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御台所清水の水涼さんっ!  作者: 水郷 美六
夜市デート 編
23/33

お祭りデートは山あり谷あり、なのです!? 3

 喧騒から離れ、辺りは闇に包まれている。イベント広場の道路沿いに立った二本の街灯だけが周囲をぼんやりと照らしていた。



「ふう、ここまで来れば大丈夫だろ」

「はあ、はあ……イチ、速いよ」



 真愛は息を切らしていた。いくら補助的にスポーツに関わっているとしても女の子だ。無理をさせてしまったと反省する。



「ご、ごめん……」



 深呼吸をする真愛。多少落ち着くと、握りしめられた手を見て「あっ」と恥ずかしそうにして手を引っ込めた。



「災難、だったな」

「うん」



 暗闇でうっすら見える彼女の目は、どこか宙を見つめているように見える。玻雀のことを思い返しているのだろうか。



「……ありがとね」

「え?」

「守ってくれて」

「別に、当たり前のこと……しただけだよ」

「それでも、ちょっぴりカッコ良かったよ」



 必死だったから何も考えず、体が勝手にそう動いていた。言われると嬉しいけど、何だか少し恥ずかしい気もする。



「あ、おう。ありがとう。ごめん、なんて顔したらいいのか……」



 俺はしどろもどろになってしまう。ああ、こういうときもったいないと思う。



「大丈夫だよ、暗いから。あんまりよく見えない」

「それもそうだな」



 俺たちはお互いに小さく笑った。



「あたし、帰るね。今日はありがと」

「え、おい大丈夫か? 送ってくよ」



 真愛は首を横に振る。



「大丈夫、すぐ近くだから一人で帰れる。それじゃまたね、イチ」



 暗がりの中、小さく手を振ったのが見えた。俺もぼうっとしながら小さく手を振り返す。


 真愛は俺に背を向けてゆっくりと歩いていった。季節外れのピンクの桜は、闇に溶け込んで見えなくなった。



「真愛……」



 俺は見えなくなった真愛の寂しげな背中を、ずっと見つめていた。



「う~ら~め~し~や~」

「のわっ!」



 背後から急に悪寒がするようなおどろおどろしい女性の声がした。俺は驚き、その場で飛び跳ねた。



「あははっ! びっくりしました~?」



 背後にいたのは、水涼さんだった。



「水涼さん! 何くだらないことやってんだよ!」



 心臓がどくどくと大きな音を立てて、体全体を震わせている。妙にリアルでマジびびった。



「いや~、一途さんのデートの行方が気になって気になって仕方なくて。来ちゃいました~」



 どうせそんなことだろうとは思ったけどな。本当に好奇心旺盛な神様だ。



「じゃあもしかして、ずっと見てたのか?」

「はい、真愛さんとっても可愛らしい女性ですね~」



 彼女は大きく頷くと実に嬉しそうな声で言った。顔から火が出るほど恥ずかしい……きっとこの神様は、俺のデート模様を後ろでこそこそ見ながら一から十まで一人実況プレイしてたんだ。


 ダメだ、考えれば考えるほどに恥ずかしい。



「そういうの、趣味悪いからやめたほうがいいぞ」

「え~そうですかぁ? よかったですよ『真愛を好きにはさせない!』って♪ 恋物語というものはこれほどまでに人の心を、いや神の心をぎゅっと掴んでは離さないほど、愛おしく狂おしい物語なんですね~」



 キリッ、と水涼さんは俺がやっていないはずの決めポーズまでして、俺の言葉を再生する。会心の一撃ではあったが、マジでやめてくれ。恥ずかしくて死ねる。



「頼む、もう勘弁してくれ」



 水涼さんがぶ~とむくれたように答える。ホント暇な神様だ。


 それにしても、玻雀のあの黒い炎は何だったんだ。幻覚とも思えないし、でも俺以外には見えてなさそうだった。あれは明らかに普通のものじゃない。


 はっ、と俺は気がついた。普通じゃない人が、ここにもいる。ここに、一部始終を見ていた普通じゃない人――いや、神様がいるじゃないか!


