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御台所清水の水涼さんっ!  作者: 水郷 美六
決戦、堕神 編
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30/33

想いの強さは大いなる力、なのです♪

最終章となります。

最後までどうかお付き合いくださいませ。

 黒煙は勢いを増していく。俺はその発生源に向かって全速力で走る。


 胸騒ぎがする、黒煙の発生源は『湧くや』でほぼ間違いないだろう。だとすれば十中八九、玻雀が絡んでいる。


 諏訪神社から湧くやまで約二キロ、全力で走れば十分もかからない。夕方の町の中、呆然と黒煙を見上げる人たちをどんどん追い越して俺は目的地へ向かう。



「真愛――!」



 後先なんて考えていなかった。俺を突き動かすのは、大事な人を守りたい。ただそれだけだった。


 細い民家の路地から大通りに出る。すると左奥に『湧くや』が見えた。道路沿いには人が集っている。『湧くや』の屋根が見えるが、上には黒煙、そして炎が立ち上っている。俺はなおも走った。


 『湧くや』は外からも分かるほどに燃えていた。おそらく全焼は免れないだろう。少し離れたここでさえ熱風を感じられる。事態は緊迫しており、周囲は混乱していた。人だかりの中には自治体の消防団もおり、みんなバケツリレーなり、消火栓の開放準備なり、各々消火作業にあたる準備をしていた。


 『湧くや』に最も近い場所に制服を着た従業員とおぼしき男女が数人、心配そうに燃える『湧くや』を見ている。女性の中には泣いている人もいる。しかし、真愛の姿が見えない。



「真愛ちゃんがぁ、真愛ちゃんが!」



悲痛に泣き叫ぶ彼女らに、俺は近づいた。



「すいません! 真愛は? 真愛はどうしたんですか!」

「真愛ちゃんが――まだ中にいるんです!」

「――!」



 泣いている女性従業員が叫ぶように言った。真愛は逃げ遅れたということか。



「真愛ちゃんともう一人、玻雀君がまだあの中に……彼が急に入ってきて、真愛ちゃんと話していたと思ったら暴れ出して、そしたら突然火の手が上がったんだ!」



 もう一人の中年の従業員が話す。ネームプレートを見ると『館長』と書かれている。



「じゃあ真愛のほかに、玻雀もまだ中にいるんですね?」

「そうだが――まさか君、中に入る気じゃ!」



 館長の話を聞いて、俺は近くに用意されていた水の入ったバケツを掴むと、それを頭の上から一気に被る。水に濡れるのはもう慣れたもんだ。



「俺が二人を助けます!」

「無茶だ! 君まで死んでしまうぞ!」

「……必ず、二人とも助け出してみせます」



 俺は館長の方を向いて、自信満々に笑って見せた。


 周囲が俺を止めに入るその前に、俺はすかさず炎に燃える湧くやへと入っていった。



***



 一階は燃えてはいるものの、まだ広がりが小さい。二階の窓から炎が強く吐き出されていたから、今の玻雀の『力』を考えると、おそらくそのフロアに二人はいる。


 中の温度はかなりの暑さで、呼吸が少し苦しい。俺は二階への階段を探す。エレベーターはあったものの、こんな非常時で使えるわけもない。しかし大抵の場合、エレベーターの近くには階段が設置されているはずだ。


 エレベーターの奥へと足を進めると案の定、二階への階段があった。見上げると踊り場にも煙が立ちこめていた。


 口元を塞ぎながら階段を駆け上がる。とたんに周囲の温度がさらに上がった。額や背中から汗が吹き出てくるが、取り巻く炎の熱気で水気が急速に失われていくのが分かる。こんな中で長いこといるのは危険だ。それに、今の玻雀は浮柾ってやつに取り憑かれている。真愛が危ない。


 俺は二階の廊下へと進む。二階のフロアはかなり延焼していた。だが一部屋だけ、観音開きの大きなドアが開いている。イベント用のホールだ。


 引き込まれるようにその部屋へと向かう。その手前に青く光るものが落ちていた。


 それは……俺が真愛にあげたブローチだった。


 間違いない、真愛はこの部屋にいる。そう確信した俺はブローチを拾いポケットにしまうと、イベントホールへ飛び込んだ。


 中は広々とした空間で柱が四本立っている。しかしいずれも燃えさかっており、いつ倒れてもおかしくない。その部屋の一番奥に、壁際に追い詰められた真愛と、黒い炎を身に纏い真愛の前に立ちはだかる玻雀がいた。



