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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十九章 暗中飛躍
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第二〇八話 侵入

・前回までのあらすじ

『エリンディア遺跡』より逸失した成果物の行方を追うマルセルは、ウェルバーグ公国の新興貴族・ミュラー男爵に接触、遺跡の成果物の謎を秘めていると思われるオートマータ・エリスの秘密を探るべく、ミュラー男爵が有する錬成工房へ立ち入る。そこで情報収集を行っているとエリスに遭遇、エリスはマルセルが錬成技師である事を即座に見抜き、住宅街近隣のカフェにて密会する事を持ち掛ける。

マルセルとの密会を果たしたエリスは、『エリンディア遺跡』の成果物を報酬に、ミュラー男爵の元から神聖帝国ガラリアへの亡命を希望するのだった。

 『ウェルバーグ公国』都市部に建てられた、富裕層向けのグランド・ホテル。

 マルセルは外交使節団職員が滞在する高層住宅から、このホテルに移動していた。

 エリスに騙った『アルバン』の偽名でチェックイン、そのまま部屋に閉じ籠る。

 部屋の窓を厚手のカーテンで塞ぎ、差し込んで来る陽の光を完全に遮っている。


 陽光に代わり室内を照らしているのは、エーテル水銀式のアーク灯だ。

 その白々とした明かりの下でマルセルは、重厚なマホガニーのデスクに向かっている。

 ただし、一般的なデスクよりも天板の位置が高い。

 デスクの上に作業台を設置してある為だ。

 更には彫金用の丸い固定器具――ヤニ台が、作業台中央に据え置かれている。

 手の届く位置に配置されたサイドテーブルには、何本ものたがねが並ぶ。


 マルセルの左眼には複数のレンズで構成された、拡大ルーペが掛けられている。

 拡大ルーペを通して、ヤニ台に固定された極薄の『翠玉切片』を覗き込んでいる。

 右手に鏨を握り、『翠玉切片』表面に、数値化された錬成概念を僅かずつ刻み込む。

 慎重に、正確に、澱み無く鏨の切っ先を滑らせ続ける。

 『エメロード・タブレット』を錬成しているのだった。


 ヤニ台で固定している『翠玉切片』は七センチ角、厚みは〇・五ミリ。

 この切片に数式を刻み込む事で錬成概念を誘発、更に百数十枚積層させたなら『翠玉切片』は『妖魔精霊』の憑代たる『エメロード・タブレット』として完成する。

 繊細な作業を集中して行うのだが、それには適度な休息が不可欠だ。

 故に『エメロード・タブレット』の錬成作業には、熟練の錬成技師であっても、完成まで数ヶ月から半年、長ければ一年掛かりとなる場合もある。

 しかしマルセルは、そんな難度の高い作業を一ヶ月足らずで完遂しようとしている。

 ごく僅かな睡眠とエネルギー補給の時間を除き、全てを作業に注ぎ込んでいる。

 常人には不可能なレベルで、極度の集中力を持続させている。

 呼吸は一定であり、指先に震えは無く、視線もブレない。

 『差分解析機』を構成する無数の歯車よりも正確に作業を続けている。

 この驚異的な集中力が、マルセルの天才性を支えていた。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 『エメロード・タブレット』の錬成を開始して二週間が経過する。

 作業を続けるマルセルの姿に変化は無い。

 疲労を些かも感じさせぬ姿勢で、作業机に向かっている。

 拡大鏡越しにヤニ台上の『翠玉切片』を凝視しつつ、右手の鏨を滑らせている。

 

 その時、部屋のドアに取り付けられたチャイムが鳴った。

 ルームサービスか、或いは荷物が届いたのだろう。

 すぐに二度目のチャイムが鳴らされる、ホテルのスタッフが退出した知らせだ。

 マルセルは拡大鏡を外すと、部屋のエントランスへ向かう。

 そこには昼食のサンドイッチを乗せたワゴンと、小さな小包が残されていた。

 マルセルはサンドイッチの並ぶ皿と共に小包を手に取り、差出人を確認する。

 エリスだった。


 部屋へ戻り小包を開ける。

 中には数枚の便箋と布に包まった鍵が二本、納められていた。

 マルセルは便箋に目を通す。

 そこには次回開催される『ジングシュピル』の日付と時間、後に行われる『身体の乗り換え』施術に関する詳細な予定が記述されていた。


「……」


 手紙の内容を全て記憶したマルセルは、便箋に火を着け灰皿に捨てる。

 次いで二本の鍵を、シャツの胸ポケットに納める。

 そのまま無言で、皿の上のサンドイッチを頬張った。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 『ジングシュピル』開催当日。

