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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第三十章 千思万考
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第二一二話 懸念

・前回までのあらすじ

『グランギニョール』のランキングを決めるトーナメント戦にて、シスター・マグノリアとの激闘を繰り広げたエリーゼは、仕合を終えて間も無く意識を失っていた。仕合で負った傷を癒すべく治療が続けられ、治療の立ち合いには再び気力を取り戻したシスター・カトリーヌが参加していた。

負傷の縫合等を終え『錬成用生成器』での再錬成処置を行う中で、エリーゼは意識を取り戻す。

そんなエリーゼに対しカトリーヌは、仕合中に取り乱した自身の態度を謝罪したが、エリーゼはそれを否定し、仕合中に自身が弄した卑劣な策について逆に謝意を示すのだった。

 三時間ほど仮眠を取ったヨハンは、外の空気を吸おうと小部屋を出る。

 工房出入口の分厚い鉄扉を開き天を仰げば、漆黒の空に点々と星の煌めきが見えた。

 今は午前二時頃だろうか。


 ヨハンは工房に隣接して建てられた待機所に視線を送る。

 本来は運転手等を待機させる為の建物だ、とはいえ室内には簡易キッチンとソファセットが設けられており、居心地は工房内の小部屋よりも格段に良い。

 なのでヨハンはシスター・カトリーヌに、仮眠を取るなら待機所のベッドかロングソファを使う様に勧めていた。


 しかし、待機所が使用されている気配は無い。

 入室時に点灯する玄関照明も消えたままだ。

 シスター・カトリーヌは、未だ工房でエリーゼの様子を見守っているのだろうか。

 そんな事を考えながらヨハンは、軽く背伸びを行い深呼吸を繰り返す。

 深夜の冷えた空気を吸い込んで眠気を払い、そのまま工房へ向かった。


 ◆ ◇ ◆ ◇

 

「仮眠は取らなかったのか? シスター・カトリーヌ。無理はせずとも大丈夫な筈……」


 工房へ戻ったヨハンは、カトリーヌに声を掛ける。

 カトリーヌは『錬成用生成器』と向き合う形で、椅子に腰を下ろしている。

 しかしカトリーヌのすぐ足元には、何故かドロテアがうずくまっていた。

 床の上へ跪き、前のめりにカトリーヌの膝へ身体を預け、突っ伏している。


「ドロテア? どうしたんだ?」


「モルティエ様……」


 顔を上げたカトリーヌは、ヨハンを振り仰ぐ。

 その表情には疲労とは別の、困惑の色が浮かんでいた。


 不穏なものを感じつつ、ヨハンは二人に歩み寄る。

 カトリーヌの手には『差分解析機』よりタイプアウトされた用紙の束が握られている。

 カトリーヌ膝に凭れ掛かるドロテアの頬には、涙の跡が滲んでいた。


「……エリーゼ君に何かあったのか?」


 ヨハンはドロテアの首筋から伸びるケーブルを、眼で追いながら尋ねる。

 カトリーヌは不安げな面持ちで、手にした用紙を差し出した。


「その……三〇分ほど前にエリーゼが覚醒して、少し話をしたんです。でも、仕合の事で色々と苦しんでいたみたいで、私に謝罪の言葉を残して……それからまた意識を失う様に眠ったんです……」


「エリーゼ君が?」


 差し出された用紙を受け取りながら、ヨハンは聞き返す。

 カトリーヌは頷く。


「はい……ただ、謝罪と言うより、自分を責めている様な感じで……。覚醒していた時の身体状況は、そちらにタイプアウトされている通りです。体温と心拍数の上昇、呼吸の乱れがありました。今はもう落ち着いて、睡眠状態を維持しています……」


 用紙に打ち出されたエリーゼの身体情報を、ヨハンは確認する。

 カトリーヌの言葉通りの内容が記載されている。

 ヨハンはドロテアを見遣りつつ、口を開く。


「――ドロテアは以前『知覚共鳴処理回路』を介してエリーゼ君と繋がった際、『神経網』のみならず、彼女の内面にも感応していた。覚えているだろう? トーナメントの一回戦で『オートマータ・ベルベット』と仕合を行った時だ」


「……はい」


「あの時もドロテアは泣き崩れていた。エリーゼ君は内心、もう戦いたくないと思っている――僕はドロテアからそんな風に聞かされた。今回もそういう状況だったのか?」


「はい……ドロテアはエリーゼが意識を取り戻して以降、ずっと泣いていました……」


 ヨハンの質問に答えながらカトリーヌは、自身の膝に縋るドロテアの髪を撫でる。

 ドロテアの両眼は黒い布で覆われている為、その表情は良く解らない。

 ただ、安らいでいる様には見えなかった。

 ヨハンはドロテアに近づき、傍らに膝を着くと、二言、三言、話し掛ける。

 そしてドロテアの首筋から伸びるケーブルのソケットを、慎重に取り外した。


「……あの時から薄々感じていた。エリーゼ君の内面に変化が生じていると」


「変化が……」


 首筋から全てのケーブルが外されると、ドロテアは涙に濡れた顔を上げる。

 ヨハンは涙の跡を指で拭ってやりながら、椅子に座りなさいと告げた。

 再び立ち上がったヨハンは『錬成用生成器』のエリーゼへ視線を送る。


「どうしても気になってね、レオン君に確認した事がある、エリーゼ君の変化について」


「……」


「彼女は魂の器たる『エメロード・タブレット』を、魂が失われた『アーデルツ』の身体に搭載され、この世に顕現したワケだが、その施術が原因となり、エリーゼ君は自覚の無いまま『アーデルツの意思』を感じる様になったのでは無いかと、レオン君はそう言っていた。その事はシスター・カトリーヌも把握していると聞たが……どうかな?」


