第二〇七話 助言
・前回までのあらすじ
『エリンディア遺跡』より逸失した成果物の行方を追うマルセルは、ウェルバーグ公国の新興貴族・ミュラー男爵に接触、遺跡の成果物の謎を秘めていると思われるオートマータ・エリスの秘密を探るべく、ミュラー男爵が有する錬成工房へ立ち入る。そこで情報収集を行っているとエリスに遭遇、エリスはマルセルが錬成技師である事を即座に見抜き、住宅街近隣のカフェにて密会する事を持ち掛ける。
マルセルとの密会を果たしたエリスは、『エリンディア遺跡』の成果物を報酬に、ミュラー男爵の元から神聖帝国ガラリアへの亡命を希望するのだった。
冷めて久しい卓上のティーカップを無視して、マルセルはエリスの手元を凝視する。
視線の先はエリスがハンドバッグから取り出した、金属製のジュエリーケースだ。
いや、金属ケースの内側に納まった、深緑色の立方体を見つめている。
これが『タブラ・スマラグディナ』か。
希釈エーテル製剤に浸されていない、『魂』は宿されていないという事なのだろう。
「……『エリンディア遺跡』より逸失し、未だ行方が解らないとされている『成果物』は二点。ソレが『タブラ・スマラグディナ』だとするなら、残るひとつはキミの裡に納まっていると考えて良いのかな?」
アイスグレーの瞳を光らせながら、マルセルは質問する。
エリスは軽く首を振ると、金属ケースをマルセルの方へ差し出しつつ言った。
「いいえ。私の魂を司るタブレットは、こちらの『成果物』を元に、私を錬成した『錬成技師メルガル』が再現した物でございます。『クレオ派』が使用した古代言語のままでは、現代の技術で置換錬成した身体に馴染まないと判断したのでしょう」
「なるほど……」
マルセルは小さく頷く。
父・ファブリスが死亡した年、ガラリア・イーサの『錬成機関院』にて『エリンディア遺跡』で発掘された『タブラ・スマラグディナ』を用いての起動実験が行われた。
が、それは凄惨な事故を引き起こし、失敗に終わっている。
現代の錬成技師達が一般的に使用している『グランマリー派』の古代言語と、『クレオ派』が用いた古代言語、これら二種類の言語を統合する事無く併用した為に、事故が発生した可能性もあるという事か。
マルセルは更に質問を重ねる。
「では、残る一つは?」
「私の手元に在る『エリンディア遺跡』の『成果物』は『錬成技師メルガル』が残した、この一点のみ。他にも存在するのかどうか……私はこれ以外の『成果物』を存じ上げません」
「そうか……」
エリスが嘘を吐いている様には思えない。
逸失した『成果物』二点のうち一点は、手掛かりすら追う術が無い。
だが、残る一点は間違い無く眼前に在る。
この一点を入手出来たなら、『シュネス伯爵』との約束は果たされる。
その上でエリスの国外逃亡を幇助したなら。
エリスが、その身に有するデータも入手可能だ。
――しかし。
「しかし、さっきも言い掛けたがキミを連れ出すというのは、なかなか難しい……」
マルセルは難色を示した。
言葉通りの意味だ、そう簡単な話では無い。
色々と問題はあるが、まずミュラー男爵がネックだ。
男爵は自身がエリスの主である事を、社交界に広く喧伝している。
『ジングシュピル』への参加を公言する事は、禁忌であるのにも関わらずだ。
そんな男爵の元からエリスが失踪したなら、すぐさま噂になるだろう。
失踪の原因として『シュネス平安財団』に疑いが掛かる可能性も否定出来ない。
自己顕示欲の強い男爵なら『シュネス平安財団』から、好条件で取り引きを持ち掛けられたと、間違い無く周囲に吹聴して回っている筈だ。
エリスは自身の理解者を探す為、男爵の迂闊さを利用したのだろうが、その策が裏目に出た形だ。
ミュラー男爵をどうにかしなければ、エリスを連れ出す事など出来ない。
或いは何らかの情報のみミュラー邸工房から密かに窃取するという事なら、後に男爵から疑惑の眼が向けられたとしても、何とでも言い逃れは可能だった。
