3 涙が溢れたわけじゃないはず
空が明け切らぬうちに出発した、私の乗る馬車が停まった場所は薬草畑よりも大きな広場だった。
まだまだ早朝にも関わらず、同じような馬車が数台停まっている。
馬車から降りて伸びをする。
手を空に突き上げるように伸ばすと、背筋も足も体中のあちこちがピンと伸びて気持ちいい。
「ここには食堂が一つしかないようだ。一緒に行くかい?」
先程、話しかけてくれた紳士が、私を食堂に誘ってくれた。
(どうしようかな)
肩から下げているバッグの紐をきゅっと握って考えた。
親切心で言ってくれているのか、何かの下心があって声をかけてくれるのか。私にはまだ判断が出来ずにいる。
返事もせず躊躇う私の様子から、紳士は胸に手を当て少しだけ頭を下げてから、私を見つめた。
「食事をするだけだから、身構えなくともいいよ。一人で食堂に入る方が今の時間は危ないと思うから。あっ!君もおいで!」
紳士は私の後方に向って大きく声を掛けた。振り返るとさっき休憩だと声を掛けてくれた少年がそこにいる。
「いいんですか!?俺こう見えて沢山食べますよ!」
「いいよ、望むところだ」
紳士は自身の胸を叩いて少年に応えている。その様子が少しだけおかしくて、思わずクスッと声が漏れてしまった。
「お嬢さん、君もおいで。3人なら安心だろう?」
それ以上、答えを躊躇うほうが変だと思った私は頷いて、紳士と少年が並びながら歩く後ろを早足で付いて行った。
食堂の中に入って、驚いて壁にかかっている時計を見た。
(いつも起きる時間だ)
薬草畑の世話をしていた私は、庭師よりも早く作業を始めていた。
その時間帯にも関わらず、この食堂は人でごった返している。
「相変わらず忙しそうだ。おっ!あそこが空いてるな。少年あそこは早い者勝ちだぞ」
紳士の言葉に、少年が走ってその空いている席に走る。自分の被っていた帽子を取って、その席に投げていた。
「よっしゃあ!」
「ハハッ凄いな」
少年の側には、惜しくもその席を逃して残念そうに項垂れたあと、他の空席を探す人が2人ほどいた。その様子を見て紳士が拍手する。それに倣った私も少年に拍手を送った。
少年はゼスと名乗った。
御者見習いなのだと言う。
セリフサービスの食堂で、私に付き添って色々と教えてくれながら、自己紹介をしてくれた。
歳は私よりもひとつ下の13歳。弟妹と病気の母の為に、一家を背負っているのだと、誇らしげに胸を張って大皿からベーコンを3枚トングで掴んでいた。
初めての食堂。
勝手がわからないながらも、ゼスの教えを忠実に守り、私もゆで卵とふかしたジャガイモを皿に盛り、オレンジジュースと白パンも盆に乗せた。
帽子の乗ったテーブルには、既に紳士が大きな盆にこれでもかというほど、ありとあらゆる食事を乗せて待っている。
早く食べたいのを我慢するように、少し眦を下げて私達が席に付くのを見ている。
その目が“早く!早く!”と急かしているように見えて思わず笑ってしまった。
誰かと食事ができるのは、一体何年ぶりだったかな?
思いがけずワクワクする朝食の時間。
(今日は一人じゃないんだ)
楽しく会話をしながらの朝食に、少し視界がぼやけたのは、ふかしたジャガイモの塩が多めに掛かっていたからに違いないと思った。




