6 亡き父の恩恵
デトリス領は、オルデイック王国の西側の端にあり、領内にそびえるマルス山という山を越えると隣国なのだそうだ。
ルルカと一緒に泊まった宿の食堂で、話好きのウェイトレスが教えてくれた。此処に着いた2日前の朝、デトリス侯爵家に先触れという名の手紙を届けたのだが、今日も夕刻になるというのに返事はまだなかった。
やっぱり面識のない子供に、アーサー様は会ってくれないのかもしれない。
相手は貴族だから、返事を直ぐにくれるとは限らない。それはわかっていたけれど、私にはこの宿に何日も泊まることの出来るほど、手持ちに余裕はない。
あまりにも待たされるなら、何かしら仕事を探したほうがいいかもしれない。
それに⋯ルルカもいつまでも一緒という訳にはいかない事も分かっている。
夕食の時、話好きなウェイトレスに相談してみようかな⋯。
そう思っていたのだけど、彼女は今日の仕事は終わったらしく食堂にはいなかった。
「あのウェイトレスに用でもあったのですか?」
私が、彼女を探しているのに気付いたルルカが怪訝な顔で聞いてきた。
あのウェイトレスは話し好きで、聞いてもいない事をペラペラとよく話す。静かに過ごすのが好きそうなルルカは苦手なのかもしれない。
「う⋯ん。ちょっとね⋯。ねぇルルカさん、私ここでアーサー様の返事を待つつもりなの」
「えぇ承知してますよ」
ルルカは頷きながら答えてくれたけど、ねぇ何日掛かるかわからないんだよ?
そう言おうとしたら、ルルカに先を越されてしまった。
「ルーベンス様にちゃんと見届けるようにと言われていますから。私はお嬢さんにお付き合いしますよ。私にはお構いなくお過ごし下さい」
「⋯でも、あなたにもちゃんとした仕事があるでしょう?」
「今の私の仕事は、お嬢さんの護衛ですよ。ちゃんとした仕事です」
いくら言っても、ルルカは言い返して来るので私は困ってしまった。もしかしたら一見静かそうに見えて、ルルカもウェイトレスに負けず劣らず口が達者なのかもしれない。
「お嬢さん。私はルーベンス様と奥様からあなたを見守る様にと託されました。それはお嬢さんのお父様に恩を返したいからだそうですよ。だからお嬢さんは何も気にすることはないのです」
「えっ?お父様の恩?」
「はい、そう聞いています。内容は知りませんが、ルーベンス様と奥様にとってお嬢さんは恩人の忘れ形見だそうです。だからその恩恵にあなたは甘えればいいのです。デトリス侯爵領であなたの目的が達成されなければ、私と一緒にルーベンス様の所に行きましょう。あなたの目的が達成するのを見届けるまでが私の任務なのです」
ルルカはそういった後、ポケットから小さな巾着を取り出した。その中に入っていたのは1枚の銅貨。
「ルーベンス様から預かってきたものです。それから、この宿に滞在する間のお金は気にしなくていいですよ。沢山預かって来ましたから」
ルルカはポケットをパンパンと2度程叩いてニカッと笑顔を向けてくる。
お父様がルーベンス様と奥様の恩人?
お父様が何をしたのかは知らないけれど、2人がそれを恩に感じてくれて私に返そうとしてくれている。
ずっと一人ぼっちになってしまったのだと、自身の境遇を嘆いていたけれど、人と人との繋がりを教えられたように思った。




