2 旅立ち
朝靄の中、乗客が二人しかいない馬車は、ゆっくりと王国の西に向かっている。
乗合馬車の定員は6人。
空いている座席を見ると、何だかとっても寂しく感じた。
昨夜は結局あまり寝られなかった。
だから、このゆっくりとした走りに眠気を誘われてしまう。でも私は、何とか目を凝らす。もう二度とこの領地へ来ることができないかもしれないのだ。
お父様との思い出も、幼い頃ユーリスと遊んで暮らした記憶も、この領地に全て詰まっている。淡い色素の桃色の虹彩に、少しでも多く刻み付けたい。
窓の外をじっくりと眺めながら、私は胸元のロケットを服越しに握った。
ロケットの中には母の写真。
父が幼い私にくれた物。
私の手元に残る父との思い出の品は、このロケットとバックに入っている父宛の手紙だけ。
あとは薬草園。
その薬草園も、私のものではない。
父が亡くなったあと、私の知らぬ間に親族会議が行われ、父の従兄のギカンの手に爵位も薬草園も渡った。
今私が向かっているのは、父の友人アーサー・デトリス卿が居ると思われるデトリス領。
一度も会った事の無いその人を頼りに、私は図々しくも向かっているのだ。自分の中にそんな勇気があるなんて、思っても見なかった。
デトリス卿が、友人の娘というだけで、成人前の私を受け入れてくれるかは分からない。そもそも私が、ラスティ・ノーラの娘だと分かってもらえるかも分からないのだ。
先日誕生日を迎えたばかりの、弱冠14歳の私には証明する術がない。
父よりも全体的に色素が薄いけれど、同じ色を持つ瞳と髪色。それから父宛に届いていたデトリス卿からの手紙だけしか持っていない。
7年前までは、マリベル・ノーラだったけれど、今は自分の戸籍がどうなっているのかも分からない状態だ。
そんな事を考えていたら、段々と心が翳る。出発してまだ1時間ほどなのに前途多難だ。
「そろそろ、朝食休憩になるよー」
御者の横に座る、私より体は大きいけれど、顔が幼く見える少年が、声を掛けてくれた。
朝食休憩って何だろう?
そう思って首を撚ると、私の斜め向かいに座っていた男性が教えてくれた。
「早朝に出発する乗合馬車は、長距離が多いんだ。だから馬も人間も休める必要があるんだよ。1時間から2時間に1回、それと夜中は休憩になるんだよ」
「そうなんですね、教えて下さってありがとうございます」
初めての乗合馬車は、私の知らない事ばかりのようだ。




