お祭りデートは山あり谷あり、なのです!? 2
一通り屋台を一周して、喧騒の外れの神社で休む。真愛も散々歩いたためか、少し疲れているようだった。周囲にも似たような人がまばらにおり、同じように石段に腰掛けては、買ってきたかき氷や、やきそばを食べている人の姿があった。
真愛は町ではそこそこ有名で、いろんな屋台の人に「お、真愛ちゃん!」などと声をかけられていた。四年以上も観光施設にいれば、自然と町の人間とのふれあいも増えるのだろう。そうでなくとも、七千人しか住んでいない町だ。百万人以上が暮らす仙台とはコミュニティの規模が違う。当然か。
「今日イチ、なんかいつもと違うね」
不意に真愛が呟く。しかしそれは俺の望んでいる気づき、ではないような気がした。
「そうか? いつもどおりのつもりだけどな」
俺は強がった。認めたくなかったのかもしれない。
「ううん、全然違う。いつものイチはなんていうか……もっと弱い」
「俺だって、大人になれば強くもなるし、変わりもするさ」
真愛の声は小さかった。まるで何か悲しんでいるように、小さかった。
強くなる、変わる俺を、否定するように聞こえた。
「あたしの知ってるイチはもっとこう、犬みたいだった」
「は? それ馬鹿にしてる?」
俺は笑いながら答える。でも真愛は真剣だった。
「冗談とかじゃなくって! もっとイチは大人しくって、何かにびくびくしてて、いっつもあたしの後ろ付いてきてて、はっきりしなくて、オタクで、変態で……」
さりげなくひどいな。
「それ、どこも褒められてない気がするんだが……」
「それでも、いつも自分の目の届くところで、あたしを見守ってくれてた」
「真愛……」
俺は何を言えばいいのか分からなかった。真愛を守りたい、その一心で十日間を過ごして、神様から『加護』をもらって、変わって、強くなって。
でも、真愛はそんなことはちっとも思ってなかった。変わることを望んでいなかったということなのか……まるで、俺が別人になっていくのを恐れている。そんなふうに見えた。
「連絡くれなかった間も、心配だったけどイチらしいなって思ってた。だからあたしもあたしのままで一生懸命仕事を頑張れた。なのにイチは、本当は子供のくせに、背伸びばっかして、勝手に焦って、違う自分になろうと必死なんだ! そんなの……イチらしくないよ」
うな垂れる真愛を前に、俺は答え合わせをするかのように、自分の脳内を巡らせていた。
真愛のために、なんて言葉を盾に驕っていたんじゃないか。俺は結局、自分のために、必死だったんじゃないかって。
「……ごめん」
俺はそう言葉を絞り出すので精一杯だった。
ゴンッ!
何かが鈍くぶつかる音が聞こえた。周囲を見回すと、後ろの境内付近に、いつの間にか人だかりが出来ていた。その中から、聞き覚えのある声が聞こえた。
「この声……まさか」
真愛もそれを感じたのか、二人で目を合わせた。そして人だかりへと近づく。
状況はケンカ、と言っても明らかに一方的で、一人の男が何かを呟きながら壁際に伏している男の腹に蹴りを加えていた。
「誰にっ、向かって、モノ言ってんだ、コラァ!」
問題はその人物が、俺たちがよく知る人物だったことだ。
「玻雀さん……!」
真愛が小さく引き攣った声を上げた。悲痛な表情をうかべながら、口元を手で覆っている。
「ん?」
玻雀がこちらに気づくと、蹴っていた足を止めてにっこりと笑顔を見せる。提灯と発電機のライトしか光源がないためはっきりとは見えないが、口元に返り血のようなものが見えた。
そして玻雀はゆっくり歩き出し、とこちらに向かってくる。
「おやぁ、誰かと思えば真愛ちゃんじゃないの。今日は一段と可愛らしいねぇ」
真愛が怯えたように一歩後ずさる。俺は反射的に真愛の前に立ち、庇うように玻雀と対峙した。
「なんだ、いつかの弱者じゃないの。え~と、なんだっけな」
「……一途です」
玻雀は相変わらず俺を見下した態度を取る。俺はそれに強硬な姿勢で臨む。
「名前なんかどうでもいいよ。どうしたの、随分と様変わりして……真愛ちゃんとデート? 俺に黙って?
