表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第三十章 千思万考
216/290

第二十五話 苦心

・前回までのあらすじ

トーナメントの準決勝にて一〇年無敗の絶対女王――『レジィナ・オランジュ』に敗れたナヴゥルは、頭部に重傷を負ったが、ラーク伯の要請を受けて施術を請け負ったレオンの手により、無事に意識を取り戻す。しかし意識を取り戻したナヴゥルは、エリーゼに伝えるべき事があると言い出し、直接の面会をレオンに要求するのだった。

 工房の作業スペースから控え室へ、レオンはラークン伯と共に移動する。

 ラークン伯はレオンに改めて謝意を伝え、更に続けた。


「――マルブランシュ先生。ナヴゥルの容態は安定していると、ウチの錬成技師より報告を受けております。恐らく容態急変の可能性は無いだろうと。もし良ければ、今からでも先生の工房まで駆動車で、お送りしますが。『コッペリア・エリーゼ』の治療より、当家のナヴゥルを優先して頂いた手前、この様な申し出は烏滸がましいのですが……」


 申し訳なさそうに、こちらを見上げる。

 その悲しげな眼つきと表情は、反省と悔悟に身を縮める太った小男にしか見えない。

 しかし彼は、ガラリア・イーサを代表する大貴族だ。

 社交界に於ける苛烈な評判も事実なのだろう、絶大な権力がそれを物語っている。

 そんなラークン伯と『ヤドリギ園』周辺の土地を巡り、明確に対立していたのだ。

 特にシャルルなどは、公衆の面前で激しく罵倒されている。

 このしおらしげな態度が、事実であるのかどうか。

 相当に老獪な人物であると言わざるを得ない。

 ただ――それでもナヴゥルに向けられた想いの深さは、事実なのだろう。

 それだけは確かに感じ取れた。

 レオンは答える。


「ありがとうございます。お言葉に甘えても宜しいですか?」


「すぐに手配しますゆえ、こちらで少々お待ちを……。誰ぞおるか?」


 ラークン伯は応じながら、工房入口の扉へ近づく。

 外部に通じる伝声管の蓋を開き、声を掛ける。

 すぐに入口を塞ぐ鉄扉が開き、黒いスーツを着込んだ男が姿を現した。


「お呼びでしょうか、伯爵様」


「マルブランシュ先生をダミアン卿の工房までお送りする、駆動車を手配せよ」


 ラークン伯がそう命じると、男は慇懃に頭を下げて退出する。

 伯爵は太った身体を揺すりつつ振り返る。

 そして罰が悪そうに告げた。


「……実際のところ、マルブランシュ先生がいると、ナヴゥルが『コッペリア・エリーゼ』に取り次げと責っつくもので……この際、先生の事情を優先して頂くという態で、一旦お帰り頂いた方がナヴゥルの為にもなるのではと、そんな風に愚考した次第で。本来ならば、もう暫く滞在して頂き、歓待すべきかと思ったのですが……」


「いえ、お気遣い無く……確かにナヴゥル嬢には安静が必要ですから」


「左様ですか、かたじけない。恩に着ますぞ」


 レオンは穏やかに応じる。

 ラークン伯の言葉は、驚くほどに明け透けだ。

 敢えて愚を装っているのか、或いは計算によるものか。

 海千山千という言葉が相応しい。


「ところで……『ヤドリギ園』を含む土地の件ですが。『ヤドリギ園』のシスター・カトリーヌに伝えた内容はご存じでしょうか?」


 姿勢を正したラークン伯は、軽い咳ばらいの後で質問した。

 こちらが本題という事か、そう察してレオンは応じる。


「はい――『ヤドリギ園』の孤児達と、そこで働くシスター達を全て『ゲヌキス領』に受け入れて頂けるという話を聞いておりますが……」


 確かに気になっていた事柄だ。

 シスター・カトリーヌの言葉通りなら『ヤドリギ園』の孤児達は救われる。

 エリーゼも一週間後に仕合を行う必要が無くなる。

 それが正しく履行されたなら、という話ではある。

 ラークン伯は続けた。


「そう、仰る通りです。その件につきまして、後日正式に書面を『ヤドリギ園』及び『衆光会』へ送付するのでご精査下さい……と、ダミアン卿とシスター・カトリーヌにも、お伝え願えますかな?」


「はい、必ず伝えます」


 シスター・カトリーヌがラークン伯と交わした約束については、現段階ではこれが最上と考えるべきだろう。

 確証は無いが、恐らくラークン伯は発言を翻したりしまい。


「――それではそろそろ参りましょうか。駆動車の用意も出来た頃合いでしょう」


 ラークン伯爵はそう促すと、工房の出入口へ向かって歩き始める。

 レオンは頷き応じた。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 レオンが自身の工房へ帰り着いたのは、午後二時を少し過ぎた頃だった。

