを降りたラークン伯は、工房前で出迎えるレオンとカトリーヌに謝意を示す。

 レオンとカトリーヌも胸元に右手を添えると、グランマリー式の作法で返礼した。


「いえ――ご足労頂き痛み入ります、伯爵」


 ラークン伯の背後では、伯爵の従者達がナヴゥルを乗せた車椅子を降車させている。

 ナヴゥルは白いローブを纏った姿で、頭部は金属カバーと包帯に覆われていた。

 腕から生理食塩水の点滴を受けつつ、頸椎にも複数のケーブルが繋がれた状態だ。

 伏せられたままの表情は、芳しいとは言い難い。

 こちらの工房へ移動するも、実際には避けたかったのかも知れない。

 しかし、それ以上にナヴゥルの状態が思わしく無かったのだろう。

 レオンはナヴゥルの車椅子を押す技師に声を掛け、工房へと誘導した。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 眼鏡を掛けた技師が、ナヴゥルが乗る車椅子を、工房の奥へと押して移動する。

 車椅子の傍らにはラークン伯が付き添っている。

 レオンとカトリーヌは、ラークン伯と車椅子を先導しつつ、ゆっくりと歩く。

 やがて工房最奥に設えられた円筒形の水槽――『錬成用生成器』の前に辿り着いた。


 『錬成用生成器』は、希釈エーテル製剤で満たされていた。

 そんな生成器に白い肌を晒したエリーゼが、直立した姿勢でゆったりと浮かんでいる。

 目蓋を閉じて俯く姿は、眠っている様にも見える。

 が、人の気配を感じたのか、エリーゼは薄紅色に透き通る液体の中で目蓋を開いた。

 

「――初めまして、ラークン伯爵。治療中ゆえ、この様な姿で失礼します……」


 伝声管越しにエリーゼの声が響く。

 ラークン伯はエリーゼの肢体を間近に見て、微かに眉根を寄せた。

 小さな身体のあちこちに、幾つもの縫合痕が消えぬままに残っていた為か。

 尊大かつ狡猾な大貴族として知られているラークン伯だが、そんな彼にしてエリーゼの傷ついた姿は、痛ましく映るという事か。

 軽く首を振ったラークン伯は、穏やかに告げた。


「いや……面会の申し出を受けてくれて感謝する、エリーゼ嬢。事の経緯は聞いておると思うが、当家のナヴゥルが仕合に関する事で、どうしてもエリーゼ嬢に伝えたい事があると言って譲らんのだ……どうか話を聞いてやってはくれまいか」


「はい……お話は伺っております。何なりとお聞かせ下さいませ」


 落ち着いた声音でエリーゼは応じる。

 その返答を受けてラークン伯は、軽く頷くと身を屈める。

 傍らの椅子に座り俯いているナヴゥルに囁き、発言を促した。

 ゆっくりと顔を上げるナヴゥルの様子は、やはり芳しく無い。

 顔色は青褪め、包帯と金属のカバーに覆われていない方の眼にも力が無い。

 それでもナヴゥルは、水槽内のエリーゼを隻眼で見上げて言った。


「……出来る事なら貴様とは、死地にて再び相まみえたかった」


「……」


「しかしそれは叶わぬと悟った……」


「……『レジィナ・オランジュ』は、それほどであると?」


 掠れた声で告げるナヴゥルに、エリーゼは問い掛ける。

 その口調に、含みなどは一切無い。

 過去に刃を交えたナヴゥルの気質は、エリーゼも理解しているのだろう。

 そのナヴゥルが『力及ばぬ』と口にする意味を察したという事か。

 ナヴゥルは、揺らぐ視線で肯定を示した。


「決着の刹那、超越的な『何か』を感じた……」


「超越的な『何か』……」


「しかし仕合の最中『レジィナ・オランジュ』の力量を測った際には、確たる圧力など感じなかった。挙動、攻防の流れ、手にした『槍』を操る技量、全て把握出来た。我が『能力』――その基本的な在り様は、貴様が先の仕合で吐いた言葉通りよ、覚えているか?」


「はい」


 エリーゼは頷く。

 『水妖・ナクラビィ』の魂を有するナヴゥル固有の能力は『深海』だ。

 ナヴゥルは体内に流れる『濃縮エーテル』を微細な粒子に変化させ、両腕の『ガントレット』より散布、自身の『エーテル粒子』が漂う周囲一帯を『海』と見立て、その場にいる者の『神経伝達』を『波動』として把握する事で、挙動の先読みを可能としていた。

 

「我が『能力』を更に研ぎ澄まさんと、我は『痛覚』の抑制すら解き、万全の状態で『レジィナ・オランジュ』を迎え撃った。二合、三合と斬り結び、勝てぬ相手では無いと確信した。攻撃は確かに鋭く精妙ではあったが、我を捉える事は叶わぬ、勝機は十二分と感じた」


「……」


「にも関わらず、明暗を分けた最後の交錯、その瞬間――『レジィナ・オランジュ』は、我の知覚と認識を全て凌駕し、有り得ぬ『何か』を仕掛けて来た」


「……」


「あれはどういうモノか、どういう超越的な『能力』か……」


 ナヴゥルは眼を伏せると苦しげに表情を歪ませる。

 『交錯の瞬間』を思い出しているのかどうか。


「そう……交錯の瞬間、我はむしろ、己が『勝利』を認識した」


「……」


「否……『勝利』したのだ。それも、幾度と無く勝利した。幾度も、幾度も、幾度も、繰り返し……或いは、同時に複数の『勝利』を認識した――」


「……」


 ナヴゥルは俯いたまま左眼を閉じると、絞り出すように言った。


「――が、それらの勝利は、全てが朧げで虚しく、刹那のうちに消えた……気づけば、右眼窩へ槍を撃ち込まれ『敗北』を喫していた……」

・レオン=孤児院「ヤドリギ園」で働く練成技師。エリーゼの後見人。

・カトリーヌ=グランマリー教のシスター。レオンのアシスタントを務める。

・シャルル=貴族でありレオンの旧友。レオンよりアーデルツを預かっていた。

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。


・ナヴゥル=ラークン伯所有の非常に強力な戦闘用オートマータ。

・ラークン伯=ヤドリギ園一帯の土地買い上げを狙う実業家であり大貴族。

・二人の技師=ラークン伯お抱えの双子の技師。有能だが著名では無い。

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