43 薬草園始動
デトリス領で薬草園を始めるに当たって、そこで働く人材を私はマーガレット様に一任していた。場所は先行して動いていた伯父様が選んでくれた。
デトリス領に到着して、先ず私が行ったのは、薬草園で働く者たちとの対面だった。
マーガレット様が選ばれたのは、薬師5名、下働き8名だった。
嬉しいことにマーガレット様は、私の部屋を客室ではなく領主家族の暮らす3階に用意してくれていて、そこには私の侍女も待機してくれていた。いたれりつくせりのマーガレットさまはやはり女神様だった。
侍女の人選が私の気持ちをとても慮ったもので、その選ばれた侍女の中にマインもいた。マインは嘗て、このデトリス家で私が配属された衣装部で、一緒に働いていた最も歳の近い友人だ。
「マイン!」
「お久しぶりです、マリベル様」
臣下の礼をするマインを見ると、何となく面映い気持ちも湧いてきたけれど、気心の知れた人が側にいてくれるのは何よりだった。
アメルースの栽培を始めるのには、かなりの神経を使わなければならない。
秘匿ばかりの仕事だから、信頼できる人がいてくれて本当に嬉しかった。
侍女の中にはゼスの妹のメイサもいて、何となく顔立ちがゼスに似ているなぁと感慨深く思った。そしてもう一人は何とヨリエール様だった。
神官でもあるヨリエール様が、どうして私の侍女を買って出てくれたのか、申し訳無い気持ちになったけれど、ヨリエール様なりの私のお母様への恩返しだから、どうか気にしないで欲しいと言われて恐縮する。
3人の侍女と顔合わせをした私は、直ぐに彼女達と“魔法契約”を結んだ。
アメルースは普通の薬草ではない。
土魔法を施した土でしか根付かない魔草なのだ。
この大陸には、魔草は何種類かあって、水魔法で育つ物や希少な光魔法で育つ物、緑魔法で育つものもある。魔力に特化した魔草だけど、そのどれもが土魔法だけは育てられる。魔草にとって土魔法は万能肥料なのだ。
ただそれを広く知られてしまうと、私達の一族は自由に暮らす事が出来ない。
育てる地の王族と領主、そこで働く者たち皆にこの契約を結んでもらわなければならない。
“魔法契約”で縛られた人達は、それを知らぬ者に話そうとすると舌が焼けそうになる為、相手がどれほど釜をかけても話す事が出来なくなる。
違反する前に防止できるから、必ず行うようにとお祖父様にも厳命されていた。
スーデン王国では、お母様を追放してお祖父様達まで国を出たあと、その契約によって数名の王族が、死に至らしめられたと聞いた。
勿論このオルデイック王国の主要な王族にもこの契約は結んでもらっている。
ヨリエール様はお祖父様によって、我が一族との永劫契約をしているので、私は残りの2人と契約した。
薬草園が始動する前に、この契約を先にしなければならない。
侍女等との契約を終えて、私はマーガレット様の執務室に向かった。
隣の小部屋を借りて、先ずは下働きの人達と契約を交わす。
魔法契約を拒んだ人はいなかったけれど、下働きなので殆どの人が平民で、少し怖がる人もいた。
「大丈夫です、秘密さえ守ってくださるのなら、何の心配もいりません。但し家族にも話せませんので、それだけはご注意ください」
私の言葉に8名の人達が恐恐と頷く。
次は薬師の皆さんだ。
彼等には下働きの人達と違って、更に重い罰の課される魔法契約になる。
だから一人ずつ顔合わせをする事になった。
マーガレット様が選んだだけあって、皆とても優秀な薬師達だった。
その中には、以前お父様の薬草園で働いていて、ギカンに追い出された人がいた。
懐かしそうに私の顔を見つめて、「奥様に大変よく似てらっしゃって、あの頃が偲ばれます」と言われた時には、面談中にも関わらず、鼻の奥がツンとして涙が溢れそうになった。私が覚えていない、彼の知るお父様とお母様の話を聞きたいと思った。
順調に4名の薬師との面談を終え、最後の一人になった。
呼ばれて入ってきた人の身上書を見た私は、手に持つペンが止まった。
入ってきて、丁寧なお辞儀のあと、懐かしい黒髪と赤い瞳を持つ青年は、昔のように屈託のない笑顔ではなく、少し強張った表情で自己紹介をした。
「薬師のユーリスと申します。平民ですが、薬師の経験は7年あります。どうぞよろしくお願いします」
遠目から一目でも会いたいと願った、4歳年上のユーリスは、懐かしい髪と瞳以外は、あの頃の面影は薄くなっていた。