その為にマルセルは、工房の入口を固める扉の解錠ナンバーを記憶したのだ。
しかし、社交界で認知されているオートマータの略取となれば難易度は桁違いだ。
具体的にどの様な策を用いれば良いのか。
にも拘らずエリスは、口許を綻ばせつつ淡々と告げた。
「私に考えがございます」
「考え?」
マルセルは訊き直す。
エリスは小さく頷き、改めて口を開く。
「およそ一か月後、次の『ジングシュピル』が開催されます。私は『ジングシュピル』への参加をミュラー男爵に働き掛けるつもりです。『シュネス平安財団』との取引で得た利益、これを全て賭けたなら莫大な払い戻しが期待出来ると。この提案を男爵は間違い無く受けるでしょう。そして『ジングシュピル』への参加を決めたなら、いつも通り社交界で吹聴して回るはず」
「……」
「私は連勝を続けており、そろそろオッズの確定が難しくなる、更には複数の貴族から恨みも買っている。その様な状況で男爵が莫大な金を賭ける、となれば試合相手として選ばれる者は、相応の強者となりましょう。ならば私が勝つにせよ、負傷は否めない」
「……」
「私はその負傷を理由に『ジングシュピル』の舞台から姿を消す、恐らく貴族達は負傷を理由とした引退に納得する事でしょう。その上で私は、男爵と錬成技師達に『次の身体』への『乗り換え』を提案します。男爵と技師達はこの提案に合意し、『乗り換え』の施術は遠からず行われましょう」
「……」
「私は、私の『エメロード・タブレット』を別の身体に乗せ換える、その日の深夜。その施術中に、工房内で何らかのトラブルが発生する様、仕掛けを施すつもりです。ミュラー邸の警備も限り無く手薄になるよう仕向けましょう。そんな人気の無い工房を、訪ねていらして下さい。鍵はお届けします。そしてこれを――」
囁く様に言いながらエリスは、ハンドバッグから折り畳まれた便箋を差し出す。
マルセルは差し出された白い便箋を受け取ると、書かれている内容を見た。
そこには数字が書き込まれていた。
右・五六。左・九七。右・二七。左・六四。
それは工房の『ダイヤル錠』を開ける為の数字だった。
しかし、マルセルが記憶した数字とは違っている。
「――昨日、アルバン様方がお帰りになって後、私がミュラー男爵に進言したのです。どなたであれ第三者が工房を訪ねた以上は、ダイヤル錠の番号を変えた方が良いと。『ガゼール領』にとって工房は、それほどに価値があるのだと。この発言は男爵だけで無く、彼の執事も聞いております。これで貴方に疑いが掛かる事も無いでしょう」
「……あの執事もキミが誘導し、工房へ忍べる状況を作ると?」
「男爵の人間性に因るところです。私はただ、助言するに過ぎません」
「……」
エリーゼは紅い瞳を潤ませながら応じた。
マルセルはその紅い煌めきを見据え、沈黙する。
が、程無くして口を開いた。
「……この計画にはあとひとつ、必要な物があるね?」
「左様でございます。良くお気づきになられました」
「つまり一般的な錬成技師が知るモノと見た目は大差無い、そう考えて良いのかな?」
「はい、一見しただけでは判別つきかねましょう」
「なら……それはボクの方で用意しよう」
「必要な物は揃っておいでですか?」
「問題無い、ボクは錬成技師だ」
「感謝申し上げます、アルバン様。貴方こそ私が仕えるに相応しいお方です。貴方の国、ガラリアにて全霊を尽くしましょう、決して損はさせません」
「……」
エリスは口角を吊り上げ、艶やかに微笑んだ。
マルセルはその微笑みから視線を逸らすと、冷め切ったコーヒーに唇をつけた。
・マルセル=達士アデプト、天才と呼ばれる錬成技師。レオンの実父。
・エリス=魔術を用いると評され、連勝を重ねるオートマータ。
・ミュラー男爵=エリスの主人。迂闊な性格なのか社交界で敬遠されている。




