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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十九章 暗中飛躍
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第二〇六話 成果

・前回までのあらすじ

『エリンディア遺跡』より逸失した成果物の行方を追うマルセルは、ウェルバーグ公国の新興貴族・ミュラー男爵に接触、鉱物資源の売買契約を持ち掛けて関心を惹き、遺跡の成果物の謎を秘めていると思われるオートマータ・エリスの秘密を探るべく、ミュラー男爵が有する錬成工房へ立ち入る。そこで情報収集を行っているとエリスに遭遇、エリスはマルセルが錬成技師である事を即座に見抜き、距離を詰めるかのように親しげに話し掛けて来る。

その上でエリスは、ガラリア出身の錬成技師であるマルセルにしか解らぬ方法でメッセージを送り、住宅街近隣のカフェにて密会する事を持ち掛けたのだった。

 ランダムに並ぶ大きなパラソルは、薄曇りの空の下で咲く白い花を思わせた。

 遊歩道に面したオープンカフェの、ガーデンテーブルに備え付けられたパラソルだ。

 淡い陽光を遮るパラソルの下、マルセルはテーブルを挟んだ向こう側を見つめている。

 視線の先では、漆黒のプロムナード・ドレスを纏うエリスが微笑む。

 マルセルと向き合い、椅子に腰を下ろしたエリスは、ベール付きの黒いトーク帽を被り、霞みの如き黒いベール越しに垣間見える白い美貌は、冴え冴えと光る夜の月を思わせた。


 給仕用の黒い衣装に身を包んだ若い男が、エリスの元へ注文を取りに来る。

 エリスが紅茶を注文すると、若い男は一礼と共に踵を返す。

 店の方へ遠ざかる男の後姿を見送りながら、マルセルは低い声で質問した。


「最初に確認しておきたい……何故、ボクを呼び出した?」


「貴方が私に会う事を望んだからです」


 煌めく紅い瞳にマルセルを映しながら、エリスは答えた。

 マルセルは微かに眉根を寄せ、訝しむ様に尋ねる。


「ボクがキミに? どういう意味かな?」


 エリスは口許に笑みを湛えたまま、眼を細める。

 声を落しながら愉しげに、囁く様に言った。


「ミュラー男爵の様な方の言動が、社交界で好意的に受け入れられる事など、まず有り得ません。ましてや非合法の決闘ゲーム『ジングシュピル』への参加を、自ら仄めかすとあってはなおのこと」


「……」


「そんなミュラー男爵との取り引きを本気で考える方が、果たしてどれほどいらっしゃるのか。いらしたとしてそれほど迂闊な方が、念の為に工房を確認したいなどと申し出るのかどうか」


「……」


「それらの要素を踏まえ、工房に訪れた錬成技師である貴方を確認したなら……貴方の立ち居振る舞いは、貴方自身の錬成技師としての優秀さと、ミュラー男爵に対する興味の無さを示しておりました。ならば答えは一つしかありません」


 小川のせせらぎにも似たエリスの透き通る声は、しかし静かな自信に満ちていた。

 相貌を覆う黒いベールの下で濡れ光る瞳も、どの様な揺らぎも見せない。


「……だとして、キミはそんなボクに何を望む?」


 マルセルは質問を重ねる。

 微笑むエリスは、アイスグレーに光るマルセルの瞳を見つめ答えた。


「私をミュラー男爵の元より連れ出して下さいまし」


「連れ出す……?」


 エリスが発した言葉を、マルセルは口の中で反芻する。

 何らかの取引を予想していたが、この申し出は想定していなかった。

 エリスは続ける。


「ご存じの通り、オートマータの裡に宿る魂は『エメロード・タブレット』に刻み込まれた『妖魔精霊』の性質を強く反映したもの。そして私の裡に宿る『墓場鳥』の魂は『戦闘精霊』――幾度も幾度も死地へ赴き、幾度も幾度も死線を潜る、それのみを望まれ、それのみを望む、その様な魂にございます」


 過剰なまでに闘争を好み、戦闘行為に没入する『妖魔精霊』は、確かに存在する。

 ただ、極端な資質を秘めた『妖魔精霊』は安定性に欠ける為、扱いが難しい。

 エリスの裡にあるという『墓場鳥』の魂は、そういった類いの『妖魔精霊』であるのか。

 マルセルは黙考したまま耳を傾ける。


「故に私はミュラー男爵の元で、存分に戦闘を繰り返しておりました。男爵が有する『ガゼール領』の経済状況は悪化しており、『ジングシュピル』にて得られる報奨金その他に依存した状態。それは『戦闘精霊』たる私にとって都合が良かった。ですが……」