 カトリーヌは頷いた。


「――はい。エリーゼは以前から、自分の裡に在る『アーデルツ』という方の想いについて、口にする事がありました。『アーデルツ』の想いを受けて、子供達や『ヤドリギ園』に愛着を感じる様になったと……」


 子供達や『ヤドリギ園』に愛着を感じる――その言葉に、カトリーヌは前向きなものを感じていた。『アーデルツ』の想いを、己が意思として受け止め、戦うのだと。

 しかし、そうはならなかったという事か。

 ヨハンは『錬成用生成器』のエリーゼを見つめたまま応じる。


「思えば『ベルベット』戦の時から、エリーゼ君の動きは良く無かった……その原因が、エリーゼ君の裡に宿る『アーデルツ』の想いにあるという事なら、状況的に芳しいとは言い難い」


「……」


「これは僕の仮説だが、かつて『アーデルツ』の魂を宿した身体……或いは『神経網』か『人工脳髄』に『アーデルツ』の意思――と思しきものが残留しており、それがエリーゼ君の精神に、干渉しているのではないかと考えている」


「……干渉、ですか?」


「そうだ。恐らくエリーゼ君本来の『魂』は、純粋に戦闘を好む『戦闘精霊』だった筈だ。故に強く、精神的に揺らぐ事など一切無かった。しかし今のエリーゼ君は、温厚で穏やかな『ドリアード』の性質を有する『アーデルツ』の精神性をも内包し、それが表面化しつつある……」


「その事が、エリーゼに良くない結果をもたらすと……?」


 カトリーヌは不安げに尋ねた。

 ヨハンは一旦、口を噤む。

 束の間の沈黙を経て、答えた。


「断言は出来ない――前例が無いからね。少なくとも『アーデルツ』の意識に、自我を蝕まれている……という事では無いと、僕は思う。エリーゼ君は自身の変化を、己の問題として受け止めている筈だ。レオン君も同意見だった。すぐに解決出来る問題では無いのかも知れないが、これを心理的な問題と捉えるならば……誰かが彼女の気持ちに寄り添う事で、精神的な安定に繋がるのではと思う」


「精神的な安定ですか……」


「その役は、シスター・カトリーヌに頼みたい」


「私ですか?」


 不安げに訊き直すカトリーヌ。

 ヨハンはカトリーヌの方へ向き直り、静かに続けた。


「僕やレオン君、ダミアン卿では無理だろう。君にしか頼めない。今までエリーゼ君と共に暮らしてきたシスター・カトリーヌなら、エリーゼ君も安心出来る筈だ」


「そうでしょうか……」


「もちろんだ」


 ヨハンは微笑む。


「――それとシスター・カトリーヌ。様々な事柄を気に掛け、心配なのは解る……しかしここは一旦、休息をとるべきだ。ここで体調を崩したなら、君の望まぬ状況になりかねない。エリーゼ君の様子は僕が責任をもって見守るから、安心して休息を取りたまえ」


 次いで、ドロテアも一緒に休んで来なさい……と、傍らのドロテアに告げた。

 カトリーヌは頷き、椅子から立ち上がる。


「解りました……お言葉に甘えて仮眠を取らせて頂きます。モルティエ様」


 同時にドロテアも立ち上がると、カトリーヌの隣りに並ぶ。

 主であるヨハンにペコリと頭を下げ、カトリーヌを見遣ると手を握った。

 ドロテアは口許を綻ばせると、カトリーヌの手を引いて歩き出そうとする。


「うん、解った……一緒に休もうか、ドロテア」


 ドロテアに促されてカトリーヌは笑みを浮かべる。

 改めてヨハンに一礼を残し、その場を立ち去った。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 工房内の明かりを冷たく反射する、硬質な『錬成用生成器』の水槽。

 水槽の内側には、薄紅色に透き通る希釈エーテル製剤が満ちている。

 その薄紅色の中へ溶け込む様に、エリーゼの白い肢体が浮かんでいる。

 プラチナのロングヘアを漂わせながら、美貌を伏せて目蓋を閉じている。

 ヨハンは『差分解析機』のコンソール前に座り、エリーゼの様子を観察している。

 数分毎にタイプアウトされる専用用紙の記述に目を通し、改めてエリーゼを見遣る。


「……」


 一週間後には負傷箇所の八割は回復するだろうという見立てに変わりは無い。

 シスター・マグノリアの針による麻痺は『強化外殻』の機能でカバーする。

 『強化外殻』装備で増した重量による問題点も『強化外殻』の出力で補えるはずだ。


 エリーゼは間違いなく強い。

 その強さを誰よりも良く知っている――ヨハンはそう自負している。

 『グレナディ』を倒したエリーゼの強さは、間違いなく本物だった。

 その強さの本質は、筋力でも無く、瞬発力でも無く、或いは技術ですら無い。

 戦闘に特化した『思想』と『思考』、それこそがエリーゼの武器なのだ。


 しかし今のエリーゼは、自身の『思想』と『思考』に、忌避感を覚えているのか。

 本当にドロテアが感じた通り『戦いたくない』と考えているのか。

 それが事実なら、エリーゼは最大の『武器』を失った事になる。


「このままでは勝てないぞ、エリーゼ君……」


 掠れた声で呟き、ヨハンは唇を噛んだ。

・ヨハン=シュミット商会の代表。マルセルの再来と呼ばれる程、腕が立つ。

・カトリーヌ=グランマリー教のシスター。レオンのアシスタントを務める。

・ドロテア=ヨハンが錬成したオートマータ。エリーゼのサポートを行う。


・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。

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