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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十九章 暗中飛躍
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第二〇一話 疑義

・前回までのあらすじ

マルセルは『エリンディア遺跡』より逸失した成果物の、重大な秘密を握っているであろうオートマータ『エリス』に関する情報を収集すべく、その主であるミュラー男爵に経済的な取引を持ち掛ける。迂闊な性格であるミュラー男爵はその取引を快諾、その上で『エリス』に関する秘密を吐露し始める。

 ミュラー男爵の父親は『エリス』を用いて『ジングシュピル』で連勝を重ねた。

 だが過度な連勝を重ねた結果、賭けの成立が危ぶまれる事態に陥ったのだという。

 その状況を回避すべく先代男爵は『エリス』の為の新たな身体を錬成、そこへ『エリス』の『エメロード・タブレット』を乗せ換えた。

 身体のみ新調した『エリス』を、新規のオートマータと偽り『ジングシュピル』に登録、改めて決闘ゲームに参加させていた――ミュラー男爵はそう言った。


「――父は過去に二度ほど新たな身体を錬成しては、それに『エリス』の『エメロード・タブレット』を乗せ換えておりました。私も父から『エリス』を引き継いだ際、先代技師の勧めで『エメロード・タブレット』の乗せ換えを行っております。これを繰り返す事で『ジングシュピル』でのオッズの偏りは防げる。ね? 大した事では無いでしょう? はははは!」


 屈託無く男爵は笑い、ワインを呷った。

 話を聞くフルニエは口許を綻ばせ、楽しげに頷く。

 しかし男爵の背後では無表情の老執事が、笑う男爵の後頭部を睨む様に凝視していた。

 怒りを噛み殺しているのだろう――マルセルは思う。


 貴族が抱える『錬成技師』と『オートマータ』は、錬成科学の発達した現代社会に於いて、莫大な財産そのものだ。

 財産を最大限有効活用するなら、貴族は錬成技師に惜しみ無い援助を行うべき――それが貴族社会に於ける当然の認識だ。そうでなければ錬成技師など抱えるべきでは無い。

 多大な援助を得て錬成技師は優れたオートマータを錬成し、やがてその努力研鑽は社会へ還元される様な技術革新を生み出すに至るのだ。それを促す事が貴族位にある者の取るべき姿勢であり、凡そ全ての貴族がそうあるべきと考えている筈だ。経済的な理由でそれが叶わぬなら口を噤む――それも貴族社会ではある種の常識だ。


 にも拘らずミュラー男爵は、そういった常識に全く頓着が無い。

 だからこそ『エメロード・タブレット』乗せ換えの手法を自慢げに語ったのだ。

 『エメロード・タブレット』を乗せ換える事でオートマータの新造を偽る――或いは明確に禁じられてはいないのかも知れない、しかしオートマータを有する貴族なら、口が裂けても口外出来ぬ筈だ。

 もちろん先代男爵も『エメロード・タブレット』の乗せ換えを口外しなかっただろう。

 貴族の沽券に関わる為だ。錬成技師を抱えながら援助を惜しみ、研究研鑽の機会を奪う――そんな噂が立てば、たちまち社交界での地位は地の底にまで堕ちる。


 なにより――『ジングシュピル』は賭けの対象である事を、男爵は軽く見ている。

 男爵が行っている事は『エメロード・タブレット』乗せ換えによる、オッズの操作だ。

 参加者による意図的なオッズ操作が、賭博の現場で許されるはずも無い。

 この事実が知れ渡れば、男爵は『ジングシュピル』から永久追放されるだろう。


 そんな事も解らず、むしろ妙案であるかの様に嬉々としてミュラー男爵は放言した。

 手品の種を明かして悦に入る子供よりも程度が低い。


 男爵の傍らに立つ老執事は、そういった事情について十二分に説明はしたのだろう。

 それでも暗愚な男爵には伝わらず、逆に執事は疎ましがられたのだ。

 無知は罪だとマルセルは思う、せめて無知である事を自覚し、老執事の言葉に耳を傾けていたなら、少なくともこんな詐欺に掛かる事も無かったろうに。

 なんにせよ、情報収集は想定よりも楽に行える筈だ。


「今の『エリス』が一〇連勝……先代技師が錬成した優秀なボディですが、あと二度も連勝すれば、ギャンブルが不成立となる可能性も高い。しかし既に次の身体を用意してありますからな。とはいっても、二代前の身体を整備し直し、顔立ちを変えて乗せ換える予定でして。一から錬成する手間も省けますし、錬成技師達に掛かる負担も軽減される」


「……なるほど、そういう方法は思いもよりませんでした」


「それほどでも無いでしょう、このゲームに興じるなら生ずる当然の発想ですよ」


「いやいや、視点を変えるという発想も大切ですな」


 ミュラー男爵は自慢げに語り、フルニエはお追従を述べる。

 馬鹿らしい会話だ――しかしフルニエはそういった意図を一切感じさせない。

 『シュネス平安財団』の職員として、シュネス伯の為に全力を尽くしている。

 シュネス伯の悲願を叶えるべく、フルニエは渾身の芝居を続ける。


「それにしても、そのミュラー卿の『エリス』ですか……噂となるほどの強さ、どの様な環境で整備されているのか、我々としては非常に気になるところでして。いや、決してミュラー卿を疑うわけでは無いのですが、可能ならミュラー卿が有する『錬成工房』と『エリス』を、直接拝見する事は可能でしょうか?」


