50 どうして?!
薬師達の部屋は、独身用と家族用の2種類を4部屋ずつ用意していた。
部屋割りは薬師の希望を聞いて、割り振っていたのだが、ユーリスは独身者用を選んでいた。
私はユーリスの部屋の前で、ノックを躊躇う。この部屋で話していいものかと思ったのだ。
躊躇う私の背中を押したのは、ヨリエールだった。
「マリベル様、私は遮断が使えます」
声が漏れるのを恐れた私の気持ちがヨリエールはわかったのだろう。
そう申し出てくれて私はホッとして、ヨリエールに頷いてから、ユーリスの部屋の扉をノックする。
扉を開けたユーリスは、さして驚いていなかった。私が来る予想をしていたのか、それとも表情に驚きが出なかったのかはわからなかった。
ユーリスの部屋には、何もなかった。
薬師達の為に最低限の家具は、マーガレット様が用意したと聞いていたのだが、おそらくこの部屋にはそれ以外の家具がないと思った。
殺風景な部屋にはカーテンさえない。
ユーリスが私に座るように薦めたのは、デスクの椅子で、自身はベッドの縁に腰掛けた。
私とユーリスが向かい合うと、ヨリエールが風魔法で遮断を部屋に施す。
「マリベル様、これで大丈夫です」
魔法の光は淡い朝焼けの色で部屋を覆う。
私はその魔法を初めて見たので、思わず部屋をぐるりと見回した。ユーリスも初めてのようで、なんとも言えない顔をしている。いつもの無表情じゃない事に、私はホッと息を吐いた。
「ユーリス、王都からの騎士があなたを捕縛しに来た理由は聞きましたか?」
「いえ、ですが理由はわかります」
「⋯そうですか。その事をマーガレット様は?」
「ご存知です。面接の時に相談させて頂きました。その時、ここに一緒に住むのは難しいと言われて⋯」
「⋯そうですか⋯」
ユーリスの事で私が知らない事を、マーガレット様が知っていた事に、私はかなりショックだった。
でもよく考えれば、私とユーリスが過ごしたのは、幼い頃の約2年間。それから15年も会っていないのだ、しかもその間も一切連絡は途絶えている。
幼馴染という、本当にそれだけの関係なのに、ユーリスの今までの生活の事なんて、断片的なものしか知らないくせに、私はデトリス領の中で、自分が一番ユーリスを知った気になっていた。
勘違いも甚だしい。
私は恥ずかしくなって、ユーリスの目を正面から見られなくなった。
畑に並んでしゃがんでいる時間なら、これ以上の会話は続かないのが通常だけど、マーガレット様もアーサー様も不在の中、私は騒動の理由を知らなければならない。
息を少し大きく吸い込み、話そうとした時、ユーリスの方が先に口を開いた。
「私は⋯解雇でしょうか?」
「えっ?」
「⋯⋯」
まさかユーリスが解雇なんて言い出すとは思わなくて、私は驚いてしまったけれど、ユーリスの立場から考えたらそう思ってもおかしくなかったのだ。
「解雇は⋯今の所するつもりはありません。マーガレット様もご存知の事情なら、マーガレット様も解雇は考えないと思います」
「ありがとうございます」
ユーリスの無表情の顔が、一瞬安堵したように見える。私は、心の中にモヤモヤとしたものが湧いてくる。
今ここですべてを聞きたい。
私の中の長い時間燻っていたものが、心の中で暴れる。
どうして、今更私の前に現れたの?
どうして、約束の手紙が一通も書いてもらえなかったの?
どうしてヘレンと結婚することになったの?
どうして?
どうして?
私の心の中で蠢く何かが私の口から飛び出した。
「ユーリスの嘘つき!」
「⋯⋯!マリ、ベル⋯さ、ま?」
「マリベル様じゃないわよ!どうして手紙をくれなかったの?私ずっと待ってたのに!お父様が亡くなってからも、寂しくて堪らなかったのに、ユーリスは居ないし!お父様も、いなくて、誰も教えてくれなくて、ユーリスもいなくて、お母様も!私、わたし、ずっとひとりだった。ずっとひとりぼっちだった!誰もみんな私に何も教えてくれないの!ユーリスがどこにいるのかも、あなたが誰だったのかも!どうして話してくれなかったの!どうして!どうして!どうして!」
自分でも何を言っているのか分からなかった。
勝手に言葉が飛び出してくるけれど、そのどれもが意味不明でそのどれもが本心だった。
我を忘れて意味不明な言葉を撒き散らし、泣いて俯いていた私をユーリスが抱きしめていると気付いたのは、暫く経ってからだった。




