煩悩を祓うのは座禅とタライ、なのです(笑) 2
幼く線の細い声と裏腹に発せられる単語は、どれも老獪じみたものでこの上ない、いやむしろ、現実世界に降り立ったハイスペック幼女そのものだ。現実ではこんなんやらせたら犯罪に近い。
「申し訳ございません、『加護』の資質を持つ唯一の方だったのでやむを得ず……」
「え、ちょ、ま……水涼さん、それってじゃあ俺のことマヌケでアホだって思ってたの?」
それは心外、というか水涼さんだって人のこと言えないくらいふわふわしてんじゃん。
「あ、いやその、なんていうか一途さん。それは言葉のあやと申しましょうか」
水涼さんはあはは、と笑って誤魔化す作戦に出た。一心と名乗ったこの幼女はやれやれと呆れ顔を浮かべている。
「お主ら、どちらも大して変わらぬよ。どんぐりの背比べのようなものじゃ」
「小さい人がそれを言うんだ」
一心は再び鋭い視線で睨んでくる。なんでこう清水の神様ってのはどいつもこいつも人を睨みつけるのか……。
「口の聞き方に気をつけるのじゃな小僧。人を見掛けで判断しておる時点で、己が器量の乏しさを口にしておるのと同義」
一心は目線を逸らすことなく淡々と語る。
しかもなんだってこんな偉そうなのか、自分の姿見てから言えっての。幼女に婆さん口調は美味しいアビリティだが、実際に言われてみると少しカチンとくるな――。
「まだ分からんか、儂の姿かたちの問題ではない。それにお主の好みの幼女かなんかは知らんが、その幼女に言われて苛立つこともまた大人げないぞ」
「え――?」
一心は俺にお構いなく指摘を続ける。あれ、俺が幼女好きって言ったっけ?
「いいや、お主は口にしとらんよ」
「!」
俺ははっとして一心の顔を見る。表情は笑みを浮かべず泰然としている。今、一心は口にはしてないと言った、ということは――。
「一心さんは人の心が読めちゃうんですよ~」
水涼さんが補足説明をする。やっぱり、俺の気のせいではない。確かに一心は俺が思ったことに対して言葉を返している。
「読める、というよりは見えるじゃがの。まあどちらも同じようなものか」
「そ、そんなことが可能なのか」
分かってはいるものの、驚きを隠せない。
「お主の心の問いに答えて見せたであろう。理解はしているものの、整理が追い付かない……そんな心境のようじゃの」
「あ 、当たり前だろ。そんなん言われて簡単に信じられるかよ」
俺は強がって自分の理解とは裏腹に反発した。しかし、もう頭では判ってしまっているのだ。こんな会話になんら意味を持たないことくらい。
「強がりもまた己を貶める行為、守れるものも守れなくなる。もっとも人間の本能的な部分ではあるがな。それに、お主はもう判っておるではないか」
「一心さんにはまともにぶつかっても勝ち目ありませんよ~」
水涼さんが俺に耳打ちをする。何だか一方的で納得しない部分もあるが、これ以上対立したところで意味はない。ひとまず、落ち着く必要がある。
俺は緊張した体からいったん力を抜き、全身をリラックスさせる。
「賢明な判断じゃ、小僧。お主は聞きたいことがあるのじゃろう?」
「小僧じゃない、俺は――」
「一途、じゃろ。分かって言うておるから安心せい」
このガキ、マジで殴りたい。ああ、でもこれも読まれてるんだな。
俺はもう成す術がないと諦め、肝心な話を聞き出すことにした。
「なあ、俺がここに来た理由、分かってるんだろ」
「左様じゃ」
「なら教えてくれないか、あいつの黒い炎がなんなのか、俺が『加護』を集めることは決まっていたことなのか……そもそも何のためにこんなこと――」
「付いて来い」
一心は一言、そう呟いて歩き出した。俺は目をぱちくりさせながら、とりあえず水涼さんと一緒に一心の後を付いていく。
やがて一心は梅の木の下にある休憩所の長椅子の前で足を止めた。
「これからお主には試練を受けてもらう」
藪から棒に一心は言った。あまりに唐突な発言に俺は一瞬、理解ができなかった。
「試練? あの一心さん、俺の話聞いてた?」
ちっとも表情を崩さない一心。ああ、真面目なんだろうな。それもクソ真面目。
俺は心の中でがっくりと肩を落とす。
「左様、大真面目じゃ。お主の問いには責任をもって答えよう。だがしかし、お主のその乱れきった心、迷いばかりの心では、それを聞くに値せん」
「はあ……」
俺は力なく頷いた。一心はそれに構わず話を続ける。
「流道、レイクソルト・太郎、澪琴……三人の神の力によってお主は肉体的に生まれ変わった。ただそれにぬか喜びし、彼の女子との逢瀬においても心の内では欣喜雀躍としていたのであろう。彼の女子の繊細なまでの心に気づかず、己の慢心に支配されているとも知らずにな」
「それは……」
