61 いつか会えると信じて
※ユーリス視点
デトリス領の薬草園で働くようになって、一年が過ぎた。
僕は今日も薬草達に、水と光の魔法を掛ける。この薬草園が稼働しはじめたばかりの頃は、均等に分けられていた区画は、薬草の育ち具合と効能具合によって大幅に変わった。今僕が担当している薬草畑の区画は、当初の2倍になっている。
僕の光魔法で育てた薬草の効き目は2倍らしく、僕が育てる薬草が増えたのだ。
毎日毎日、命を吹き込むように願いを込めて魔力を使う。
自分の区画を一回りした僕が、次に向かうのはアメルース畑だ。
そこに近づくと、今日も可愛らしい笑い声が聞こえてくる。自然と頬が緩む僕は、肩に掛けたタオルをギュッと握って幸せを確かめる。
(ずっとこのままでもいいな)
心の中の片隅にそう思う僕もいる。
「マリベル、今日もアメルースは元気か?」
「あっ!ユーリス!」
トコトコとこちらに走ってくるマリベルの心は今8歳だ。心というよりも、今この現実をマリベルは自分の夢の中の出来事だと捉えていると聞いた。彼女の中ではまだ自分は眠っているのだ。精神の病の退化という物があるらしいが、少し難しいがそれとは違うらしい。マリベルの場合はこの状態になるのに魔法が使われているからだ。
当人は夢の中のつもりでも、実際の体は成人女性だから口調と動作がアンバランスに見える。慣れていない者が見たら、眉を顰めるだろうが、そんな者はここにはいない。
「きょうはねぇ、えいようのひだから。すこぉしおおめにわけてあげたの」
手のひらをこちらに向けながら、土魔法を使った事を楽しそうに話して笑う。隣に付いていたマリベル専属の侍女でゼスの妹は、ペコリと僕に頭を下げた。
僕も彼女に頭だけを下げて、マリベルと手を繋いだ。
「さぁもうすぐお昼ご飯だぞ。一緒に食べるだろう?」
「うん!」
満面の笑みを浮かべて繋いだ手を大きく揺らしながら、マリベルは歩く。
彼女の夢の中では自分の体は小さくなっているのだろうか?
僕にはよく分からないが、いつかマリベルが目覚めるまでは、彼女を側で見守るのだ。
周りからは僕の精神状態も心配されるけれど、今のマリベルの状態は、僕にはちっとも苦じゃなかった。
◇◇◇
夜、ベッドで眠るマリベルを見届けてから、僕は部屋のバルコニーに出た。
夜空に光る星の瞬きに僕は今日の報告をする。彼女に届いたかどうかは確かめる術はないけれど、星が光る事で届いたと自分の中で解釈している。
僕が刺されたあの日、ハスビス子爵家の一室で、僕はマリベルの侍女ヨリエールから、直ぐには信じることが出来ないような不思議な話をゼスとともに聞かされた。
本来なら僕はあの刺された時、即死だったらしい。
それは、何度も何度も生まれ変わりやり直したというマリベルの母上からヨリエールが聞かされた話だった。
僕の死を直面したマリベルは、精神を壊して発狂死する。
それがマリベルの最期なのだという。
そんな馬鹿な!
何故マリベルがそんな運命を背負っているのか。マリベルはやっと自身の父親の意思を継いだ夢をスタートさせたばかりなのに。
「僕がここに誘ってしまったから⋯」
「それは違うのです。そうなる運命なのです」
ヨリエールは、それはどんなに変えようとも抗えない“きょうせいりょく”という運命が掛ける魔法のせいだから、どうにもならないのだと言った。
ただ、部分的に変えられる事が出来るかもしれない。そう考えたマリベルの母上であるアスベル様は、自身が生きている間に手を打っていた。それがヨリエールの存在だったという。
「私の力は、他者の精神を安寧の時間まで巻き戻せる物なのです。本来この力は、教会で使う力なのですが、何度めかの人生でアスベル様はその事を知って、マリベル様が発狂死しない手立てを思い付きました。
ですが、前回の人生では私が間に合わず同じ結果だったそうです。
今回は、早めに私とアスベル様は知り合うことが出来ましたので、マリベル様のお側にいる事が叶いなんとか間に合いました」
ヨリエールの力は、本来人知れず死を賜った者が安寧のうちに死に逝くための力らしい。
それは古の魔法で、この世で使えるのはヨリエールだけなのだとか。
主に使う相手は、連座によって処刑を余儀なくされた罪のない者に与える為の慈悲の魔法だそうだ。
「マリベル様がご自身の一番幸せだと感じた時間に精神を巻き戻したのです。あなたの命を蘇らせることも同時に願ってもらいました。怪我での治癒は即死にはどうにもならないのです。強く願う心だけが、あなたを黄泉の手前で呼び戻し生き返らせる事ができます。それは貴方を思う人にしか出来ない。貴方が助かるかどうかも私の中では半々でした。前回は間に合わなかったから、どうなるかは私にも分からなかったので。ですが貴方は息を吹き返しました。ですからマリベル様のことも希望が持てます。目覚めた時、マリベル様がどの位、精神の時を戻したかは分かりませんが、ユーリスは寄り添うと誓いましたよね」
僕は数々の不思議な話に面食らいながらも、彼女の最後の言葉に頷いた。
「安心しました。本来なら私と貴方方は交わる運命ではありませんでした。アスベル様の強い思いが奇跡を生んだのです。気が付かれたマリベル様はどの年代に戻っているかは分かりませんが、私がお側に侍る事はもう出来ません。おそらくマリベル様はこれから夢の中で生きているつもりになります。ですが魔法というのはいつかその効力は切れます。その時にマリベル様はきっと私を思い出します。その時にもう一度会うことが叶うと思います。どうかユーリス。それまでマリベル様を見守って上げてください。きっとゼスも協力してくれはずです。ねっゼス?」
「はい、私は、私達はマリベル様に多大なご恩があります。今こそ報いるときですから!」
ヨリエールの言葉にゼスが拳を握ってきっぱりと言い切ってくれた。
同じように僕もヨリエールの言葉に力強く頷く。
「私はお側にはいられませんが、願ってくださったら心の声は聞こえます。いつか良いご報告が届くのをお待ちしています」
ヨリエールはそう言って、僕とゼスの額に手を当てて何かを呟くと、頭を深く下げたあと、光の輪をその手から生み出しゆらりと揺れて消えていった。




