お祭りデートは山あり谷あり、なのです!?
俺は鏡に向かって何度もポージングを繰り返す。
この間買った服を取っかえ引っかえし、今日に最も相応しいコーディネートを考えていた。今日は真愛との約束の日だ。
時間は午後六時過ぎ。部屋の西向きの窓から差していたオレンジの閃光は弱まり、もうすぐ黄昏時を迎える。そろそろ家を出ないと間に合わない。
夜市は町のメイン通りを歩行者天国にしてさまざまな屋台が出される。駐車場とおぼしき場所はあらかた埋まる。周辺には路上駐車する車が大量に発生する。下手に車で移動するよりも、歩いて行ったほうが身軽だ。
俺は結局、先日悠斗に選んでもらった最初のコーディネートで行くことにした。さり気なく一緒に買った香水もつけて準備は万端。最後に玄関でブラウンのデッキシューズを穿いて完成だ。
「一途、あんた今日夜市かい?」
母さんが後ろから声をかけてくる。
「ん、ああ。そうだよ」
ふーん、と母さんは俺をじろじろ見る。
「な、なんだよ」
「真愛ちゃんと行くのかい?」
「なんでそれを!」
「最近のあんた見てれば分かるよ。田舎に帰ってきて、わざわざめかし込んでまで夜市だなんて、今までのあんたじゃ考えられないからね。女の子って言ったら、ずっと一緒にいた真愛ちゃんくらいしかいないでしょ」
くらいしかって……それはそれでいかがな物言いか。でもさすが親だな、よく見てるもんだ。
「ま、とにかく気をつけて行っといで。真愛ちゃんに迷惑掛けるんじゃないよ」
「子供扱いすんなって。じゃ、行ってくるよ」
俺は逃げるように玄関から出る。ドアが閉まる前に「大人になるもんだねぇ」という母さんの声が聞こえた。
***
町は黄昏時を迎え、東から南の空は藍色に移り変わり、いくつかの星も姿を現す。町の中心部に向かって歩くカップルや、中年夫婦、家族連れがたくさんいて、この夏、町が最も賑やかになるそのときを迎えようとしていた。
風に乗って屋台の焼きそばや串物なんかの匂いが漂ってきて、今日の空気はどこか香ばしい。
少し時間配分を間違えた俺は、午後六時五十八分。イベント広場まであと五分というところまで来ていた。服選びに悩んだせいだ、いきなり少しスマートさが欠けたぜ。
イベント広場に着くと、駐車場は案の定満車となっており、近くの道路もみな路上駐車で溢れかえっていた。こんなときだけは、警察も路上駐車の取り締まりは行わない田舎のあるあるだ。
駐車場を越えると、その先にはがらんとした広場があり、田園を背景に石で造られたステージがある。がらんとした、とは言っても、今日は夜市。たくさんの人がいて、真愛を見つけるのは少し困難だ。
真愛は浴衣で来る、と言っていた。俺は浴衣姿の女性を探したが、今日に限ってはそんな恰好をしている女の子はたくさんいた。辺りを見渡していると、ステージ脇の石壁に寄りかかるようにしたピンクの浴衣を着ている一人の女の子がいた。いた、真愛だ。俯いていて、俺には気づいていないようだ。
俺は小さく咳払いをして「お待たせ」と声をかけた。真愛はこちらに気づき、顔を上げて一瞬、へっ? という顔をする。
「え、ちょっと、イチ……なの? どうしたの、なんかいつもと全然違うじゃん!」
『湧くや』で会って以来、真愛とは会っていない。この短期間で一気に変わった俺を見て驚くのも無理はない。
「どう、びっくりした? ちょっと最近、自分磨き頑張ったんだぜ」
「へ~、何かイチじゃないみたい」
真愛は俺を隅々まで見る。前も後ろも、髪の毛も。何だか少し恥ずかしい。
そういう真愛も、ピンクに桜があしらわれた浴衣を着ており、髪は上で結われていた。
普段見慣れない姿に率直に思った。めっちゃ可愛い、惚れる。いや惚れてんだけど。やはり浴衣とか、イベント的萌え要素は反則なんだなとつくづく思う。
