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御台所清水の水涼さんっ!  作者: 水郷 美六
諏訪清水 編
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27/33

煩悩を祓うのは座禅とタライ、なのです(笑) 4

「…………」



 目は閉じている。目に映る世界はもちろんだが暗い。


 その暗い世界に身を置いて、上下左右の感覚を失う。泳いでる、浮かんでいるという感覚はない。ふわふわとした不確かな感覚が全身を包む。前に進んでいるのか斜めに進んでいるのか、それすらも分からない。


 遠くから俺に迫ってくる鮮やかな光。やがてそれは俺を包み込んで、上下左右をゆっくりと流れていく。


 幼いころに過ごした場所や、関わってきた人たちの姿を切り出した映像のようなものだった。それらが走馬灯のように次から次へと流れていく。


 最初の映像、それは小さな赤ん坊の姿だった。泣き喚きながら母に抱かれ、乳を一生懸命に飲んでいる。あれは見たことないけど、若いころの母さん。そして赤ん坊はきっと俺。自分で記憶はないのに、なぜかはっきりと分かった。


 ハイハイをする俺、つかまり立ちをする俺、初めてママ、パパと口にする俺。そのたびに母さんと父さんが喜んではしゃいでいる姿が見える。俺は、こんなふうに温かく見守られながら、多くの愛情を注いでもらって育ったんだな。


 幼稚園で無邪気に友人たちと遊ぶ。一生懸命遊んで転んでケガをして……そのうち熱を出してしまった日には、泣きじゃくりながら母さんが迎えに来てくれるのを待った。母さんは仕事を早退してまで迎えに来てくれた。その記憶はうっすらとだがあった。今でこそ専業主婦だが、昔は母さんも働きながら、こうして俺の面倒を見ていたんだなと改めて思い出す。


 映像は次々に流れていく。


 俺は小学校に上がり、四年生のときに真愛と出会った。当時の俺は何かと落ち着きがなく、騒いでばかりだった。仲の良かった友達と一緒になって騒いでいると、真愛がそれを止める。面白い役割分担。俺たちは次第に時間を共有することが増えていった。


 俺は女の子と仲良くなったのは初めてだった。そして、真愛の純真無垢な笑顔を見ることが好きで、気がついたら真愛をよく目で追っていた。女の子同士で楽しく過ごす真愛と、俺といるときの真愛はちょっと違って見えたり、俺がやんちゃしたときに怒っていた真愛であったり。教室で飼っていたウサギが死んだとき、大泣きをしている真愛だったり。本当に優しくて真っ直ぐな心と、多彩な感情を持っている真愛を見ていて、いつしか俺は、真愛を好きになったんだ。


 それからずっと、真愛への意識は止まらなかった。どうにか形にして表現できないかと思ってずっと悩んでいた。そんなとき、学校で行われた七宝焼き教室で講師の先生が作った青のグラデーションが綺麗な七宝焼きのブローチを見た。それに惹かれて、俺も綺麗なブローチを作って真愛にプレゼントするんだって意気込んだ。結局上手く行かなくで、青の段々になった歪な七宝焼きになってしまったことで俺は半泣きだった。


 べそをかきながら、俺は真愛にそれをプレゼントした。「上手くできなかったけど、これやるよ。お前のために作ったんだからな」って、なぜか上から目線で。あのとき真愛はべそをかく俺に戸惑いながらも、満面の笑みで「ありがとう、一生大事にするね」って言ってくれた。大人になった今でも持っていることにはさすがに驚いたけど、真愛らしいなって思う。


 映像は中学校時代へと移る。


 真愛とは変わらず、同じ学校に通っていた。そこで俺は徐々に子供のままではいられないことを実感する。やはりそれなりのヒエラルキーがあり、それは先輩後輩関係だけではなく、同学年の中にも、さらにはクラスの中にさえ存在していた。俺はいわゆる人気者や、リーダー的存在でもなかったため、気がつけばこのヒエラルキーの中でずっと下にいた。子供ながらに弱肉強食の意味を実感し始め、自分の力というのは限りなく微々たるものだということをはっきりと理解した。やがて完全に自信をなくした俺は、ゲームや漫画、アニメの世界に逃げ込む。そんな鬱々とした生活を一変させてくれたのが、悠斗の存在だった。


 悠斗と出会えたおかげで、俺の中学時代は思いの外楽しいものになった。悠斗はヒエラルキーの上に位置するような奴だったが、本人はそんなこと意識しておらず、こんな俺ともまともに付き合ってくれた、数少ない友人の一人だった。


 そんな中学時代においても、真愛とのささやかな関係はずっと続いていた。彼女もまた、ヒエラルキーを気にしない性格。たとえヒエラルキーの底へ落ちていく俺を前にしても、彼女は変わらず、今までのように俺に接してくれた。