あん?」
俺にずいっと顔を近づけ、玻雀は睨みを利かせてくる。眉間に皺を寄せ、敵意を剥き出しにしている。
『店の裏に連れ出して軽く半殺しにしたとか……』
悠斗の言葉が思い出される。確かに、前回会ったときよりもさらに凶暴性が増している。
一体、玻雀に何があったというのか。危機感よりもそんな疑問が俺の頭を駆け巡る。ここまでの急激な変化は明らかにおかしい。
だが、俺は引くわけにはいかなかった。
「真愛とどうしていようと、玻雀さんには関係ないことです。何か問題でも?」
内心びくついてはいるが、言ってもうた……一度ガチな場面でこの言葉を使ってみたかった。俺の頭の中でレベルアップ音がした気がした。
しかし、それは火に油を注ぐ行為。玻雀は一度、体を戻してポケットに手を入れたまま、ふう、と溜め息をついて形相を変えた。
「雑魚が……雑魚が、雑魚が雑魚がぁ! テメェ、誰に口聞いてんのか分かってんのかぁ!」
玻雀の声がなぜだか体に震動のようなものを与えてくる。周囲も険悪な雰囲気を察知してか、よりいっそうざわつく。こういうときに限って警備員は来るのが遅い。
背後の真愛にチラッと目をやる。玻雀の豹変ぶりに、恐怖のあまり怯えて固まっている。
「町会議員の息子かなんか知らないけど、あんた……そんなに偉いのかよ。親の七光りに縋ってるだけじゃねーのか」
おお……俺の口からほとばしる言葉たちはもう収集がつかない。トドメだ。
俺は間髪入れずにクリティカルヒットを繰り出す。
「あんたみたいなクズに、真愛を好きにはさせない」
「イチ――!」
決めた。完全にキメた。最高級の裏拳ツッコミが、俺の中で音速の壁を越えたパチィン! という音を立てる。
そんな俺の脳内凱旋パレードとは裏腹に、事態は好転するはずもない。この後、どのような状況になるかは分からないが、啖呵を切った以上、ただでは済まないだろう。
玻雀は俯いていて表情が読み取れない。しかし込み上げる怒りからか、出ているはずもない黒いオーラが炎のように背中から上がっているように見える――
「……お前、ぶっ殺す。決定」
いや! 間違いなく出てる、黒い炎が!
俺の背中にぞわりとした感覚が走る。これは、やばい。直感的にそう感じた。
玻雀は右腕を振り上げる。それと同時にパリンッ、と甲高い音が鳴る。ちょうど真上に設置されていたライトが割れたのだ。触れてもいないのに。
周囲の野次馬たちから悲鳴が沸き起こる。俺は咄嗟にうずくまる真愛を庇う。玻雀はそれを見て「あー……」とだらしないような声を上げて、再びこちらに向き直る。
その瞬間、玻雀は目を見開いて動きが止まった。
「……なんだ?」
俺は玻雀の様子を窺う。
遠くから救急車の音が聞こえてくる、誰かが通報したようだ。
そのまま玻雀は振り上げていた拳をだらりと下ろす。黒い炎は消えていた。
「……ちっ、今日はここまでにしておいてやる。覚えとけよ、雑魚が」
「一途だ、あんたもいい加減覚えろよな」
俺を無視して玻雀は真愛に向かって呟く。
「真愛ちゃんも……よく覚えておいてね」
びくっと首を竦ませる真愛。玻雀はそのまま人混みに駆け出した。野次馬たちが綺麗に二手に分かれ、その間を玻雀が走り去っていく。
(マズいな……)
警察や救急隊員が来れば俺はともかく、真愛にも、おそらく真愛の職場にも迷惑がかかる。
俺は固まっている真愛の手を取った。
「真愛、俺たちも行くぞ!」
「え……でも、ケガした人が」
「大丈夫だ、今救急車が来る。今は……俺たちも逃げるぞ」
半ば無理矢理だが真愛の手をしっかりと握り、野次馬たちの間を縫うように走り抜け、俺たちはその場を後にした。




