8 進んだ一歩
デトリス家から使者が来たのは、宿に滞在してから2週間も経過していた。
「返事を持ち帰るように言われましたので、待たせていただきます」
使者の言葉で、私は手紙を開く。
待ちに待った手紙はアーサー様からではなく、彼のお姉様からのようだ。
読み終えた私は困ってしまってルルカを見た。
「どうされました?手紙には何と?」
優しく尋ねてくれるルルカに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「ルルカさん、アーサー様はこの国にいらっしゃらないって」
アーサー様のお姉様の手紙には、謝罪が認められていた。
手紙の宛先がアーサー様だった為、昨日まで家人は誰も手紙を読んでいなかった事。
アーサー様の帰国予定が1週間過ぎた為、已む無くアーサー様宛の手紙を読んだ事、それで私の事情を知って待たせてしまって申し訳ないという事、帰国まで待つ予定なのか?などが書かれていた。
私はルルカに手紙を見せた。
その間に今後どうしようかなと考える。
アーサー様はどの国に行っているのかは、その手紙には書かれていなかった。ただ帰国と書かれているから、王国内ではない事だけは分かる。
いつ帰ってくるのか分からない人を、ずっと待ち続ける訳には行かない。そんな余裕もないし、既に滞在費をルーベンス様の好意に甘えている状態だ。
だけど、私にはアーサー様以外頼れる人がいない。そもそもアーサー様にすら頼っていいのかも分からなかったのだ。
私が物心付く前に亡くなったお母様は、他国の人だと聞いているけれど、どの国なのかすら私は知らないのだ。
(お父様、お母様⋯⋯私どうしよう)
もうハスビス子爵領にも帰れないし、帰るつもりもない。子爵家で私を可愛がってくれた子爵もあの馬車事故で父と共に亡くなっているのだ。
だから子爵家も頼れなかった。
私が思い悩んでいたら、手紙を読み終えたルルカが私の背を撫でてくれた。
「マリベル様、ルーベンス様の所へ行きましょう」
「⋯⋯でも、ご迷惑を⋯」
躊躇する私にルルカは首を左右に振った。
「躊躇う必要はありませんよ。寧ろこの状態でマリベル様をこの地に置いて帰っては、私が叱られます。一度このアーサー様のお姉様にお会いして事情を話されてから、ルーベンス様の所でアーサー様からの連絡を待つのは如何ですか?そうすれば今回のようにすれ違うこともないですし、アーサー様がマリベル様の希望を叶えてくださらないなら、断りの手紙も来る事でしょう」
ルルカにそう言われて、そうだったと思い出した。
アーサー様と私は会ったことがないのだ。はじめから会えないかもしれないけれどと、思いながらこのデトリス領に向かったのだった。会ってもらえなかったり、会っても希望を叶えてもらえなかった時は、ここで仕事を見つけてお金を貯めてから、小さな土地を買ってアメルースを育てるつもりだった。
思いがけないルーベンス様との出会いで、他者の親切心を受けて、当初の覚悟を忘れてしまっていた。
その事を思い出した私はルルカに向けて首を左右に振った。
「ルルカさん、私はこのデトリス領でアーサー様を待ちます。元々希望が叶わなかった時はそうするつもりだったんです。ルーベンス様や奥様、ルルカさんにはとても親切にしてもらって感謝しかありません。でも私はこれ以降も一人で生きていかなければいけないんです。だからルーベンス様にこれ以上甘えるわけにはいきません。お父様への恩は充分に返してもらいました。だから、ルルカさんともこれでお別れです。本当にありがとうございました」
「マリベル様⋯。分かりました、マリベル様の意思を尊重いたします。ですが、アーサー様のお姉様とお会いする時、付き添わせて下さい。あなたがアーサー様を待つ間の仕事など、ちゃんと行く末が安心できるものでなければいけませんから」
「大丈夫ですよ」
「大丈夫ではありません。マリベル様はまだ成人前で、本来なら大人の保護下にいなければならない年齢なのですよ」
「でも⋯」
ルルカは、それ以上は譲ってくれなかった。
結局、私は折れた。
ルルカに付き添ってもらって、私はアーサー様のお姉様とお会い出来ないかと、手紙を書いて使者に託すと、お姉様からの了承の返事は矢のような速さで届いた。
明日、アーサー様のお姉様にお会い出来る。
止まっていた時間が、少しだけ目的に向って進められた様に感じて、安堵した私は暫くぶりに夢も見ずに寝入った。




