36 告白
ユーリス視点
王家主催の夜会。
それは年に数回行われているが、僕が参加したのはヘレン絡みで数回のみだ。
ケニスト公爵令息としてデビュタントも行わなかったし、今は次期ノーラ男爵の配偶者の身分でしかないから、無理に参加する必要はなかった。
だが、次の夜会だけは参加したくて、義父に頼み込んだ。
ヘレンが身重な事で、僕が出たいと言うとは思わなかった義父は、その事にたいそう驚いていた。
だが理由を話すと快く夜会に参加する事も了承してくれたし、衣装を作るようにと商会の衣装部まで家に派遣してくれた。
もうとっくに産み月も過ぎているヘレンだが、最近ようやく腹が目立ち始めた。
自分も夜会に出たいと言い始めたが、その体では無理だと説得した。それでもかなり食い下がって来たが、産み月の事を仄めかすと黙った。
いつもヘレンと参加すると、彼女の友人達との旦那の品評会のようになる為、今回だけは彼女のそれに付き合うつもりはなかった。
今回の夜会には、隣国エーリヤ帝国でアメルースの研究をしている方を招待していると他家の薬師から聞いたからだ。
なんでも、帝国の若い女性研究員が、アメルースと魔力枯渇病について研究をしていて、最近魔力枯渇病の原因の一つを解明したのだと教えられた。
僕も魔力枯渇病については、研究したいと思っていたのだが、目の前のアメルースを育てる事に精一杯で、何も分からずじまいで長年過ごしていたのだ。
アメルースについても魔力枯渇病についても、是非ともその女性研究員の話を拝聴したい。
そう思って夜会に参加することを懇願したのだ。
義父の営む商会はアメルースが育たなくても、関係ないらしいのだが、爵位についてはそうも言っていられなかった。
もしこのまま、今以上にアメルースを育てる事が出来なければ、爵位の返上も有り得ると宰相から苦言を呈されたらしい。
日頃から、心付けしていた宰相から言われたものだから、義父は相当焦りを覚えている。
今の商会は、義父一家が平民の時からあるもので、元の平民に戻るだけなのだが、どうやら爵位を受け継いだ後、販路が広がり爵位の恩恵をかなり受けているらしく、平民に戻ってしまっては売上の急降下があるそうだ。
だから僕の懇願にも了承したのだろう。
僕にとっては、正直商会はどうでもいい。
ケニスト公爵家にも愛着はないし没落するならすればいいと思っている。
僕を救う為に父と結婚したスザンヌにも、僕がヘレンと結婚した事で、貸し借りはなくなったはずだ。
ヘレンのお腹にいる跡継ぎも僕の子ではないだろうし、今のノーラ男爵家には僕は未練はない。未練が残るのは、薬草園とマリベルが眠る墓があの領地にあることくらいだ。
だからヘレンと離縁したとしても、あの薬草園に残れる道があるとするなら、僕はそれに邁進したいのだ。
アメルースが育てばきっと、僕は薬師としてあの薬草園を出なくて済むだろう。
帝国からの招待客に期待を持って、僕は夜会の日を楽しみにしていた。
◇◇◇
夜会の2日前、商会から届いたきっちりした夜会用の衣装に袖を通すと、ヘレンは「ほう」っと溜息を溢していた。
「やっぱり、あなたにはきっちりとした衣装がお似合いですわ。あんな土いじりばかりせずに、そろそろ本当に考えてくださいな」
ヘレンのいつもの愚痴が始まった。
本当に彼女の頭の中には、肝心なことが入ってくれないようだ。
負け時と僕は溜息で返す。
「はぁ、ヘレン。アメルースが育たなければ爵位は返上することになると何度言えば分かるんだ?」
「でも、お父様が宰相様に根回しをしていると仰っていたもの。大丈夫でしょ」
瑣末な事だと言わんばかりに、手をヒラヒラさせてヘレンは僕に反論する。
「その宰相から言われたんだよ。僕は別に平民になってもいいけど⋯⋯」
「何ですって!⋯⋯痛っ!」
僕の反論を遮りヘレンが叫んだのだが、その拍子に彼女はお腹を抱えた。
慌ててヘレンに駆け寄る侍女達。
僕もすっかりその様子に慌ててしまった。
いくら感情が擦り切れたと言っても、女性のお産が命懸けだということは知っている。
僕の子ならとっくに産み月も過ぎているのだから、いつ産まれてもおかしくなかった。それなのにそんな事を慮らず、彼女を興奮させてしまった僕の失態だ。
産婆と医師を呼ぶように伝え、僕はヘレンを抱き上げて、準備していたお産用のベッドに寝かせた。
「ヘレン、今医者を呼びに言っているから。頑張るんだ」
ヘレンの額には汗が滲んでいる。
僕は侍女からタオルを受け取り、それを手ずから拭いてあげていた。
その時、ヘレンが迂闊にも吐露した。
「まだ産まれるには早いのよ⋯あぁジョセフ⋯⋯痛いわ助けて!」
汗を拭く僕の隣にいた侍女が、息を呑むのが分かった。この土壇場になって、ヘレンは譫言のように相手の名前を暴露した。それは彼女の学園の時の同級生で、以前王都の街中でヘレンに紹介されたことがある男の名だった。確か伯爵家の子息だったと記憶している。
「聞いたか?」
「⋯⋯⋯⋯はい」
「知っていたのか?」
「⋯⋯⋯はい」
「後に問題になったら証言してくれ。君の次の仕事は責任を持つ」
「⋯⋯⋯はい、畏まりました」
僕は、生まれて初めて楽しみにしていた夜会は欠席する事にした。ハスビス子爵領から王都までは急いでも丸2日は掛かるからだ。僕の子ではなくとも、興奮させたのは僕だ。彼女とお腹の子が無事な事を見届けなくてはならない。
試着していた夜会用の衣装から、普段の服装に着替えながら呟いた。
「薬草園、留まることは無理かもしれないな。マリベル、僕はまた君との思い出が一つ掌から零れ落ちちゃったよ」
椅子に倒れ込むように座りこんだ。
窓の外はまだ昼間で明るい。
夕日の丘に行きたい。
その衝動を抑えた僕の目には涙が溢れた。




