4 旅は道連れ
旅の始めに乗った乗合馬車が、終点に辿り着いた。
「ベルは今日泊まる所はあるのか?」
乗合馬車を降りるとゼスに聞かれる。
私が首を左右に振ると、彼は困った様な顔をした。
その時、私の肩に誰かが手を置く。
少しビクッと体が震えたけれど、その手の主の顔を見上げると、それはここまで一緒に乗合馬車で旅をしてきた紳士のルーベンス様だった。
「ベルさん、私はこの地でお別れですが、今日あなたが泊まる所はご紹介できますよ」
「ルーベンス様⋯」
私とルーベンス様とゼスは、朝食休憩だけではなく、昼食休憩の時も一緒に過ごして、だいぶ打ち解けていた。
2人の話を聞いた私は、自分がかなり甘かったと反省していた。
私なりに充分計画を練って、勇気を出してあそこを飛び出したつもりだったけれど、やはり14歳の世間知らずだったと思わざるを得なかった。
先ずデトリス領に向かうと簡単に思っていたけれど、乗合馬車を乗り継ぐ数は、私が思った以上に多かった。
デトリス領へは、乗合馬車を一度乗り継げばいいと思っていたけれど、始点から終点までの乗合馬車を、少なくとも5つは乗り継がないと行けなかった。それは宿泊もそれだけしなければ行けないということも教えてもらった。
オルデイック王国の地図を広げて、誰の意見も聞かされずに立てた私の計画は、頭の中だけの空想でしかなかった。
私が思っていた以上に、デトリス領への旅はお金も気持ちも心許ない物だった。
とはいえ引き返す事はもう出来ない。
いくら心細くとも進まなければ、後戻りなんてするつもりはなかった。
でも、少しだけ心を開いたゼスと大人のルーベンス様には、私は心の情けなさを表情に出していたようだ。
「ベルさん、私は医者なんだ」
見上げた私にルーベンス様が自分の職業を口にする。その言葉でルーベンス様が私の事を察したのだと知った。
私は、2人に自分の名前はベルで、デトリス領へは亡き父の故郷に行くのだと言っていたのだ。
ルーベンス様が医者で、辿り着いたこの街からあの領地へと行ったのなら、私の事を知るには容易かったのだろう。
「私の家に泊まりませんか?」
「⋯ルーベンス様いいのですか?」
「構いませんよ、迎えの馬車があそこに止まってます」
ルーベンス様が指差す方を見ると、乗合馬車とは違う少しこじんまりとした馬車がそこに停まっていた。
心配そうなゼスを見ると、彼は何度も頷いていた。それが“そうしろ”と助言してくれているように思った。
「では、よろしくお願いします」
私は、お言葉に甘えてルーベンス様の家に一晩泊まらせてもらうことになった。
「ベルさん、君のお父様はノーラ男爵だね?」
やはり、お医者様のルーベンス様は私の素性に気付いていたみたいだ。馬車に乗った途端、そう言われた私は頷いた。
「デトリス領には、どうして?」
何故行くのか尋ねられて、素性を知られた私は思い切ってルーベンス様に全て正直に話した。
「そうか⋯」
私の正直な気持ちを聞いたルーベンス様は、一言呟いたあとは何も言わなかった。
ルーベンス様の家は、馬車で20分ほど走った場所にあって、普通の民家より少し部屋数の多い家だった。
「調子良く連れて来たんだが、私の家には客室らしい部屋はないんだ。入院患者用の部屋だけどそれでも構わないかな?」
少し照れたようにそう言って、ルーベンス様が用意してくれたその部屋は、私が寝泊まりしていた薬草畑の小屋よりも広くて綺麗だった。
「この部屋で充分です。ありがとうございます。あの⋯これを」
私は鞄から巾着を出して、幾つか銅貨を取り出したけれど、ルーベンス様は首を左右に振って銅貨を1枚だけ取った。
「タダより高い物はないというから、1枚だけもらうよ。少ししたら妻を紹介しよう。今日の夕食は期待してて。妻のシチューは絶品だよ」
ルーベンス様はそう言って部屋を出て行った。
その日の夕食はルーベンス様の奥様と3人で囲んだ。
ルーベンス様が自慢したように、彼の奥様のシチューは今まで食べた物の中で一番美味しかった。
遠慮する私の皿に、2杯目のシチューを注いでくれた優しい奥様も、お医者様なのだと教えてくれた。
父があの地に根付かせたアメルースは、ギカンがノース男爵を継承してから高騰している。その交渉にルーベンス様は行っていたそうだ。
どうやら交渉は決裂したらしい。
残念そうなルーベンス様に、私は申し訳なく思った。
(お父様が生きていたら⋯)
ベッドに横になってから詮ない事を考えてしまう。
次の日、ルーベンス様は私に護衛のルルカを紹介してくれた。
「デトリス領までは、まだ4日も続くんだ。女の子一人で旅するには不用心過ぎるよ」
「でも⋯私には⋯」
私はルルカを雇えるほどのお金を持っていない。鞄の紐をギュッと掴みながら私がそう言おうとしたら、ルーベンス様が言った。
「旅は道連れって言うじゃないか。君のお父様を知っている私が、君の危険な行動を無視するわけには行かないよ。ルルカはかなりの腕前だから安心していいよ。それと彼女は私の妻の実家の騎士だから、護衛の賃金は沢山は必要ないよ。それに昨日銅貨をマリベルからもらっているからね。それから⋯」
ルーベンス様は、生きていた時の父と同じように私の頭を撫でてくれた。
「それから、もしデトリス領でノース男爵の友人に会えなかったら、ここにルルカと戻っておいで」
優しいルーベンス様と奥様に見送られて、私は護衛のルルカとともに、デトリス領へと旅立った。




