54 ヘレンの子供 ④
「ヘレンの子供は、本来なら修道院で育てると決まっていたのですよね」
ヨリエールの問にユーリスが頷きながら「そう聞いていた」と言った。
「それでしたら修道院に預ければよいのです。何も母親と同じ修道院である必要はないのですから。この領地にもございますよね?マーガレット様」
ヨリエールの提案に、パアッと花が咲くような笑顔をマーガレット様は浮かべながら頷いていた。
「そうだわ!そうよね。元々修道院で育てる予定の子供ですもの。幸いにしてリチャードは女の子ですから、なんの問題もないわ」
マーガレット様の言葉に、良かったと思った私だったが、それも一瞬で吹き飛ぶ爆弾発言を聞いたような気がして、目が点になってしまった。
リチャードが女の子?
じゃあ何でリチャードなの?
目が点になっているユーリスが、種明かしをしてくれた。リチャードという名は乳母の亡くなった子供の名前だそうだ。ヘレンがいらないと放置してしまった子供の名前は、“ジョゼット”だったそうだ。だが実は全くの偶然だったが、乳母の名前もジョゼットだった。
「ヘレンは、おそらくリチャードの実父の名に因んで子供の名前を付けたんだろう。だけどその名付けの時に乳母は側にいたらしい。ヘレンの名付けの理由が分からない乳母は、その時自分の名前を付けたヘレンになんとも言えない感情が沸いていたそうだ」
それは⋯。
これから育てる貴族の子供が、乳母と同じ名をつけられる。実父のことを知らない乳母にしてみれば、子供を不憫に思っても仕方ないかもしれない。
「しかも、乳母の子供はどうやら怪我で亡くなったみたいで、その子も亡くなったとき血塗れだったそうなんだ」
色々な偶然が重なり、乳母はヘレンに斬りつけられたジョゼットを自分の亡くした子供の代わりにしたようだとユーリスが言った。
「亡くなった子がリチャードという名だったのね」
私はなんとも言えない気持ちで言った。
それでも、乳母には悪いけれど、女の子に男名を付けて育てるのは有り得ない。
「僕が代わりの名を付けてしまうと、乳母が益々勘違いするから、出来なかったんだ」
「乳母は、精神的に不安定なの?」
ユーリスとマーガレット様を交互に見ながら聞くと2人は頷いていた。
「リチャードの世話をしているのだけを見れば普通なの。だけど、リチャードからちょっと目を離したりすると、それだけで急に不安になってしまうらしいわ。だからヨリエールの修道院に入れるという案は正解かもしれない。というより、どうして私はもっと早くその事に気付かなかったのかしら。情けないわね」
マーガレット様が悔やみながら言っているけれど、子供は母親の側にいるという概念は普通のことなのだから、思い至らなくてもそれはマーガレット様のせいではない。
そうして、乳母ジョゼットとリチャード改めアンヌは、デトリス領内にある修道院に送られることになった。
ヘレンの子供の新しい名前は、マーガレット様が考えてくれて、戸籍もデトリス領で与える事になった。
この事で、ヘレンの子供は戸籍上では亡くなった事になる。
ユーリスが親に捨てられたという点で自分と重ねてしまった子供は、私と同じように死んだ事にされて戸籍を失った。
だけどアンヌは私とは重ならない。
不思議な縁を持って生まれたヘレンの子供は、新たな名を貰って幸せに生きていってほしいと思う。