「お前こそ、その……浴衣、似合ってんな」
「そう? 見せるの初めてかもねー」
真愛はくるっと回って見せる。くそ、煽ってくんな。
「夏なのに桜ってところはどうかと思うけどな」
「あー、そういう細かいツッコミはいらないのー!」
真愛が頬を膨らませて俺の二の腕をつねってくる。「痛い痛い」とは言いつつも、内心俺は嬉しかった。
いつもは逆だが、今日は俺が真愛をエスコートする。最初からそう決めてきたのだ、今の俺ならなんだってできる。主導権を取られないうちに、俺は真愛の手を握る。真愛が一瞬びくっとして、驚いた表情を浮かべた。
「さ、行こうぜ。はぐれるなよ」
目を見て言えなかったが、まず掴みはこれでいい。多少意識してるのか、真愛もちょっと遅れて「うん、いこ」と口にした。
わずかに流れる沈黙。
「あ、猫耳持ってくんの忘れた」
「あっても付けません~、変態!」
「痛い、痛いってばよ」
またぎゅっと真愛がつねる。今度はガチで痛い。俺たちの笑い声は喧噪に溶け込んでいく。
流れる人混みに紛れて、俺たちは町の中心部へと向かった。
町の中心部に着くころ、すでに空は闇を深くさせていた。反面、町は活気に溢れており、多数の人が行き交っていた。辺りに立ちこめる屋台の香り、各所で動かしている発電機の音、人々の会話が交錯する声。町はこの祭りを境に夏を終える。
俺たちは歩きながら今までの空白を埋めるように、お互いのことを話合った。仕事のことや学校生活のこと、同級生が今何してるだの、そんなこと。一昨日、悠斗に会ったことも話したが、真愛は悠斗があのショッピングモールで働いていることを知っているようだった。
何気ない会話の一言一言を、俺は注意深く聞き逃さないように耳を傾けた。通りは人々の会話やさまざまな音で溢れかえっているのに、不思議と真愛の声は俺の耳によく届く。
屋台が通りの両側にひしめき合う。屋台の数が増えれば増えるほど、それに比例して行き交う人々の数も多くなる。自然と俺は真愛の手を、離さないように強く握っていた。
「ちょっ……イチ。手、少し痛いんだけど」
「あ、ごめん。離れるとマズいかなと思って……」
俺は少しだけ手の力を緩める。真愛の白くて小さな手が、少し汗ばんでいたのが分かった。
「あ~綿あめだ。食べよっかなぁ」
綿あめの屋台を前にして真愛が言う。黒いTシャツにハチマキをした、いかにもなおっちゃんが「へい、らっしゃい」と、これまたいかにもな呼びかけをする。無骨なその手で割り箸をくるくる回して、細い糸が寄り集まって大きな綿あめを作る。何か職人っぽい、いや実際誰でも作れるんだけど。
「いいぜ、真愛。買ってやるよ。」
「え、これくらいいいよ。自分で買うから」
「いいっていいって。おっちゃん、ひとつ頼むよ」
「あいよ! 三百円ね」
俺は真愛が遠慮するのを押し切って、財布から小銭を出しておっちゃんに渡す。
先ほどと同じように割り箸を回してくるくると綿あめが出来上がっていく。白くて丸い綿あめを、真愛に渡した。
「ほらよ」
「あ、ありがと」
今日は何が何でも俺がエスコートする。今日は変わった俺をしっかりとアピールするんだ。俺はそのことで頭がいっぱいだった。
その後も型取りやくじ引き、射的など、俺たちはいろいろな屋台を回った。射的なんて、今の俺からすれば当てることなんて簡単で、小さい景品をどんどん落とした。さすがに大きくて重いのはなかなか落ちなくて断念したけど。
こうして夜市の空気を堪能していると、子供のころに戻ったような、そんな感覚になった。見るもの、雰囲気、空気、どれも昔と変わらなくて、青春真っ只中だったあのころを呼び起こさせる。違うのは、以前とは見違えるように変わった自分と、好きな女の子が隣にいること。このとき、俺ははっきり言って浮かれていた。