 しかし、思春期の感情が周囲の空気を変え始める。


 俺と真愛はお互いが異性であることを意識し始めるようになり、お互いに上手く歩いて行くための線引きをそれとなくしていたと思う。


 流れる映像は高校時代へ。


 上手く歩くための線引き、それはより顕著になっていく。学年のクラスも六クラスに増え、真愛とも違うクラスというのはもはや当たり前で、このころ言葉を交わすことはほとんどなかった。俺は一緒に進学した悠斗とともに時間を過ごすことが多くなった。


 悠斗には何でも相談していた。真愛のことだって当然のように。あいつはそんな俺に何の気なく言った。「小せぇことで縮こまるなよ。堂々といつもどおりにすればいい」と。その言葉のおかげで少し胸のつかえが取れ、ごく稀に真愛と二人になったときは、お互い何も変わらず、いつもどおりに笑いながら話し合えてた。あいつには感謝してる。


 高校三年生で、真愛が俺に就職すると言ったとき、いつかは、と覚悟していたが初めて俺と真愛は別々の道を歩むことを知った。その就職の理由が、真愛のどこまでも純粋な優しさだと知ったとき、俺は彼女を応援しようと思った。それしかできなかったのも事実だけど、言葉足らずではあったが精一杯の応援を込めて「お前らしくて良いと思う」と一言だけ言った。


 このとき、真愛は俺の作ったあの歪なブローチを鞄に付けているのが見えた。「恥ずかしいからそんなん早く捨てろよ」と言ったが、彼女は「気に入ってるからいいの」と言ってくれた。とても、嬉しかった。


 それぞれが別々の道を歩む。俺は仙台の大学に進学が決まり、その旅立ちの朝、真愛は駅で俺を見送ってくれた。「帰ってくるときは必ず連絡ちょうだい」って、目に涙を浮かべながら。いつか想いを伝えられたら、いつか真愛を迎えに来れたらなってそのとき、今までよりずっと強く思った。しかし母さんと父さんのいる手前、喉まで出掛かった言葉を必死に飲み込んで「おう」とだけ返した。


 高校を卒業して、ついこの間までの映像が流れる。


 大学にいる間もずっと真愛のことを想っていた。たまに帰っては、会ってくだらない話をしたりもした。でも就活が忙しくなるとほとんど帰ることもなくなり、連絡もしなくなった。それでも、真愛のことを忘れたことはない。俺たちはもう大人だ、そんなに頻繁じゃなくても、必ずどこかで繋がっている。長い時間をかけて紡いできた絆の糸は、俺にそう思わせてくれた。


 そして俺は就職し、働き始めた。会社は激務でほとんど働きづめの毎日。酒の力に頼ってなんとか心を繋いでいた。たまに家に連絡し母さんと何気ない会話をする。このころの母さんは、キツいことを言ってはいたがどこか寂しげで、でもそれを必死に隠しては俺を励ましてくれていたように思う。親というのは、偉大なんだな。


 そんな会話の中で、真愛のこともちらっと聞いていた。一生懸命頑張っているということ、町ではすっかり人気者だよ、なんて。そして玻雀のことも。学生時代のことはよく知らないが、これまで玻雀は清潔感溢れる好青年で人当たりも良く、出来た人物だと。それが最近になって人が変わったように非行に走っている。危なげな連中とつるみ、いろんなところで暴れては迷惑をかけていると。そして、真愛にもちょっかいを出してきていて困っているようだと。


 そんな折、会社が倒産した。あまりに突然の通告に、俺は無職となるほかなかった。そして故郷である六郷(ろくごう)に帰った。しばらく会ってなかった真愛に会って、噂の玻雀に会って……俺は初めて自分の不甲斐なさを知った。悔しかった、好きな女の子のために、何もできない自分が。自分を変えたい、初めてそう思った。そして水涼さんに出会った。


 水涼さんに出会って、知らないうちに助けたことになってて、悩みを解決すると言われて、自分を変えたいと伝えて。俺は流道、レイクソルト・太郎、澪琴の力を借りながら、自分を鍛え上げて、そして今ここにいる。


 俺は今まで何人もの人に助けられ、支えられて、今ここに自分の生がある。決して自分だけの力ではないのだ。今ならそれが分かる。そして、守らなければならない人たちがいる。だからこそ戦わなきゃいけないやつがいる。今まで助けられてきた、支えられてきた分、今度は俺がみんなを助けるときだ。きっとそれは、俺にしかできない。水涼さんと一心の言葉の端々からそう読み取れる。そしてそれが、俺の一番大切な人を守ることになるであろうことにも。


 俺は……もう逃げない。いつまでも自分の殻に閉じこもって、怯える日々を生きることから解放されよう。未来は殻を破ったその先にある。そしてその未来は、自分自身で創り上げるものなんだ。


 俺は自分の手のひらを見つめる。この大きくもない手のひらで掴める、予想もできないほど壮大な未来を想像しながら、ぎゅっと強く握りしめた。その瞬間、俺を包んでいた鮮やかな映像たちは遥か後方へと流れていき、眩しい光が闇を白く染め上げる。その光はとても、温かかった。



 さあ、目を開けるときだ。行こう、これからの未来を創りに――。


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