 窓ガラス越しに見えていた青空が、徐々に鈍重な鉛色へと変化し始めていた。

 後部座席のドアを開く運転手に謝意を示しつつ、レオンは駆動車から降りる。

 運転手は返礼を残して再び駆動車へ乗り込むと、アクセルを踏み込み走り去った。


 遠ざかる駆動車を見送ったレオンは工房へ向かい、入口の鉄扉を解錠する。

 そのまま工房内へ立ち入り、廊下脇の小部屋でコートとジャケットを脱ぐ。

 ロッカーへ片付け、吊るしてある乾いたタオルで顔を拭う。

 そうしていると、背後から声が掛かった。


「早かったな、レオン君。『コッペリア・ナヴゥル』の施術は上手くいったのかね?」


 ヨハンだった。

 レオンは振り返り、首肯して答える。


「はい、損傷個所の再錬成には時間が掛かりますが、意識も戻り、会話が可能なところまで回復しました。後はラークン伯の技師達に任せたので問題は無い筈です」


「さすがだな。向こうでは多少なりとも仮眠は取れたかね」


「ええ、ですのでこのままエリーゼの状態も確認するつもりです」


「そうか……」


 ヨハンは頷くと、改めて口を開く。


「……実は状況に変化があった、それを先に伝えておくべきだな」


「状況に変化ですか……?」


 何があったのか――ただ、良い事では無いのだろう。

 ヨハンの表情を見れば解る事だ。


「まず次戦――『レジィナ・オランジュ』との仕合だが、回避出来なくなった」


「どういう事です?」


「シスター・マグノリアとの仕合直後に、エリーゼ君が懸念を示していたが……『マリー直轄部会』が訪ねて来たんだ」


 訝しむレオンに、ヨハンは事情を説明する。

 昨晩レオンの外出中に『マリー直轄部会』の司祭が訪ねて来た、『オートマータ・エリーゼ』に『タブラ・スマラグディナ』使用の嫌疑が掛けられている、その真偽を確かめる必要がある、故にエリーゼの身柄引き渡しに応じよ――その様に通告を受けたのだと言った。


「そして――『司法取引』に応じるなら便宜を図る……とも伝えられた」


「司法取引……?」


「ああ。エリーゼ君と同じく、『レジィナ・オランジュ』にも『タブラ・スマラグディナ』使用の疑いが掛けられているそうだ、マルセル・マルブランシュ氏を通じてね。その疑惑を証明するなら……つまり一週間後の仕合で『レジィナ・オランジュ』を打倒し、その場で『タブラ・スマラグディナ』の使用が確認出来たなら……エリーゼ君に掛かる疑惑は保留して便宜を図ると、そんな取り引きだ」


「つまり……仕合に関しては、状況が振り出しに戻ったワケですね……」


 レオンは沈痛な面持ちで俯く。

 しかしヨハンは、追い打つ様に続けた。


「いや、振り出しではないな……悪化している」


「……悪化?」


 顔を上げたレオンから、ヨハンは視線を逸らしつつ告げた。


「エリーゼ君に弱体化の兆候が見られる。このまま次戦を迎えるのは危うい……」


 ◆ ◇ ◆ ◇


 弱体化の兆候。

 ヨハンの言葉を受けてレオンは、しかしすぐにおおよその状況を察した。

 薄々気づいてはいたのだ――『コッペリア・ベルベット』と仕合を行った時から。

 レオンは低く呟いた。


「それは『アーデルツ』の想いに起因しての事でしょうか……」


「――気づいていたか。その通りだ」


 ヨハンは応じると、カトリーヌから聞かされた話をレオンに伝えた。

 エリーゼは仕合に於ける自身の在り方を恥じ、悔いていた、介添え人として『待機スペース』に招いたシスター・カトリーヌすらも『策』に用いた己を、嫌悪していたのだと。


「……恐らくかつてのエリーゼ君は、この世のあらゆる事柄を戦闘の為に消費出来た。その事に何の疑問も抱かなかった。しかし今は違う……自身の裡に芽生えた『アーデルツ』の想いが、エリーゼ君に変化をもたらした」


「……」


「エリーゼ君の強さは、戦闘に特化した『思想』と『思考』にある。冷徹かつ残酷な、一切揺らがぬ鋼の精神性を以て、身体的スペック差を覆し続けて来た」


「……」


「その根本が揺らいでいる……『アーデルツ』という人格が、エリーゼ君から冷徹さと残酷さを失わせている。本来ならそれは喜ばしい事なのかも知れないが……」


「……」


 オートマータを闘争の道具に用いるなど間違っている、それがレオンの信念だ。

 だからこそレオンは、闘争を好まぬ精霊――『ドリアード』の魂を顕現させた。

 その判断が今になって、弊害として表面化しつつある。

 現実を知らぬ浅はかな判断であったと嘲笑うかの様に、枷となっている。


「解っている事だが、次戦まで一週間しか無い以上、外科的な手法は取れない。心理的問題と割り切り、対話で対処すべきかと思うが……」


 そう続けたヨハンは、しかし言葉を濁す。

 対話で精神的な問題に取り組む……容易い事では無い。

 ましてやエリーゼが抱える問題は根深く、前例も無い。

 とはいえ、そんな事はヨハン自身も理解している。

 他にどうすべきか、最善の解決策など見当たらないのだ。


「……まずはシスター・カトリーヌにエリーゼ君のケアを頼んだ、それが正解かはともかく、関係の浅い僕よりも、良い結果に繋がるのではと考えてね」


「ありがとうございます、現時点では最適の判断でしょう……」


 レオンとしても、それ以外に答えようが無い。

 その対応で正しいのかどうか、ヨハンの提案を否定するに足る根拠すら無い。


「とはいえ君がエリーゼ君の主人だ、改めて君からエリーゼ君に状態を問うべきだろう……シスター・カトリーヌが聞いた言葉とは違う回答があるかも知れない」


「ええ……仰る通りです」


 レオンはロッカーから白衣を取り出し、袖を通す。

 何がどうあれ、仕合に向けて準備するしかない。

 仕合に勝利し、最悪としか言いようの無い今の状況を脱せねばならない。

 襟元を整え、そのままヨハンと共に工房へ向かった。

・レオン=孤児院「ヤドリギ園」で働く練成技師。エリーゼの後見人。

・ナヴゥル=ラークン伯所有の非常に強力な戦闘用オートマータ。

・ラークン伯=ヤドリギ園一帯の土地買い上げを狙う実業家であり大貴族。


・ヨハン=シュミット商会の代表。マルセルの再来と呼ばれる程、腕が立つ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