トンズラいたします。
王城の離宮の一室。
「……ついに、生まれたのね」
側妃セレスティーナは、侍女がもたらした報せを聞き、心の中で盛大にガッツポーズを決めた。
正妃様に待望の男児(第一王子)が誕生したという。王女に続く快挙に、城中が歓喜に沸いているらしい。
(よしっ……! 完璧なタイミング! 跡継ぎ問題クリア! 私の任務、これにて終了!)
セレスティーナ——中身は転生者。前世は現代日本、ブラック企業に務めるOL。過労で倒れ、気づけば異世界に転生していた元・干物女である。
現世では伯爵家の令嬢として生まれ変わったものの、ある日突然、国王陛下からの強い望みで側妃として召し上げられた。
本人は「なるほど、王家の血統を確実にするための予備、完全なる政略結婚だな」と納得していた。
セレスティーナにとって側妃とは仕事であり、仕事自体は離宮でのんびり過ごすだけなので、前世に比べればなんと天国なホワイト企業だった。
何より最高だったのは、前世の知識と、現世で授かった無駄に膨大な魔力を掛け合わせて行う「魔道具作り」がやり放題なこと。
自動で掃除をする魔導ルンバ、ボタン一つで湯が沸く魔法ポット、極上の肌触りを誇る魔法の抱き枕……。
離宮の自室を「快適な引きこもり部屋」へと改造しながら、彼女はひそかに大きな目標を抱いていた。
(王宮を出て、平民に紛れ、本物の干物女としてゴロゴロ生きていく——!)
跡継ぎが生まれた今、自分という「予備」はもう不要なはずだ。
セレスティーナはニヤリと笑う。
事前に準備していた自作の魔道具「瞬間転移スルーの腕輪」を起動した。
荷物は最小限。前世からの夢だった「ダラダラ生活」に必要な資金(金貨の詰まった袋)と魔道具たちが入った収納魔道具のリュックを背負い、お気に入りの魔導クッションを抱えて。
「お世話になりましたー! さらば、王宮!」
パッと光が弾け、側妃セレスティーナは影も形も無く姿を消した。
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その頃、王城の本宮。
正妃の出産を祝いに集まった貴族たちの狂乱をよそに、国王ヴィンセントは冷ややかな眼差しで生まれたばかりの赤子を見下ろしていた。
「……いい顔をしているな、義弟にそっくりだ」
ヴィンセントの呟きに、傍らに控える側近が息をのむ。
正妃が産んだこの男児が、王弟との不義の子であること——ヴィンセントはすべて知っていた。正妃の実家である公爵家を炙り出し、一網打尽にするための罠として、あえて泳がせていたのだ。
彼にとって、正妃もその子も、ただの政治的駒に過ぎない。
ヴィンセントが心から愛し、渇望しているのは——幼い頃から一途に想い続け、あらゆる手を尽くして側妃として手元に引き寄せた、あの愛しい女性だけだった。
「さて……これで公爵家の尻尾は掴んだ。セレス、長らく寂しい思いをさせたな。これからは二人で……」
ヴィンセントは笑みを浮かべ、彼女の待つ離宮へと足早に向かった。
しかし。
離宮の扉を開けた彼を迎えたのは、誰もいない静まり返った部屋と、机の上にぽつんと置かれた一枚の置手紙だった。
『陛下へ。元気なお世継ぎのご誕生、心よりお祝い申し上げます! これで私の役割も終わりですね。予備の側妃は退場いたします。探さないでください。 セレスより』
「……は?」
ヴィンセントの顔から笑みが消えた。
部屋を見渡せば、彼女が愛用していた怪しげな魔道具の数々が消えている。
「跡継ぎ……? 役割……? 探すな、だと……?」
ヴィンセントの体から、恐ろしいほどの威圧感が膨れ上がった。
彼はセレスティーナが自分を「冷徹な政略結婚の相手」としか見ていなかったこと、そして自分に黙って綺麗さっぱり姿を消したことを理解した。
手紙を握りつぶし、ヴィンセントは低く、そして恐ろしく甘い声で呟いた。
「逃げられると思っているのか……? 私の愛しいセレス」
「全騎士団および暗部へ通達! 側妃セレスティーナ捜索命令だ! ネズミ一匹逃すな! どんな手を使ってでも、我が腕の中へ連れ戻せ!!」
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一方その頃。
王都から遠く離れたのどかな港町。
小さなおうちを借りたセレスティーナは、自作の「全自動コタツ風魔道具」に足を突っ込み、ミカンを食べながら幸せそうに伸びをしていた。
「ああ~、最高……! これぞ干物女の極み……!」
自分の逃亡が、執着心のかたまりのような国王陛下の巨大な「逆鱗」を思い切り踏み抜いたことなど、彼女はまだ知る由もなかったのだった。