「いや、それは……」


 否定する様に声を上げたのは、男爵の後ろに控える老執事だった。

 錬成工房を見せて欲しいという提案は、『シュネス平安財団』が取引を決めた理由として『エリス』の戦績を挙げていた為、そこまで不自然な要求では無いのかも知れない。しかし現状、男爵側にあまりにも都合の良い取引である為、老執事は警戒したのだろう。

 ――が、そんな老執事をミュラー男爵が叱責する。


「オラーフッ! ビジネスの話をしているのに口を挟むな!」


 眉間に皺をよせ、低い声で唸る様に告げた。

 

「お前は何時まで子守り気分なんだ? 親父はもう死んだ、今の主は私だ! 主である私の決定に、いちいち口を挟むんじゃない! ……いや、もう良い、下がれ」


 アルコールで濁った眼を尖らせながら、男爵は老執事を睨む。

 執事は目を伏せると謝意を口にし、皆に向かって頭を垂れると退室した。

 老執事を見送った男爵は、改めて笑みを浮かべると口を開いた。


「……いやあ、うちの執事が失礼な事を。申し訳ない」


「いえいえ、まったくお気になさらず」


 フルニエは慇懃な態度を崩す事無く、微笑み頷く。

 マルセルは己の感情が表に漏れぬよう、務めて無表情を心掛ける。

 同時に、先ほどのやり取りに関して、ある種の疑念を抱いていた。


 『エメロード・タブレット』はそのままに身体のみを錬成し、乗せ換える。

 技術的には可能であるし、禁忌の手法でも無い。

 ただ、連戦連勝の高品質なオートマータを錬成出来る技師なら、自身の技術を更に研鑽すべく、新たなオートマータを『エメロード・タブレット』ごと錬成するのでは無いか。

 連戦連勝のオートマータを錬成した――それは偶然完成したという事では無い。

 確かな技術の積み上げと、極まった努力の末に至った結果だ。

 一度至高のオートマータを完成させたなら、二度目、三度目と、更に高品質のオートマータを新造出来る筈だ、データの蓄積とはそうした物だ。

 優秀であった筈の先代錬成技師は、何故そうしなかったのか。

 パトロンである先代男爵が金銭的に困窮していた、そういう可能性も無いでは無い。

 しかしそんな貧乏貴族は、始めから錬成技師を雇おうなどとは思わないだろう。

 何より先代ミュラー男爵は、一代で貴族位に登り詰め『ガゼール領』を拝領している。

 金銭的困窮を抱える者や、人品卑しい者に、爵位が与えられる筈も無い。

 先代ミュラー男爵は、優秀さ故に爵位と領地が与えられたのだ。

 ならば『エメロード・タブレット』の乗せ換えは、先代男爵も先代技師も納得の上で行われた――そういう事になる。

 マルセルはその意味について考えていた。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 男爵が所有する『錬成工房』は、タウンハウスの敷地内に別棟として建てられていた。

 窓の無いコンクリート製かつ半地下の造りは、一般的な『錬成工房』の構造だ。

 『シュネス平安財団』のメンバーを引き連れて歩いたミュラー男爵は、やがて工房の出入口である重厚な鉄扉の前で立ち止まった。


「――ここです。この時間なら技師達も皆、中にいるでしょう」


 そう言って男爵は、解錠すべく鉄扉に手を伸ばす。

 中にいる技師達に声を掛けないのは、恐らく工房入口が二重ドアになっている為だ。

 連絡用の伝声管は、関係者しか立ち入れない内側にしか設けていないのだろう。

 つまり本来は予め本宅からの直通回線で、連絡を入れてから訪れるべき場所なのだ。

 部外者が立ち入る事を想定した造りでは無い。

 貴族お抱えの技師が有する工房としては、間々あるタイプの構造だった。


 マルセルは男爵が伸ばした手の先を凝視する。

 ドアの鍵は金庫等に用いる『ダイヤル錠』と『ピンタンブラー錠』の組み合わせだ。

 男爵は内ポケットから鍵束を取り出し、鍵穴に差し込む。

 次いでダイヤル錠を指先で摘まむ。

 クルクルと右方向へ回し続けて止める。

 次いで左方向へ三回、更に右へ二回、最後左へ一回。

 回転式のダイヤル錠は繊細だ、故に男爵は、慎重にゆっくりと回転を止める。


 マルセルは、その一部始終を脳に焼き付け記憶した。

 右・八三。左・四五。右・六〇。左・二八。

 錠は四枚羽の構造だ。

 残るピンタンブラー式の錠も、マルセルなら硬質の針金が二本もあれば解錠出来る。

 

 まともな交渉で秘密が探れるなどと、最初から考えてはいない。

 マルセルは平静を装いながら、極限まで精神を研ぎ澄ませていた。

・マルセル=達士アデプト、天才と呼ばれる錬成技師。レオンの実父。

・『シュネス平安財団』職員・フルニエ=クルーゾーの部下でありシュネス伯の配下。ドラジという偽名を使う。

・『シュネス平安財団』職員・クルーゾー=エルザンヌ共和国の大使館員でシュネス伯の配下。


・ミュラー男爵=エリスの主人。迂闊な性格なのか社交界で敬遠されている。

・オラーフ=ミュラー男爵の執事であり高齢。

・エリス=魔術を用いると評され、連勝を重ねるオートマータ。

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