37 断罪 ➀
ユーリス視点
王都からその報せを持って、早馬が僕等の元に来たのは、ヘレンが僕に離婚を迫っている時だった。
正確には、男爵家を追い出されたくなかったら、僕に全く似ていない子を受け入れろ、出来ないなら離婚だと言って僕を脅していたところだったが、僕にとってはどちらでも同じだった。
彼女が産気付き譫言のように子供の父親の名を言った時に、心は決まっていたのだから。
「いいよ、ヘレン。僕は離婚を受け入れる」
そう答えて、前々から用意していた離婚届を驚くヘレンの前に出した時、転がるように義父付の侍従が部屋に入ってきた。
「わ、若奥様、若旦那様大変です!」
彼は、僕等の間に流れる不穏な空気を読むことなく、貴族の侍従としては有るまじき大声で叫んだ。
「旦那様が逮捕されました!」
その大声に触発されたのか、ヘレンが産んだばかりの女の子の泣き声が重なった。
僕の耳に入ったその叫び声が、僕には俄に信じられず、思わず立ち上がったものの、どうしていいか、そして何故そうなったのか、考える余裕がなかった。
こんなに慌てたのはいつ以来だろう。
「どういう事よ!」
ヘレンは暫く呆然としていたが、気を取り直したのか侍従に叫び返していた。だが、彼女はそこまで体力が戻っていなかった為、直ぐに気を失ってしまった。
慌てる侍女達にヘレンを任せ、ぼくは侍従を連れて廊下に出た。
僕の部屋へと連れて行き改めて話を聞いたのだが、よくわからない手紙を渡された。
それは義母がヘレンに宛てた手紙だったが、事情が分からない間にヘレンが気を失ってしまったから、僕はまだ夫という立場から手紙を開いたのだ。
「これには詳しい事が書かれていないが、君は何があったのか説明できるか?」
僕は侍従に尋ねたが、彼も詳しい事は聞かされないまま、ただ義父が逮捕された事だけを伝えるように言われただけだったらしい。
手紙には、“バレた”としか書いていなかったのだ。
ヘレンが気がついたら何がバレたのか、義父は何をしたのか聞くしかないと思って、取り急ぎ僕は義母宛に手紙を書いた。
とりあえず子供が生まれた事は知らせないといけないだろう。
今後のこともあるので、ぼくは赤子の容姿についても認めた。
赤子なので量は少ないが、赤毛の髪色に黒い瞳。僕の持つ髪色と瞳の色の丁度真逆だった。
これだけで、義母には分かるだろう。
義母もヘレンの浮気を黙認していたと侍女に聞いていたから。
「この手紙を、ノーラ男爵夫人に頼む。折り返しで申し訳ないが、1時間後には出発してほしい」
僕が侍従に手紙を渡すと彼は頷いて部屋から出て行った。
義父が逮捕⋯いったい何が起こったのだ?
彼はいったいどんな罪を犯したと言うのだろう。
商人らしく人当たりの良い笑みを浮かべる義父の顔を思い出して、僕は今後の事について考え始めた。
◇◇◇
次の日になってもヘレンとは会えなかった。
医師の話では、数日前にヘレンの診察をした時に、彼女から、8ヶ月ならこれ位の腹の大きさなのかと質問されたらしい。
そして生まれた子は健康ではあるけれど、かなり小さく産まれていて早産だったのではないかと教えてくれた。
僕がヘレンから離縁を言い渡されたのを、誰かから聞いたのだろう。彼は僕に同情してくれたらしく、情報を渡してくれた。
「ヘレンは、まだ話せないか?」
ヘレン付の侍女に尋ねたが、黙って首を振られた。
「困ったな、話さないと何の対処も出来ない。この手紙の意味もわからないし⋯」
本当なら、離婚も言い渡されたからぼくはここを出て行っても良かったのだが、父親が逮捕されたと聞いた、子供を産んだばかりの女性を放って行くのも後味が悪かった。
せめて、義父の事を話し合ってから出ていこうと思って、声をかけるのだが、ヘレンは僕を部屋に入れてくれなかった。
「とりあえず、この手紙を渡してくれ」
部屋に入れて貰えずに手紙も渡せず終いだったから、義母からの手紙を侍女に託した。
それから暫くして、大きな音が狭い屋敷に響き渡る。階下に降りていた僕の耳にもその音は届いた。
駆け付けた僕に、部屋から追い出された侍女たちが訴えたのは、部屋の中の物をヘレンが手当り次第に壁にぶつけているらしい。
巻き添えをくった侍女が頭から血を流していた。
彼女の手当をするように伝えて、無理やり部屋に入ろうとした時、ヘレンの声が聞こえた。
「何で今更帰って来るのよ!」
そのヘレンの言葉の意味を僕が知ったのは、それから数日後だった。