「真愛!」

「――! イチ?」



 真愛は俺の声に気づくと、顔を上げた。悲痛な表情を浮かべる彼女、それに気づいて、遅れてこちらをゆっくりと振り返る玻雀。その顔には不気味な笑みが浮かんでいた。



「ああん? 誰かと思えば、雑魚がまた俺の邪魔をしに来たのかい?」



 くっくっくっと、不気味に笑い声を漏らす玻雀。あれはおそらく、もう人間の『玻雀』じゃない。



「真愛、今助けるからな!」



 俺は一歩前に飛び出す、が、玻雀がこちらに向き直り優雅に両手を広げて立ちふさがる。



「助ける? それは聞き捨てならないなぁ、まるで俺が悪者みたいじゃないか。邪魔をしないでくれよ、今俺は真愛ちゃんにねぇ……プロポーズをしてるんだ」



 後ろを振り向き「ね、真愛ちゃん」と微笑んで真愛に視線を送る。真愛はただ、恐怖に顔を引き攣らせている。



「なのにねぇ、真愛ちゃんったら聞き分けが悪いんだよ。俺の誘いを断るって言うから、この『湧くや』がどうなってもいいのかい? 俺は親父の力っていうと~っても強いカードで、『湧くや』をどうにでもできるんだよ? それでもいいのかいって聞いたら、それはそれで嫌だって言うんだ」



 玻雀は一人芝居をするかのように身振り手振りを加えて話し始める。炎に取り囲まれた中で行われるそれはあまりにも異様な光景で、この熱気の中で俺の肌がわずかに粟だった。



「ひどいよねぇ、ワガママだよねぇ。だからさ、聞き分けの悪い子にはお仕置きしないといけない、そう、罰だ。これは罰なんだ。悪い人間には、罰を……悪いのは俺じゃない!」



 玻雀が叫ぶと同時に黒い炎が天井へと吹き上がる。その勢いで玻雀の頭上の天井が崩壊し、部屋全体が揺れた。これが玻雀の、浮柾の力なのか。玻雀の目が赤く光る。



「全部、お前の独りよがりだ! 真愛のことも、『湧くや』のことも何もかも、自分の力じゃどうにもできないからって、親父や浮柾の力に頼ってばっかじゃねーか!」



 俺は怯むことなく玻雀に言い放ち、真愛から俺に注意を向ける。玻雀の表情からはそれまで浮かべていた不気味な笑顔が消え、憎悪に満ちた表情へと変貌していった。



「頼ってばかり? 違うなぁ、分かんないかなぁ、この力。俺は強い、俺は偉い……! お前なんかとはわけが違うんだよ雑魚がぁ! たかだか一市民が偉そうに俺に説教垂れてんじゃねえぞ!」



 玻雀が怒りを露わにして右腕を大きく横に払う。それに呼応するように黒い炎が十メートルほどの距離を一瞬で詰めて俺に迫る。


 俺はすかさず右方向へ飛び、炎を躱した。柱の一本に触れた炎は、一瞬で柱を薙ぎ倒した。玻雀はゆらゆらと揺れながらぶつぶつと呟いている。



「俺は、真愛ちゃんが……真愛が欲しい。欲しい、欲しいだけなんだ。何で分からない、人間が……雑魚が邪魔をする。みんな燃えればいい、みんな燃やして真愛を手に入れればいいんだ。人間は雑魚、雑魚だ……燃やす、燃やす、もやす、モヤスッ! ゼンブ灰にナレバイイ!」



 玻雀の声におよそ人の声とは思えぬ声が重なって聞こえる。


 玻雀は狂ったように笑い出した。その隙に俺は真愛のもとへと駆け寄り、壁にもたれかかった真愛を抱きかかえる。



「真愛、大丈夫か! しっかりしろ!」



 真愛は意識が朦朧としており、ぐったりとしていた。こんなところにずっといたんだ、このままじゃ……。


 そう思っていると、真愛がうっすらと目を開けた。



「……イチ、来てくれてありがとう。でも……早く、逃げて」

「何言ってんだ、俺がお前を絶対助ける! 何があっても必ず、お前だけは守る!」



 真愛がゆっくりと俺の手を握りしめ、そして少し笑って見せた。



「イチらしくない……でも、カッコいいよ」



 そう言って真愛は意識を失った。早く何とかしないと……。



「燃エロ! コノ世ノスベテヲ燃ヤシ尽クス!」



 玻雀の手から再び黒炎が放たれ、俺と真愛をめがけて一直線に伸びてくる。


 いくら何でも無謀に飛び込みすぎたと、今さらながら後悔する。俺は、俺は……なんて非力なんだ。大切な人を守ることさえ、やっぱりできないのか。



 黒炎は龍へと姿を変え、大きく口を開けて俺たちを飲み込もうとする。俺は気絶した真愛を力強く抱きしめる。


 頼む、神様。せめて真愛だけでも、俺の大事な人だけでも救ってくれ――!


 龍が俺たちを一気に飲み込む瞬間、俺は強く目を閉じた。


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