正論だ。力を得た俺は真愛を守れると過信していたし、別人に生まれ変わったなんて驕りもあった。それが実際に坡雀と対峙して、あいつのあの力を前にしては、きっと何もできなかった……情けなくてぐうの音も出ない。
「そのとおりじゃ。あのとき、儂らがお主の背後に立たなければ、あのままどうなっていたか分からんかったぞ」
一瞬、何を言われているのか分からなかった。
しかし思い返してみると、あのとき坡雀は目を見開いて、振り上げた拳を下ろした。炎も消えていた、救急車の音が聞こえる前に。
あれは救急車の音が聞こえたからではなく、一心と水涼の姿に気がついたから、ということなのか。だとすれば、俺は自分の力ではどうしようもできなかった事態を、神様二人によって救われたというかたちになる。
「そのとおりじゃ。今は幾分か冷静でもある、己の恥ずべき部分を振り返ることもできようが、あのときお主は明らかに己の力を過信しておった。その弱き心が、守れるものも守れなくしてしまうのじゃ」
「守れるもの……」
あのとき俺は確かに調子に乗っていた。後先考えずに行動して、坡雀の怒りを煽った。あの力がどんなものかは分からないが、少なくとも俺の手に負えるものではなかっただろう。もしそうなっていたら、果たして真愛を守ることができていただろうか……。
「お主は守りたいのであろう、あの女子を」
言われなくとも、答えは初めから決まっている。
「もちろんだ。真愛は、俺の手で守ってやりたい。相手が坡雀だろうと、俺の知らない力だろうと!」
一心は片方の口角を上げ、にっと笑って見せた。初めて、表情を変えた。
「よかろう、その心意気や良し。儂の試練、乗り越えてみせよ」
「応!」
「きゃー、一途さん頑張れー!」
応援団長である水涼さんがハイテンションで俺に声援を送る。俺は水涼さんに向かって親指をぐっと立てて見せた。
コホン、と一心が咳払いをして注意を自分に向けさせる。
「では、試練を始めるとしよう」
「具体的には何をすれば――」
俺が問い掛けている間に、一心は長椅子の上を指差す。人の心が読めるってのは実に話が早いこった。
「ここに座禅を組め、一途」
「座禅? なんだ瞑想でもすんのか」
「大方そういうことだ。儂の座禅業は無明祓想という業じゃ」
「むみょーふっそう?」
聞き慣れない言葉に俺は首を傾げる。もっとも、仏教的な単語を言われても俺はいずれにしてもピンと来ないのだが。
「無明は仏教において無知や誤解、雑念というものに囚われている様を意味します。無明祓想とは、そのいわゆる煩悩を神の力のもとで瞑想し、煩悩を祓う、という一心さんオリジナルの座禅業にございます~」
明らかに分からない顔をしている俺に、水涼さんがすかさず解説を入れる。
「左様、今のお主は煩悩という業の塊じゃ。ただ強い想いを抱くだけでは強くはなれん。この無明祓想を経て、己が業と向き合い、業を理解し、業と共に歩む。それが今のお主に足りていないことじゃ」
「ただ願う、想うだけじゃダメってことか……」
「今は答えが分からずとも良い。これを経て、お主の眼に映る世界は今と姿を変えておるであろう」
俺は長椅子に腰掛け、靴を脱いで座禅を組む。背筋を伸ばし、両の手は膝の上へ置いて息を整える。
「これでいいか?」
一心はとことこと俺に近づき、長椅子の上にぴょん、と跳ねて見せる。あーくそ、幼女キャラの使い方分かってやがる、アツいな。
ガンッ!
「痛っつ――!」
突如、俺の頭頂部に乾いたブリキのような音を立てて何かが落ちてきた。頭を押さえながら周囲を見ると、すぐ脇に直径一メートルほどの大きさの銀色の金属製タライが、くわんくわんと音を鳴らしながら転がっていた。
上を向いても、そこにあるのは木々の葉とその間から覗く空の雲だけ。一体何がどうなってんだ。
「阿呆なことを考えるでない、変態が。これはお主の心に雑念が生まれたときのちょっとした罰じゃ」
「何でタライなんだよ!」
「む、最近てれびで覚えた処刑法じゃぞ」
「最近っていつの話だよ! しかも処刑じゃねーよ!」
再びガンッ、と俺の頭にタライが落ちる。まさか、水に濡れまいと用意周到に準備して来たのに、こんな仕打ちが待っているとは思わなかったぜ……。
「気を静めい、一途。今のお主の心、乱れているのが手に取るように分かるぞ」
「当たり前だ! どこのどいつが頭にタライ落とされて平気でいられるかってんだ、コントか!」
ガンッ、と三度目の音が鳴る。こいつ、絶対に後で泣かせてやる。
「ほれほれ、意地を張っておらんで集中せんか馬鹿者」
「一途さん、面白~い!」
水涼さんがケラケラと笑っている。だからコントじゃないって……。
結局この後、俺はひたすらにタライの雨を頭に喰らい続けた。




