49 突然の乱入者達
ユーリスとの夕食を楽しみに、いつもよりも書類仕事の捗る私の様子を、ヨリエールが生温かい目で微笑ましく見ながら、休憩の為のお茶をテーブルに置いた、まさにその時、廊下を足早に歩く数人分の足音とざわめきが突然私の耳に届いた。
カップに手を掛けながら訝しげに扉を見る。
ヨリエールとゼスの妹で私の専属侍女になったメイサも廊下の喧騒に警戒を示した。
暫くすると扉のノックがして、廊下を守っていた騎士が扉を開けて顔を出した。
ヨリエールに二言三言何かを言って扉を閉める。
「マリベル様、約束のない来訪者が来たようで、執事達を強引に押し退けてこちらに来たようです。扉の前で騎士たちが拘束しているのですが、どうやら薬師のゼッターのようです」
「えっ!ゼッターが?」
私は慌てて立ち上がり、ヨリエール達に止められたが、強引に廊下に出た。ゼッターはお父様の薬草園で働いていた薬師で、私にとっても特に大事な薬師だ。
執務室の目の前の廊下に出ると、騎士たちに後ろ手を掴まれて、身体ごと伏せられている初老の男の白髪頭が目に入る。
「ゼッター!」
「マリベル様!助けてください!」
私は直ぐに、薬草園で働く薬師だと騎士達に拘束を解くように命じた。
起き上がったゼッターの服には、びっしりと全身に汗が滲んでいる。
だがその顔は蒼白になっていて、一体何事があったのかと驚愕した。
「王都から、突然騎士達がやって来てユーリスを捕縛するって言うんです!勝手に薬草園の中に入ろうとしていて⋯。守ってくれていた騎士様たちが、自分達は動けないからと⋯他の者は薬草園の中なので⋯私が知らせに来ました。ですが、老人なものであんまり速く走れませんでした。急いで助けに行ってください!」
所々、慌てて走ってきたゼッターが閊えながらも薬草園で起きている事を伝えてくれる。それを聞いて直ぐに動いたのは、執事達の方だった。
私はそれを見て、ゼッターを執務室の中に入れソファに座らせる。
ヨリエールが直ぐにお水を持ってきてくれたので、ゼッターに飲ませながら私は彼の背中を擦った。
お父様よりも年上だったはずのゼッターは、必死で走ってくれていたのだろう。
急いで歩けば、20分程くらい離れた場所にある薬草園から、きっと全速力を出してくれたようだ。
「ゼッター⋯無理をして。あなたの体が⋯」
「いいんです、私は老い先短いですし。ただユーリスが⋯」
「そうだわ、どうして騎士が来たの?マーガレット様はご存知なのかしら?それに何の容疑なの?」
「マリベル様、本日マーガレット様は隣領とのお茶会に招待されております」
「⋯⋯!」
領主不在の中、王都から騎士が勝手にやってくるなんて、異常事態だ。
ユーリスに何の容疑がかかっているのだろう?
でもデトリス領ではたらく薬師の身辺調査は、マーガレット様が完璧にしてくれた。ギカンの件でユーリスには多少問題があると分かっても雇用したのだ。どう考えても冤罪としか私の頭には浮かばない。
でも、デトリス領の客人という立場でしかない私が、マーガレット様やアーサー様を差し置いて口を出してもいいのかしら?
アレッ?
アーサー様は、何処に行ったのかしら?
私の疑問がら顔に出ていたのか、ヨリエールが、アーサー様は伯父様に勝手に付いて行ったと言った。
驚きすぎて思わず口元を両手で隠した。
「この肝心な時に!」と叫びそうになったからだ。
とにかく、状況がわからなければ何とも出来ない。
私は、少し休んで落ち着いたゼッターとマーガレット様の執事を連れて、薬草園へと急いで向かった。
◇◇◇
私達が到着した時、薬草園での小競り合いは既に収束していた。
どうやら、越権行為をしていた王都から来た騎士たちは10人程だったらしい。元々薬草園を守っていた騎士たちの配置は5人程だったけれど、ゼッターの必死の報告でデトリス領の騎士が助っ人を向かわせたのは20人。直ぐに制圧できたようだ。
私は、薬師達の住む家の私用の執務室に、今回やってきた騎士の代表格2人に付いてくるように言った。
こちらに来た頃は、辺境の侯爵家だろうが、王家直轄の自分達の方が偉いのだと自負してやって来たらしい騎士達も、この場所が王家の関わる薬草園とデトリス領の騎士達から制圧の時説明を受けたらしく、しかも私が帝国からの客人だと知らされて、その頃はかなり狼狽えていた。
それでも自分達は間違った事はしていないと、執務室に着いて事情を聞いた時はそう言っていた。
彼等の言い分は、ヘレンの産んだ子をユーリスが匿っていると言っていた。
私にとっては初耳の事だ。
それに、ギカンの処刑のあとヘレンは修道院に行ったと聞かされていた。その時彼女が身篭っていた話など私は知らない。
それに⋯。
「自分の子供を引き取った事がどうして捕縛対象になるの?」
私は疑問を騎士に伝える。
すると騎士達からとんでもない言葉が返ってきた。
「ヘレンの産んだ子供はユーリスの子ではありません。それは彼も認めていてケニスト公爵家の籍には入れられておりませんでした。公になっておりませんが、ヘレンの父親であるギカンは罪を犯しております。それは本来なら一族郎党処罰対象になるものです。当然ヘレンが産んだ子供も対象になります。それをこちらが対処する前に、ユーリスが連れ去ったのです。ケニスト公爵家の庇護下にある間は、私達も彼に手は出せませんでしたが、彼はケニスト公爵家を除籍しました。平民になった彼を我々が連れて行っても問題ないでしょう」
問題あるわ!
そう言い返したかったけれど、それこそオルデイック王国に帝国が干渉する事になる。
だけど、ギカンの罪に対してのことならば、私は口が出せる。
そのことにホッとして私は彼等に引くように伝えた。
「ギカン・ノーラ元男爵の罪を私は正確に知っています。そして彼を裁く権利は私が持っているのですが、それを貴方方は知っていますか?」
オルデイック王国王家に、帝国から圧力をかけてもらって、ギカンの裁きもこちらに権利がある。その事を今回やってきた騎士達が知っているのか尋ねると、2人のうち年上に見えるほうが、ハッとした顔をした。
どうやら彼は知っているらしい。
とりあえず、彼等はマーガレット様に何の連絡もせずに突然やってきたのだから、デトリス家では破落戸と変わらない。
デトリス家の騎士達に、彼等を拘束したまま、屋敷の一室に軟禁するようにお願いした。
そして私はユーリスに話を聞かなければならない。
こんな大事になってしまって、ユーリスはどんな気持ちでいるだろう?
私はユーリスを待たせている部屋へと急いだ。




