第二一三話 技巧
・前回までのあらすじ
トーナメント戦にて受けた傷を癒すエリーゼ。『錬成用生成器』での再錬成処置を行う中で意識を取り戻したものの、冷静さを欠いた様子で自らの卑劣な行いについてカトリーヌに謝罪し、再び意識を失う。カトリーヌはエリーゼの異変をヨハンに報告し、ヨハンはその原因として、アーデルツの影響が強く作用している事を挙げ、カトリーヌに今後もエリーゼのサポートを頼みつつ、その一方で状況の悪さに苦悩するのだった。
エーテル水銀式・白色アーク灯の明かりが、煌々と照射されていた。
強い光が照らし出すのは、施術台に横たわる『オートマータ・ナヴゥル』の頭部だ。
半ばまで髪を剃られた頭部は切開され、硬質な頭蓋にも穴が開けられている。
頭蓋下の硬膜及びクモ膜も切開され、レオンは『人工脳髄』と向き合っていた。
濃縮エーテルの染みが滲む白衣、口許を覆うマスク、目許には拡大鏡のレンズ。
指先には医療用ピンセット、機械の如き正確さで澱み無く施術を続ける。
レオンの左右には丸眼鏡を掛けた二人の錬成技師が並び、施術をサポートしている。
二人は共にラークン伯お抱えの優秀な錬成技師であり、その技量は高い。
しかしそんな二人の技量を以てしても、ナヴゥルの治療は困難だった。
ナヴゥルの錬成には、ガラリア・イーサ屈指の天才錬成技師・マルセルが関わっており、更に当時無名だったレオンの発案による、特殊な『神経網』が採用されていた。
レオンが開発した『神経網』は、オートマータの行動や思考に伴い、独自に成長するという画期的な機能を有しており、卓越した柔軟性と繊細な可動に加え、安定した筋出力の維持を可能としていた。
一方で、独自成長する『神経網』を採用したオートマータは『人工脳髄』が損傷した際、その独自性の高さから再生は困難であり、これは開発者であるレオンが、オートマータの戦闘行為に否定的であるが故の弊害といえた。
そうした事実を、専属技師の二人より聞かされたラークン伯は、躊躇する事無く『オートマータ・ナヴゥル』の施術を『神経網』の開発者であるレオンに依頼した。
強大な権力を有するラークン伯だが、その立場をかなぐり捨て、『ヤドリギ園』周辺の土地を巡って対立する相手に、自ら頭を下げて施術を依頼したのだった。
専属技師の二人は、率先してレオンのサポートを申し出た。
ラークン伯の為に施術を成功させる――その為に全力を尽くす事を誓っていた。
それはレオンも同様だった。
この施術は何があろうと成功させる――絶対の意思を以て施術に臨んでいる。
『人工脳髄』に食い込む骨片と木片を、レオンは臆する事無く取り除いてゆく。
ドレーンによる排液を行っているとはいえ、目視の厳しい施術だ。
それでもレオンの指先は休む事無く、正確に、大胆に、動き続ける。
数時間掛けて全ての異物を除去し、損傷した血管の吻合を行う。
そのまま傷ついた『神経網』の再錬成に取り掛かる。
助手を務める技師が、施術用ワゴンに複数の小さなガラスケースを用意して並べる。
ガラスケースは三〇ほどもあるだろうか。
ケース内はそれぞれ、希釈エーテル製剤で満たされており、その薄紅色の液体の底には極小の『翠玉切片』が沈んでいた。
それら『翠玉切片』は『神経網』の再錬成を促すべく、レオンが用意した物だ。
もう一人の技師が、追加で施術用ワゴンを用意する。
そちらのワゴンにも、希釈エーテル製剤で満たされたガラスケースが並んでいるが、こちらには微細な金属片が沈んでいた。
レオンは目許の拡大鏡に手をやり、レンズの枚数を追加して倍率を上げる。
更に両手でピンセットを使用、ガラスケース内の金属片を取り出すと、微細な金属片を左右から摘まんで引く。
ピンセットの先端で左右に引かれた金属片は、網目状に薄く伸びた。
金属片はメッシュ状の軟性金属であり、レオンはこれを『人工脳髄』損傷箇所近辺の血管へ、慎重に覆い被せる形で取り付ける。
次いで『翠玉切片』をピンセットで摘まみ上げると、先ほど取り付けた軟性金属上に固定し始めた。
損傷した『人工脳髄』と『神経網』を、『翠玉切片』に刻まれた『錬成概念』を用いて自己修復させる――それがレオンの採った治療法だった。
本来は損傷した義肢の『神経網』に用いるべくレオンが独自に開発した技術だが、今回初めて『人工脳髄』への流用を試みていた。
