煩悩を祓うのは座禅とタライ、なのです(笑) 3
「うむ、今日のところはここまでにしておいてやろう」
「も、もう、いいか……?」
あれから六時間、地獄の座禅は続いた。結局タライと笑い続ける水涼さんのせいで、まったく集中できずに終わっていた。
「今日は二百五十六タライじゃ。精進せい」
「何だよその安直な単位は!」
今日も華麗なツッコミが炸裂する、と思いきや俺の体は六時間にも及ぶ座禅のため、カチコチに固まっていて上手くツッコミを入れることができなかった。俺はがくっと力が抜けて、その場に手をついた。
「無理をするでない。体が言うことを聞かぬであろう」
「そうですよ~、一途さん。頭もおかしくなってますし」
水涼さんが頭をよしよしする。誰のせいだ、しかも二重の意味でそれはひどくないかい?
「ホント、神様ってのは自由だな」
半ば呆れた口調で言い放つ。しかし、水涼さんと一心はまるで意に介していないようだった。
「明日、また同じ時間に来るがよい。引き続き無明祓想を行う」
「え、今日だけじゃねえの?」
「未熟者が、今日のお主のどこが業を理解しておる。ただ座って頭にタライを受け続けただけであろう」
だからそれはお前らが勝手にコント吹っかけてくるからだろ――。
ガンッ、とダメ押しのごとくタライが降ってくる。
「痛えな! もう終わったんだろ、関係ないところで降らすな!」
「む、すまぬ。なぜかお主は落としやすい頭をしておるでな」
水涼さんはあはははっ、と笑っている。この人はたったこれだけの何がそんなに面白いんだろうか。
とにかく、今日だけでは試練は終わらないらしい。であるならば、やはり集中して取組んで、この試練を越えてなるべく早く『加護』をもらわないと……真愛に危険が及ぶ可能性は高くなる。
「いかにも。そのためにもお主は三日間、毎日三つ刻、即ち六時間この業を行わなければならん。猶予はない、精進せよ一途」
なんならそのタライどうにかしろよな、とツッコミながらも、また余計なことを考えるとまたすぐ降ってくるかもしれない。俺は素直に「分かった」と答えた。
今日のところはこれで引き上げることにして、俺たちは諏訪清水を後にした。
「なあ水涼さん、こうしている間にも真愛やほかの人に危険が及ぶ可能性もあるんじゃないのか?」
昨日の今日だ。さすがにそこまで玻雀も馬鹿ではないと思うが、明日明後日ともなるとその保証はない。いつ玻雀の中の力が暴れ出すか分かったもんじゃない。
「はい、もちろんその可能性も否めません」
「それなら、玻雀や真愛をずっと監視してればいいんじゃないか?」
「そうしたいのは山々なんですが……」
水涼さんが歯切れ悪そうに語尾を濁らせる。
「実は私たち、清水から離れるとほとんど力が失われるんです。少しの間なら大丈夫なんですが、監視し続けるとなるとなかなかうまくできない現状があって」
それは何となく理解できないこともないが、それだと合点がいかない点が出てくる。特に水涼さんの行動範囲だ。それは明らかに清水の範疇を越えて行動している。
「でも水涼さんは自分の清水から、かなり外に出てるけど? それは何で?」
「それは、そばに一途さんがいるからです」
「俺が?」
「はい、一途さんはすでに神と接触し、『加護』を得ることに成功しています。『加護』とは神の力、清水の聖域と同じ力を人の魂の内々に込めたもの。ですので、一途さんからは清水と同じような領域の力というものが身体から出ているんです。なので私は力が尽きることなく、一途さんの体から出る力を共有して、こうして現世に姿を留められるのです」
なるほど。じゃあ俺もすでに半分、人間を越えた領域に片足突っ込んでいるということになる。なんだかんだで都合良く出来ているものだ、世の中も神の世界も。
「だから一途さんの身体は私たちにとって無料の給水ポイントみたいな感じです」
「そう聞くとなんだか急に俺の存在価値が安っぽく聞こえるな」
「え~、給水ポイント、大事ですよ」
水涼さんはくすくすと笑って答える。まあ何であれ、彼女たちの力になれているのなら光栄なんだが。
いずれにせよ、やはり油断はできない。またいつ玻雀が現れるとも限らない。俺に与えられた残り二日間で、確実に『加護』を得なければならない。そして、これまでのことをすべて教えてもらわなければ。
俺は今一度、心の中で喝を入れて自らを奮い立たせた。
水涼さんともまた明日、同じ時間で約束をして家路へと着いた。
***
翌日も同じように御台所清水を経由して、水涼さんとともに諏訪清水へと向かう。この日もまた空は曇天模様だった。
昨日に引き続き、俺の頭にはタライが容赦なく降りかかる。しかし、確実にタライが降ってくるペースは落ちてきていた。水涼さんはタライが降ってこないと面白くないのか、欠伸をかいてスヤスヤと眠るスタイルに入っていた。いや自由すぎるだろ。
幼女は……じゃない、一心は人の心が読める分、本当に何を考えているのか分からないほど表情が読み取りにくい。常に真顔で、怒っているような表情を浮かべているため、あれこれ話をするのも気が引ける。
結局俺はただひたすらに座禅を繰り返し、自分の心と向き合い、頭にタライを受けるしかなかった。なお二日目は後半に集中のスイッチが入り、九十八タライで済んだ。
この日、俺は自分の中の奥底にいる自分と、少し話ができたような気がした。
さらに三日目、俺は再び座禅を組み無明祓想に励む。最終日ということもあり、俺はより集中し、いわゆるゾーンに入っていた。それを察知してか、一心も特にあれこれと余計なことは言わなかった。
三日目は途中から雨になった。ぽつりぽつりと、雨粒の感覚を鼻先や手の平に感じると、辺りが雨を吸い込んだ地面の香りに包まれていく。そして徐々に雨足は強くなっていき、やがて本降りとなる。
俺の体は少しずつ雨に濡れ、服が水を含んで重量を増して肌にへばりついていく。前髪から水が滴になってしたたり落ちてくる。それでも俺のゾーンは途切れることなく、いつしか降りしきる雨の音ですら、耳に届かなくなっていった。