 マルセルは『シュネス平安財団』職員・クルーゾーより、試合の結果報告を受けていた。

 当然の様に戦勝したらしい。

 元より負ける筈は無いと、マルセルも確信していた。

 エリスは確実に異質な存在だ。

 現存する数多のオートマータが、アレを正面から凌駕する姿を想像出来ない。

 それほどの――それほどに極まった存在だと認識していた。


 報告を受けたマルセルはクルーゾーと共に、外交官用の高層集合住宅へ移動する。

 もちろん五日前に完成させた『エメロード・タブレット』と、二本の鍵は持って行く。

 更にエリスが手紙内に必要と記載していた『防毒マスク』と、希釈エーテル製剤で満たされた簡易濾過装置付きガラスケースを納めたジュエリーボックスを用意する。


 そのまま夜が更けるのを待って、深夜〇時過ぎ。

 マルセルはクルーゾーが用意した駆動車に乗り込み、ミュラー邸近郊へ向かう。

 貴族達のタウンハウスが立ち並ぶ区画に近づいたところで、駆動車を降りる。

 通りにはエーテル水銀式の街灯が燈され、黄色い光源が連なる歩道を足早に歩く。

 右手には防毒マスクとジュエリーボックスを納めた革製のバッグ。

 幾らほども歩かぬうちに、重厚なミュラー邸のシルエットが見えて来る。

 マルセルは邸宅の裏へ回ると、通用門へ近づく。

 内ポケットから鍵を取り出し、解錠する。

 手紙と共にエリスより送られて来た鍵だ。


「……」


 開いた通用門から邸内の様子を観察するが、警備員らしき姿は見えない。

 エリスが送って寄越した手紙に書いてあった通りだ。

 あの実直な執事をどの様に誘導したのか、ミュラー邸内の防犯はザルだった。 

 マルセルは通用門を潜り抜けると足音を忍ばせつつ、裏庭に建てられた工房へ近づく。

 見咎める者など誰もいない、静かなものだ。


 工房入口へ辿り着いたマルセルは、重厚な鉄扉に手を伸ばす。

 扉を固めているのはダイヤル式の錠前だが、問題無く解錠する。

 音も無く工房へ立ち入れば短い廊下があり、行く先を塞ぐ二重扉が見えている。

 マルセルは革のバッグから防毒マスクを取り出すと、顔を覆う様に装着した。

 二重扉に近づき、エリスより預かった二本目の鍵を使用する。

 微かな金属音と共に解錠された扉を、ゆっくりとスイングさせる。

 そして扉の隙間から、中の様子を慎重に伺った。


 『蒸気式精密差分解析機』の駆動する音と、換気扇の旋回音だけが、鈍く響いている。

 だが、それ以外に物音はしない、話し声も無い。

 人の気配も感じられなかった。

 マルセルは顔を覆う防毒マスクを確認して後、足音を忍ばせつつ工房内へ立ち入った。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 南方大陸東部高山地帯に、『パパベルス』という群生植物が存在する。

 『パパベルス』は赤い花を咲かせる一年草であり、その実からは種が採れた。

 『パパベル粉』といえばパンやクッキーの元になる食材であり、誰もが知っている。

 一方で『パパベルス』の未成熟な実から白い乳液を抽出加工した場合。

 それは『錬成パパベル・モルペウス』と呼ばれる、速攻性の高い鎮静麻酔薬となる。

 とはいえ『錬成パパベル・モルペウス』は、誰もが安易に扱える代物では無い。

 知識と資格が無ければ、入手すら困難だ。


 しかし『ガゼール領』の領主たる『ミュラー男爵』と、彼が擁する若い錬成技師達を意のままに誘導する『エリス』は別だ。

 オートマータでありながら、錬成科学に対する深い造詣を有する『エリス』は別だ。

 しかもその上で、薬科学に関する知識すらも貪欲に吸収したのか。

 エリスは鎮静鎮痛の効果を伴う強力な麻酔薬――『錬成パパベル・モルペウス』を用いて、工房にて小休止をとっていた若い錬成技師達を全て、昏睡状態に追い込んでいた。

 