レオンは手を休める事無く、着実に施術を進めてゆく。
助手を務める二人の技師も、万全のサポートを続ける。
施術開始から更に数時間が経過し、やがて夜が明け始める頃。
ようやくレオンは施術終了を宣言した。
「術創縫合その他の処置を、お願いしても宜しいか……?」
掠れた低い声で、傍らの技師に問い掛ける。
眼鏡を掛けた技師達は、それぞれに頷き応じた。
「ええ、後は我々に任せて下さい。マルブランシュさん」
「完璧に仕上げます。『錬成用生成器』使用準備も、我々だけでいけます」
「……ありがとう、頼みます」
レオンは二人に謝意を示して微笑む。
施術にミスは無く、手を尽くした。
施術終了までナヴゥルの状態も安定していた。
予断は許されないが、最悪の事態は避けられたのではという想いがあった。
工房内の準備室へ移動したレオンは、マスクと白衣を脱いで身なりを整える。
洗面台の前に立って確認すれば、眼の下が黒ずみ、頬がやつれていた。
施術中は緊張状態にあった為、気づかなかったが、心身共に限界が近いのだろう。
レオンは二人の技師より、仮眠施設の鍵を預かっていた。
屋敷に隣接する離れの建物が、仮眠用の施設だった。
やがて準備室を抜け、工房の入口へと歩き出す。
入口のロックを解除した先は控え室となっており、ソファが並んでいる。
ソファがあるなら、仮眠はここでも構わないと、レオンはそんな風に思う。
――が、それらソファのひとつに、ラークン伯が座っていた。
背もたれを使わず前のめりに座り、膝の上に肘を立て、祈るような姿勢で俯いている。
だが、ドアが開く音に反応して顔を上げると、こちらを見遣った。
同時に丸々と太り弛んだ身体を軋ませながら、勢い良く立ち上がると口を開く。
「マルブランシュ殿……ナヴゥルの、ナヴゥルの施術は……」
絞り出す様にそう尋ねるラークン伯の顔は青褪めており、同時に脂汗に塗れていた。
両眼は充血しており、赤く濁った眼の下には黒々とした隈が広がっていた。
レオンはラークン伯を見つめて頷く。
「負傷箇所の施術は滞り無く終了しました。まだ予断の許されない状況ですし、意識も戻ってはおりませんが……危機的状況は脱したと判断し、術後の処置はお二人の技師に頼んであります」
「そ、それでは……助かるのでしょうか? ナヴゥルは助かると?」
頬の肉と顎の肉を震わせながら、ラークン伯は再度質問を重ねる。
施術を担当したレオンからの、言葉による保証が欲しいのだろう。
しかし、現状を踏まえぬ希望的観測は伝えられない。
ただ、ラークン伯の表情に浮かぶ苦悩の色は本物だ。
どの様に声を掛けるべきか迷いつつ、レオンは改めて口を開いた。
「……ラークン伯、私は全身全霊を尽くしました。施術にもミスは無かったと断言できます。この言葉を信じて、どうか今しばらく、お待ちください」
「で、では……私に何か出来る事はありませんかな? ナヴゥルの為に何か……」
ラークン伯は泣き出しそうな眼でレオンを見上げながら、唇を震わせる。
落ち着いた声音でレオンは告げた。
「……ナヴゥル嬢が意識を取り戻した時、伯爵が無理を重ね憔悴し切った様子であれば、きっと彼女も心穏やかでは居られぬはず。私どもを信じ、休息を取って下さいませんか?」
その言葉を受けてラークン伯は、じっとレオンを見つめる。
しかし、すぐに頷き答えた。
「そうですか……解りました。マルブランシュ殿の指示に従いましょう……」
レオンが首肯して応じると、ラークン伯は一礼と共に踵を返す。
先ほどまで腰を下ろしていたソファへ近づくと、再び座り込む。
背もたれに身体を預け、目蓋を閉じると深く息を吐く。
そのまま、気づけば寝息を立て始めていた。
心身共にギリギリの限界だったのだろう。
あのナヴゥルというオートマータを、それほどに重く見ているという事か。
レオンは心持ちが僅かに軽くなるのを感じつつ、工房を後にした。
・レオン=孤児院「ヤドリギ園」で働く練成技師。エリーゼの後見人。
・二人の技師=ラークン伯お抱えの双子の技師。有能だが著名では無い。
・ナヴゥル=ラークン伯所有の非常に強力な戦闘用オートマータ。
・ラークン伯=ヤドリギ園一帯の土地買い上げを狙う実業家であり大貴族。




