第二十七話 兵士
・前回までのあらすじ
レオンの父親であり天才錬成技師のマルセルは、自身がレオンに買い与えた『差分解析機』を通じて、レオンとエリーゼの状況をデータとして確認していた。ベネックス所長はその事を揶揄し、オランジュもまたエリーゼの身体状況の不振に苦言を呈するが、マルセルは気にする事無く、先の展望を楽観視する。そんな話をする中でオランジュは、過去にマルセルの左腕をもぎ取った事を引き合いに出し、マルセルの発言に嘘が無いかを確かめようとするのだった。
「――『オランジュ』はね、ボクが『エリーゼ』の『タブラ・スマラグディナ』と『エリンディア遺跡』の成果物を参考に、研鑽と改良を重ねて錬成したモノなんだが、強烈な『個性』を有するが故に、とても不安定だったのさ」
黄金に煌めくマルセルの左義肢。
生身の腕と比較しても何ら遜色の無い、精密精巧な義肢だ。
しかしその義肢は、マルセルが左腕切断の事故に遭った事を示している。
「起動直後から『オランジュ』は戦闘を望んだ。まさに純粋な『戦闘精霊』だったワケだ。だけどボクはそれを諫め、三年ほど待ってくれと告げた。さすがに錬成したばかりの身体だからね、『タブラ・スマラグディナ』とのバランスも調整したかった……が、そういった事が『オランジュ』に上手く伝わらなくてね、結果的にこうなった」
マルセルは義肢の親指を立て、自身の左腕を示しながら嘯いた。
オランジュはマルセルの言葉に、どうという反応も示さず聞き流している。
ソファの上に身体を横たえたまま、退屈そうに髪を指先で梳いている。
少し離れた椅子に座り、険しい表情を浮かべているのは、ベネックス所長だ。
軽く眉根を寄せながら質問した。
「……つまり『タブラ・スマラグディナ』を内蔵する『オランジュ』は『暴走』した事があるという事かね? キミは『オランジュ』に殺され掛けたと?」
オートマータに腕を捥がれる――そういった事例は、過去に幾つも報告されていた。
いわゆる『暴走』と呼ばれる状態だ。
『エメロード・タブレット』を憑代として顕現した『妖魔精霊』が、顕現に関わった者達の要求に応じず、現世での活動を認め無かった場合、自身の怒りを表明するかの様に、悪意を以て『暴走』するケースが頻発していた。
そういった状況にマルセルは巻き込まれ、左腕を失ったという事か。
それでもマルセルは、大した事では無いと言わんばかりに続けた。
「とはいえボクは生きている。それは『オランジュ』の暴走が、未然に防がれた事を意味しているワケだ。それに今は何も問題無く、共に未来を目指している」
「問題が無い? あるだろう、『暴走』の兆候が事実なら『オランジュ』には、どうという『制約』も課されていないんじゃないのか?」
咎める様なベネックス所長の口調は硬い。
オートマータに課せられた『制約』――それはオートマータの『エメロード・タブレット』に設けられた、心理面に作用する安全装置の様な物であり、『神聖帝国ガラリア』の『錬成機関院』は『制約』の設定を義務付けられていた。
『制約』を簡潔に述べるなら、『主』と定めた人物に危害を加えない、『主』の利害関係に配慮した行動を取る、これら二つに集約される。
この二つに反した場合、多くのオートマータは心理的要因から行動不能に陥るか、或いは自壊を選択する様に設定されている。
その様な『安全装置』が『オランジュ』には設けられていないのでは無いか――それがベネックス所長の懸念だった。
が、そんなベネックス所長の懸念を意に介さぬとばかりに、マルセルは笑った。
「何を言っているんだ、イザベラ。今さらだろう? オランジュの魂は『タブラ・スマラグディナ』に宿っているんだよ? その時点でボクは重大な罪業を抱えている、『制約』の有無なんて、もはや些末な誤差だろうに」
「……」
「それにレオンが擁する『エリーゼ』にだって『制約』は設けられて無い。そもそも『制約』なんてモノは、可能性の狭める害悪でしかないよ、そうだろう?」
「……好き放題だな、キミは」
ベネックス所長は軽く息を吐き、俯くと首を振る。
呆れているのか、或いは諦念を示しているのか。
「今となっては、この左腕はボクの『勲章』なのさ。『タブラ・スマラグディナ』を有する『オランジュ』の錬成に成功した証しであり、最愛の息子である『レオン』が、ボクに勝るとも劣らない才能を有していると知れた記念の『勲章』だ」
「……事故の現場にレオンがいたのか?」
顔を上げたベネックス所長は、改めて質問した。
咎める様な響きは無い、興味があるという事なのだろう。
ベネックス所長の質問に答えたのは、傍らのオランジュだった。
「重傷の『パパ』に鎮痛と止血措置を施したのよ――『あの子』。まだ十一歳か、十二歳の頃にね。その様子はとても冷静で、的確で、硬質で、とびきり優秀な『兵士』の様だった。だから私は『あの子』に免じて『パパ』を許し、認めたのよ」
歌うように告げたオランジュは、淡く微笑む。
ベネックス所長は無言でオランジュを見つめ、マルセルは照れたように笑った。
「――そういう事だ。知識の応用、震えぬ指先、圧倒的な集中力。レオンは間違いなく最高の錬成技師になると、ボクは確信した。アイツが本気になれば、きっとこの世をひっくり返す事も可能だろう」
「……親バカも良いところだな。まあ、私は私の望みが叶うならそれで良い」
ベネックス所長は肩をすくめて見せる。
次いで、軽く周囲を見渡しながら言った。
「ところで……今日は『ドワーフ』達が姿を見せないね。どうしたんだい? 休暇でも出したのかね?」
『工業区画』に設けられたマルセルの地下工房では、何体もの男性型オートマータ――『ドワーフ』が活動している。
男性型オートマータは過去に幾度と無く『暴走』を繰り返した為、表向きはその錬成が禁じられた存在だった。
しかしマルセルは『ドワーフ』という精霊の特性を活かし、男性型オートマータの錬成に成功、この地下工房にて各種作業に従事させ、運用していた。
ベネックス所長の問いに、マルセルは答える。
「ああ……ボクのシンパからボクの活動に『マリー直轄部会』の介入を示唆されてね。確証は無いが、念の為に『実働』を頼める真の『賛同者』へ、大半を貸し出したのさ。とはいえ何人かは居残っているから、暫くは『ここ』も問題無く稼動するよ」
ドワーフの行方よりも大きな問題が提示され、ベネックス所長は表情を曇らせる。
「……『マリー直轄部会』か。いずれは漏洩するだろうとは思っていたが、このタイミングか」
「いや、問題無いね。いずれにせよ、このタイミングだと思っていた。だからこそ『エリク皇子』は事前に行動を開始している。今さらになってボクたちの足を止める? そんな事は出来やしないね」
『マリー直轄部会』の行動すら予測の範囲内という事か。
マルセルは微塵も怯まず、口許の笑みにも変化は無かった。
・マルセル=達士、天才と呼ばれる錬成技師。レオンの実父。
・ベネックス所長=レオンの古い知人で実の姉。有能な練成技師。
・オランジュ=マルセルが錬成した最強のコッペリア。『レジィナ』の称号を持つ。




