9 新しい生活
デトリス家の屋敷は、領地の最も隣国に近い場所にあった。屋敷の広い裏庭の向こうにはマルス山が聳えて見える。
領主の屋敷は私が滞在していた宿の窓から見えていたから、近いと思っていたけれど、実際に行ってみるとデトリス家から迎えに来た馬車で1時間も掛かった。着いてから屋敷を眺めるとその大きさに圧倒された。ハスビス子爵家の屋敷も、ノース男爵家に比べたらとても大きくて流石子爵家だと思っていたけれど、デトリス侯爵家はそれ以上だった。
そして今、私はそのデトリス家で下働きをさせてもらっている。
アーサー様のお姉様のマーガレット様は、子供の私の話を真剣に聞いてくれた。
アメルースの栽培の話は、アーサー様にしか話せないと思ったから、その辺は心苦しかったけれど暈した。
これから一生一人で過ごすなら、ノース男爵家で仕事するよりも、他所の土地に移り住みたいと思ったと伝えてみた。
自分の戸籍がどうなっているのかも教えてもらえない状況で、あの家では暮らせないのだと訴えた。
すると、私の覚悟をわかってくれたのか、一旦私の身をマーガレット様が引き受けてくれる事になった。アーサー様が帰国するまでの期間限定ではあるけれど、それでもこのデトリス領に居てもいいと了解してもらえた。
その上に、私が出来る仕事も与えてくれたのだ。
14歳の私には、出来る事はあまり多くはない。
7歳の頃から一人で生活することを余儀なくされていたから、家事はできるけれどそれも子供一人分の量だ。複数の属性を持つ私は生活魔法を使えば、もう少しだけ多く熟すことは出来るけれど、あまり魔力の事は話したくなかった。
私に魔力があると言っても、教会でちゃんと調べたのはかなり前の事になる。それにその事を当時のハスビス子爵と父は秘匿した。
5歳と10歳と15歳になったらこの国では、貴族の子供はみんな魔力の性質を調べてもらうのが当たり前だけど、私は父が生きていた5歳のときにしか調べて貰っていない。魔力の性質は成長段階で変化する事もあるから、18歳の成人までの間に、3回調べる事になっていた。
だけど私はもう貴族ではないのだろう、10歳の時に教会から案内は来なかったし、私も父が隠すことにしたのだから、敢えてギカンに言うつもりはなかった。魔力があるのは隠していないけど、世間的に私の属性は“水”ということになっている。
魔力量が少ない事は隠していない。隠しているのは、“火”と“土”を持っている事だ。特に“土”はオルデイック王国では珍しい属性だ。
多分亡くなった母から受け継いだものだろうと思う。
これは、アーサー様にしか話してはいけないと、漠然とそう思っている。
それは、アーサー様が私の母の出自を唯一父から聞かされている人だからだ。
私も知らない母の事を知ってるアーサー様。
彼が母の顔を知っているかはわからないけれど、この胸元にあるロケットの写真で、私をラスティ・ノーラの娘だと分かって欲しいと思う。
マーガレット様が私にくれた仕事は、衣装係の下働きだった。
デトリス家で暮らすすべての人の衣装を作る係で、普段はそんなに忙しくない場所だから、料理人に付くよりはいいだろうと、そこに居場所をくれたのだ。
その環境に安心したルルカは、私からルーベンス様宛の手紙を持って、ルーベンス様の元へと帰って行った。
少しの間だけど、大人の人に守られて過ごした日々は、私の心に安寧を与えてくれた。ルルカとの別れの時、私はとても寂しく心細く思った。それでもルルカを安心させたくて涙を堪えて別れた。
そんな私の胸に、ルルカは小さなブローチを付けてくれた。
ルルカの魔力を込めたブローチだそうだ。
彼女の瞳のように、深いブルーの石が付いた猫の形を模したブローチだった。
「私はあまり魔力が多くはないものですから、大したものではありませんけど、マリベル様を危険から少しだけでも守ってくれると思います。どうかまた会える日までお元気でいてください。定期的に手紙を書いてもらえると、ルーベンス様も奥様も安心されると思いますので、是非お願いしますね。お手紙待ってますからね」
私は涙を堪えて頷いた。
新しい生活は、薬草園で一人ぼっちでいた頃よりも、充実している。
食事も寝る場所も、テトリス家で住み込みだから、何の不安もなく過ごせている。
だけど肝心のアーサー様は、あれから2ヶ月経っても帰ってきていない。
「弟は気まぐれだから」
マーガレット様はそう言いながら溜息を吐いていた。
壁にかけられたデトリス家の家族の肖像画を眺めながら、その絵のアーサー様に、私は心の中で呟く。
(優しいお姉様に心配かけちゃだめですよ)
家族が一人も居なくなった私は、アーサー様が少しだけ羨ましく思った。