「……」


「……この様な方法、この様な立場では、いずれ立ち行かなくなりましょう。再び、三度と身体を入れ替え、顔を変え、剣、槍、鞭と、武器を次々に持ち替えたとしても、やがては行き詰まるはず。そしてオートマータは、優秀な錬成技師のサポート無しには存在を維持する事も儘なりません」

 

「……なるほど」


 ここでマルセルは、口を挟む形で小さく応じる。

 黒く淡いベール越しに光る、エリスの瞳を見つめ返しながら言った。


「キミが男爵に『ジングシュピル』での成果を、社交界で触れ回るよう仕向けたのか」


「……」


 マルセルの言葉に、エリスは微笑むだけで答えない。

 が、否定する様子も無い。


 エリスは自身の存在と戦闘力を社交界に周知すべく、ミュラー男爵を唆したのだ。

 その上で、暗愚な男爵と関わるデメリットを意に介さず、自身に興味を示し、接触を図ろうとする者なら、有益な取り引きが可能なはず――その様に予想したのだろう。

 つまり工房で初めて対面した時から、エリスはマルセルの目的を半ば把握していたという事になる。だからこその提案なのだ。


「私を連れ出す事は貴方にとっても有益であるはず。その『益』が何を示すのか、それは昨日お渡しした、そちらの用紙にある通りでございます」


「これが『クレオ派錬金術』に関する情報なら、いや……『エリンディア遺跡』の成果物に関する情報なら、キミの提案に乗る事もやぶさかじゃ無い――が、しかし……」


 その時、エリスの元へ給仕の男が歩み寄り、テーブルの上に茶器を用意する。  

 カップに茶を注ぐと、白い湯気が立ち昇る。 

 給仕が立ち去るのを待ち、エリスが改めて言葉を紡ぐ。


「……もし私の元に訪れた方が、貴方ほどの錬成技師で無ければ、もっと別の方法を模索しました。ですが貴方は『クレオ派錬金術』の古代文字を読み解く事が出来た――これはふたつの可能性を示唆しています」


「……」


「ひとつは私を錬成した『錬成技師メルガル』と同じ『クレオ派錬金術師』である可能性。ですが彼ら『クレオ派』は知識の流出を恐れ、私を戦いの場へ立たせる事はおろか、他者との交流自体を拒んでおりました。この消極的な姿勢は、恐らく貴方の思想と相反するはず」


「……」


「ならば残るは、貴方が『ウェルバーグ公国』と対立関係にある『神聖帝国ガラリア』の錬成技師であるという可能性。彼の国では『クレオ派錬金術』の基礎を、極秘裏に学習院で教導していると聞き及びます」


「……」


「それが事実なら、古代文字の序文を貴方が読めた事も不思議では無く、そしてそんな貴方が私の元へ訪れた。この事実に私は天の配剤を感じずにはいられません。私は貴方という有能な錬成技師の助力を求めておりました、そして……」


「……」


 エリスは言葉を区切ると、淡く融けゆく湯気の向こうで目を細める。

 そして、膝の上に乗せていたハンドバッグの中から、小さなケースを取り出す。

 金属製のジュエリーケースだ。


「そして貴方は『エリンディア遺跡』の『成果物』と、その成果である『私』を得る事が出来ます」


 囁く様な声で告げつつ、エリスはケースの蓋を開けた。

 ベルベットの布が張られたそこに、深緑色に沈んだ半透明の立方体が納められていた。

 マルセルは小さく呟く。

 

「これは遺跡から発掘された『タブラ・スマラグディナ』か……?」


「はい、『エリンディア遺跡』で発掘された『成果物』でございます。そう……一〇年前、『神聖帝国ガラリア』で行われた『起動実験』に使用された物と、恐らく同種でしょう」



※8/19(土)の更新はお休みとなります。ご了承下さいませ。

※身内の死去に伴い、名義変更等の手続きを進める必要があり、更新が滞りがちになっております。

 恐れ入りますがご容赦下さいませ。遠からず通常運転に戻ります。

・マルセル=達士アデプト、天才と呼ばれる錬成技師。レオンの実父。

・エリス=魔術を用いると評され、連勝を重ねるオートマータ。


・ミュラー男爵=エリスの主人。迂闊な性格なのか社交界で敬遠されている。

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