 水涼さんなら、あれが何なのか知っているかもしれない。



「なあ水涼さん、さっきの玻雀のことなんだけど……あいつ、化け物みたいな形相だったし、あいつの背中から黒い炎が出ているように見えたんだ。それについて何か知らないか?」



 目が慣れた闇の中の微かな光に、水涼さんの表情が浮かび上がっている。水涼さんの表情はいつもの緩んだ可愛らしい表情などではなく、いつになく真剣だった。



「やはり、見えていたんですね。一途さん」



 やはり、ということは水涼さんもやっぱり見えていて、かつあれが何かを知っている。そういうことになる。



「ああ、やっぱ気のせいじゃなかったんだな」



 俺は力なく答えた。何となく、あれが気のせいであってほしかった。それほどまでに、あの黒い炎はおぞましいものに感じられた。



「あれは……」



 水涼さんがいつになく勿体ぶる。夜市も終盤、イベント広場の辺りは人もまばらで、遠くからは喧騒が、周りの田んぼからは多くの蛙と虫の鳴き声が聞こえる。



「明日お話します」

「は?」



 勿体ぶっといてなんじゃそりゃ! 俺は本日二度目のツッコミを入れざるを得なかった。


 水涼さんはもういつものにっこり顔に戻っていた。



「いずれ一途さんにはお話しなきゃいけないことだったんですけど~。もうお話しないわけにはいかないようなので、明日ちゃんとお話しますね~」

「あ、明日って……なんで明日なんだよ!」



 身構えていたのに、もうすっかり拍子抜けしてしまった。しかも今日じゃダメなのか。



「一途さんには明日もうひとつ、『加護』をもらうために会っていただく神様がいます。お話はその神様から聞いてもらいます~」

「な……まだ『加護』があるのか。一体全部でいくつの試練受けなきゃいけないんだ」

「一途さんは次が最後ですよ~」



 ふんふんと鼻唄を歌いながら水涼さんはいつもの調子で話す。ダメだ、この人がこうなったらもう、ろくな解答は得られない。



「分かったよ、じゃあ明日また出直すよ」

「はい、そちらでよろしくお願いします」



 もう時間は夜の九時を回っている。夜市終わりの最後の集団が道路を歩いているのがちらほら見える。


 水涼さんとは明日再び会う約束をして別れた。



***



 家までの帰り道、俺は蛙と虫の合唱が鳴り響く中、街灯が点々と点いた田舎道をとぼとぼと歩いていた。しかし先ほどの出来事が脳裏をぐるぐると駆け巡り、合唱はもはや耳には入ってこなかった。


 玻雀の背中の黒い炎。


 水涼さんも知っているということは、少なくとも人間以外の力が関係しているのは間違いないだろう。俺自身『加護』を受けてはいるものの、この『加護』自体になにかしら特別な力があるとは思えない。せいぜい認定証程度のものだと思う。


 玻雀のあれがもし何らかの『力』なのだとしたら、多分相当にやばいやつ。それも実害が出るレベルの、なんていうか魔法とか魔術とか、そういう類いのもの。


 あのとき、あのライトが割れたとき、玻雀の腕や手はライトに触れていなかった。ただあの黒い炎がライトに触れた、だからあのライトは割れたのだ。


 周囲の野次馬や真愛も含めて、そんなふうには見えていなかったと思う。だとすればやはり、俺と水涼さんのような神様にしか見えてはいなかったのだ。


 つまり……玻雀は何か人ならざるものの『力』を身に付けていると考えるのが自然だ。


 ちょっと前だったらそんな馬鹿げた話、これっぽっちも考えはしなかっただろうが、これだけ神様の『力』をまざまざと見せられたら、そんなことだって可能性の範疇に入れてしまうのも仕方ない。


 分からないことは二つ、なぜ玻雀がそんな力を持っているのか。そしてその原因は何なのかだ。こればかりは玻雀自身がそこへ至った道程が分からない以上、どうにも考察し難い。唯一推測できることは、おそらく玻雀の人間性が変わったと言われる数ヶ月前に何かがあったのだろうということだ。


 いずれにせよ、明日会う神様に聞けばすべてが分かるはず、水涼さんはそんなことを言っていた。


 ただその前に言っていた水涼さんの言葉が気にかかる。


『いずれ一途さんにはお話しなきゃいけないことだった』という言葉。


 それは俺が清水の神様から『加護』を受けている人間だからなのか。それとも、もともとそう決まっていたことだからなのか……。


 考えれば考えるほどに疑問が湧いてくる。頭の中が堂々巡りに近い。今さらだが、今俺はよっぽどファンタジーな世界に足突っ込んでるんだなと自覚する。


 ふと我に返ると、自宅の灯りは目前だった。


 考えても仕方ない、明日に期待しよう。


 だんだんと俺の耳に届く合唱のボリュームが上がっていった。


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