「……」


 工房の端に設けられた、休憩用のソファとテーブルのセットだった。

 ある者はソファに腰を下ろしたまま、ある者はテーブルへ突っ伏したまま動かない。

 テーブルの上には複数のマグカップと、そしてワインボトルが二本残されている。

 ただ、卓上のワインは一般的なワインとは違う。

 エリスの手紙には『ハーブ入りグリューワイン』と記載されていた。

 要するに鎮静作用を有するマリファナ――麻薬入りワインだ。


 ミュラー男爵に仕える若い錬成技師達は、昨今流行り始めた鎮静薬物入りのアルコール飲料を、仕事の合間に常々楽しんでいたらしい。

 が、そんなグリューワインだけで、いきなり極端な泥酔状態に陥ったりはしない。

 エリスがこの工房内に仕掛けた麻酔薬――『錬成パパベル・モルペウス』との相乗効果で、錬成技師達は意識を失い動けなくなったのだ。


 マルセルは昏睡したままの錬成技師達を尻目に、工房最奥で無数の歯車が噛み合う音を響かせている『蒸気式精密差分解析機』の方へ、ゆっくりと近づく。

 静かに歩くマルセルの周囲には、大量の水蒸気がゆらめきながら漂っている。

 壁面を這う鋳鉄ダクトより大量の蒸気が送り込まれ、巨大な鋼鉄の計算機は稼動しているのだが、ダクトの隙間より溢れ出す水蒸気の量が、常より多い様に感じられる。

 この状況は、故障や事故の類いでは無く、偶然でも無かった。

 辺りに漂う水蒸気に『錬成パパベル・モルペウス』が仕込まれていた。


 『蒸気式精密差分解析機』の精密動作を維持するには、常に均一な蒸気圧が必要となる。その為、ボイラー室に繋がる鋳鉄ダクトには、蒸気圧調整用の減圧弁に安全弁、スチームトラップ等が設けられている。

 エリスは、そんな圧力調整を行う部位に『錬成パパベル・モルペウス』を仕込んだ。

 排出される水蒸気に『錬成パパベル・モルペウス』を溶け出させ、知らず知らずのうちに吸引させる為だ。

 当然『錬成パパベル・モルペウス』が気化するタイミング、そして換気扇より適切に排気されるタイミングは『差分解析機』を用いて、エリスが事前に調整している。


 つまりエリスは『エメロード・タブレット』が元の身体より取り出され、予め用意してあった第二の身体に『濃縮エーテル』が馴染ませるまでの数時間――技師達が休憩し、ワインを愉しむ数時間に併せ、気化した『錬成パパベル・モルペウス』が散布される様に仕掛けていたのだ。


 マルセルは『差分解析機』の前で足を止めた。

 視線を移し、傍らにそびえる二対の水槽を見遣る。

 いずれも円筒形の水槽であり、薄紅色の希釈エーテル製剤で満たされていた。

 『錬成用生成器』だった。

 マルセルは無言で稼動する『錬成用生成器』に近づく。


 いずれの水槽にも肌を晒した娘が、目蓋を閉じて浮かんでいる。

 向かって右側の娘は、ブロンドのロングヘアだ。

 その白い肌と整った面差しはエリスのようで、どこか違う。

 『エメロード・タブレット』を喪失し、身体が魂の影響を受けなくなった為か。

 しなやかな裸体の至る所から露出する硬質な金属ソケットに、生成器上部より伸びるケーブルコネクタが何本も接続されている。魂を失った身体から少しずつ『濃縮エーテル』を抜き取り、保管可能な状態に整える作業を行ってるのだ。

 左の水槽に浮かぶ娘は褐色の肌をしており、頭髪はダークグレーのショートカットだ。

 敢えて元のエリスとは異なる風貌に錬成しているのだろう。

 もし『エメロード・タブレット』の乗せ換えが成功し、あの特殊な武装も放棄したなら、よほどの事が無ければ、この娘が身体を入れ替えたエリスであるとは誰も気づかぬ筈だ。

 こちらの身体にも大量のケーブルが繋がっており、そこから僅かずつ蘇生に必要な『リンゲル液』と『濃縮エーテル』が流し込まれていた。


 未だ魂が宿らぬ身体を調整している『錬成用生成器』の脇には、金属製の重厚な施術台があり、施術台の上には、金属フレームに覆われた水槽――『簡易生成器』が、ボルトでがっちりと固定されている。

 『簡易生成器』の内側は希釈エーテル製剤で満たされ、その薄紅色に揺らぐ液体の中で、錬成科学の結晶たる立方体――『エメロード・タブレット』が、緑色に鈍く発光していた。

 それは『エリス』の意識が宿る『エメロード・タブレット』――『タブラ・スマラグディナ』だった。

・マルセル=達士アデプト、天才と呼ばれる錬成技師。レオンの実父。

・エリス=魔術を用いると評され、連勝を重ねるオートマータ。


・ミュラー男爵=エリスの主人。迂闊な性格なのか社交界で敬遠されている。

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