59 赤に染まる
耳に聞こえる音が徐々に失われて、目に映る景色は、外側から内側に赤味を帯びていく。自分で何が起こってるかも分からない、分かりたくない。
何?
これ?
「○□△●■▲!!!」
自分の体が揺れているのは分かる。
誰かが肩を揺さぶっている、それも分かる。
痛みは感じない。
体の揺れと同じように頭も揺れているのは分かる。視界の赤がもう半分以上広がっていた。
何?
音が聞こえなくなって、耳障りなキーンという音だけが、頭に響く。
その時ズシリと重みが腕に伝わり始めた。
私は何かを抱えている。
それを見たくなくて、前を向いていたことに気付いた。
駄目!
見たら駄目!
分かっているのに、私の腕に力が入って、その腕に抱えているものを胸に抱きしめ直す。
「イヤ───────!」
勝手に口から出た叫びが、私の耳に聞こえた。自分の声とは思えない叫びが。
見たくないものを視界に入れたからだ。
私の頭の中で糸がプ⋯⋯「マリベル様!」
「ヨリ⋯⋯⋯エー⋯⋯」
「気付かれましたか?時間がありませんよ!マリベル様!息を吸ってください」
言われた通りに息を吸おうとしたら自分の胸が動いて、自然に抱えているものを見ようとした。
「マリベル様!見てはいけません!前を向いたまま息を吸って力を入れて吐きなさい!」
ヨリエールの声だけが頭の中で木霊のように繰り返される。
もう一度、私は息を吸って吐く。
その拍子に私は自分の胸元を見てしまった。
そこには、顔色の失せたユーリスが目を閉じたままだ。抱える私の掌にヌルリとした感触がある。それが何なのかを私は知っている。再び声にならない叫びが口から飛び出そうとした時、パシリ!と音が聞こえて、同時に頬が熱くなるのを感じた。
ユーリスを見ていた私が顔を上げると、私の襟を掴んでこちらを見るヨリエールが見えた。
「マリベル様!帰ってきなさい!あちらに行ってはいけません。あなたにはしなければならない事があるんです!」
「しなければならない事?」
「はい!ユーリスを助けたくはないのですか?」
「ユーリス⋯⋯助ける?」
ヨリエールを見ていた私は、自分の胸元にまたもや視線を移して直視してしまった。今度は視界ではなく頭の中が真っ赤に染まろうとする。
嫌だ!
嫌だ⋯⋯嫌だ!
いや⋯⋯いや、い!
「マリベル様!ユーリスを助けるのはあなたにしか出来ないんですよ!」
ユーリスを助ける?
助けたい!
「助ける?助ける!」
「⋯まだ行きかけていますが、時間がありませんから仕方ありませんね。いいですかマリベル様。願ってください、あなたにしかできませんよ!自分でちゃんと自覚して願ってください。そうでなければ戻りません。ユーリスと2人でいたその時を頭に思い浮かべて、声に出して願いなさい!」
「な⋯に⋯を?」
「⋯⋯幸せになりたいと」
「幸せになりたい⋯幸せになりたい⋯幸せになりたい。私はユーリスと幸せになりたい!」
その時何かが光って、真っ赤に染まっていたはずの視界も頭の中も、白い閃光が斜めに走り赤を染めていったあと、私の意識の糸はプツンと切れた。




